第93話 用務員生活

 「ワカラセー!!これそっち持ってってくれー!!」

 「はーい!!」


 俺が用務員として学園へ入り込んでから早一週間、俺は用務員生活を謳歌していた。


 朝起きて一般エリアの清掃、それから花壇や植物園の世話をし、誰も居ない時間帯を見計らって訓練場で左手で剣を振る練習。

 その他の雑務をこなしながらも受付さんと雑談をして交友を深め、夜はヨムインさんと共に汗を流し美味しいご飯を食べて就寝。

 そして時間を見つけては有毒のモゲラスッスプンチョをどうにかして食べられないか研究を重ねる日々。


 あぁ、今俺の人生はとても充実している……これはこれで俺の天職なのかもしれない!!


 「じゃねーよ!!」

 「おぉ!?どうした急に?」


 寧ろ用務員生活を謳歌しすぎだろ!!何完全に馴染んでんだ!!

 受付さんと雑談とかしてる場合じゃねぇって!!

 こっちは危うくフレイが国家反逆罪を起こす一歩手前だってのに!!


 「どした?顔色が悪いぞ?調子悪いんか?」

 「い、いえ、発作みたいなもんです」

 「そうか?気分が悪いなら早く言えよ?俺が代わるからよ」

 「大丈夫です!!」


 ヨムインさんは頻繁に俺の事を気にかけてくれている。

 あれだけ俺を怪しんでいた受付さんも今では俺達を仲良し兄弟と呼んでいるほどだ。

 まぁそれはそれとして、今のままではまずい。


 何とかして貴族エリアに立ち入れるようにならなければ。

 そう言う意味では用務員としての仕事を忠実にこなす事は間違ってはいないが、それとは別に功績を上げなければならない。


 とはいえ貴族エリアに入れるようになったとしてどうしたものか。

 一応は死人扱いだが正直今回はフレイを止めるのが目的だし……そう考えると貴族エリアに入れた後は身分を隠す意味ってあんまりない気もするな。


 黒いローブの連中さえいなければここまで悩む必要はなかったと言うのに……全く腹立たしい連中だ。

 実は生きてました!!と声高々に叫んだ瞬間に魔法で撃ち抜かれて死ぬのは勘弁願いたい。


 そこまでして俺を殺す意味があるのかは不明だが、何にせよ俺が殺されれば俺が所有している災厄邪霊目録が奴らの手に渡る可能性がある。

 どちらかと言えば俺が奴らを過剰に避けているのはそっちが原因だ。

 ソードセンチピードの件では俺ごと谷底に落下したが、結果的にアレはアレで良かったのかもしれない。


 そんなこんなでその日も俺はヨムインさんと夕食を共にし、自室の机で自問自答しながら唸っていた。


 「功績……功績かぁ……騎士なら武勲、それ以外だとなんだろ?発明とか?でもなぁ、俺って結局ゲームの知識しかないからなぁ」


 そう、ゲーム内に存在するものは既にこの世界にも存在するのだ。

 今から新しい武器や魔法を開発するとなると途方もない時間と資金が必要になる。

 用務員としての仕事をしながらだと厳しいだろう。


 「難しいなぁ、ひとまずは日課のアレ、やっとくか」


 功績については別で考えるとして、俺は机の引き出しからモゲラスッスプンチョを取り出した。

 鼻を近づけると柑橘系の香り。

 有毒の方のモゲラスッスプンチョだ。


 「どうにかして食べてみたいよな」


 そこは前世の日本人としての性分なのか、有毒だとしても美味しいのならどうにかして食べられる方法を探りたい。


 俺は以前、黒いローブの魔法使いとの戦闘で毒のエンチャントをされた土の鎧をクリーニングの魔法で無毒化し無効化した事がある。

 その応用でモゲラスッスプンチョも無毒化出来るのでは?と試してみたが、クリーニングの魔法をかけた瞬間にモゲラスッスプンチョは萎びてカラカラになってしまった。


 魔力の流し方が良くないのかと試行錯誤したが全て失敗に終わってしまった。

 恐らくだが、有毒のモゲラスッスプンチョが含んでいる水分はその全てが毒素のため、無毒化するとその水分が全て消えてしまうのだろう。


 ふざけた名前と見た目の癖にかなり繊細な植物だ……モゲラスッスプンチョ……一周回ってこの名前が気に入り始めてしまった。

 何と言うか声に出したくなる名前だ。


 「クリーニング……ダメか」


 今日も今日とて違うアプローチでクリーニングの魔法をかけたが失敗。


 「う〜ん、何がいけないんだ?待てよ?クリーニングの魔法で毒素ごと消えるなら土に埋まってる状態でクリーニングの魔法をかけたら戦わなくても有毒のモゲラスッスプンチョだけ間引きできるんじゃね?」


 うむ、降りてきた降りてきた!!良いぞ、この発想はかなり良い!!

 あらかじめ有毒のモゲラスッスプンチョだけを排除できるならその後の収穫後に有毒かどうかを確認する手間が省ける。

 つまりガキどもの授業が安全に行えると言う事だ!!


 「……趣旨とはちょっとズレるけど、試してみる価値はあるな」


 俺はこのアイデアを忘れないようにメモを取り眠った。


 そして次の日、他の業務を全て終えた俺はモゲラスッスプンチョ畑で仁王立ちしていた。


 「クリーニング!!クリーニング!!クリーニング!!」


 そして手当たり次第にクリーニングの魔法をかけていく。

 俺の予想が正しければこれで効率よく間引きができる筈なのだが……?


 「あ、あれ?」


 俺が魔法をかけたモゲラスッスプンチョ達はピンピンしていた。


 「何で一つも枯れてないんだ?」


 流石にこれだけ魔法をかけて回れば有毒の個体も一体くらいはいる筈なのだが?


 「……いやでも柑橘系の香り、するよな?」


 試しに一体引っこ抜くと、確実に有毒個体特有の香りが鼻腔を刺激した。

 そして……。


 「ご機嫌よう少年、調子はいかがかな?」

 「アイム!!ファイン!!サンキュー!!……ってあれ?襲ってこない?」

 「ははは、襲うなんてそんな野蛮な……私は収穫されるのでしょう?ならばこの命、差し出す事に未練はないとも……ギュエッ」

 「モゲラスッスプンチョ?……モゲラスッスプンチョォオオオオオ!?」


 何故が俺が引き抜いた有毒個体は微笑みを浮かべた後ピクリとも動かなくなった。

 一際濃い柑橘系の香りが広がる。


 「そんな!!嘘だ!!冗談だろ?なぁ、前みたいに襲いかかってこいよ!!……嘘だ」


 モゲラスッスプンチョは死んだ。

 俺を襲う事なく、自らその命を天へと還したのだ。

 俺は地面に膝をつき、モゲラスッスプンチョの亡骸に泣き縋った。


 「どうしちまったんだよ!!おい!!おい!!」


 モゲラスッスプンチョは返事をしない。

 ただ満足そうな微笑みを浮かべ、目から果汁を流して生き絶えた。

 この個体が特別なのか?

 俺はそれを確かめるべく、少し離れた所にあるまだ魔法をかけていない有毒個体を引き抜いた。


 「少年」

 「モゲラスッスプンチョ?モゲラスッスプンチョだよな!?」

 「死にたまえ」

 「そうそう!!これこれ!!オラッ!!」


 今度のモゲラスッスプンチョは確実に俺に敵意を抱いていた。

 この差は何なのだろう?


 「クリーニング」


 俺は有毒のモゲラスッスプンチョの敵対個体と友好的な個体を並べてクリーニングの魔法を唱える。


 「片方だけ消えた?」


 すると、敵対していた個体だけがカラカラに萎びて消えてしまった。

 それに比べて友好的な個体は新鮮そのものだ。


 「もしかして……柑橘系のモゲラスッスプンチョは死んでから有毒化するのか?」


 結論から言えばその理論は正しかった。

 何故か引き抜く前にクリーニングをかけた個体は引き抜いても大人しくなり、死んでも有毒化しなかった。

 有毒ではない個体も何故か暴れる事なく、引き抜いた後一定時間後に静かに息を引き取るようになった。


 クリーニングの魔法が彼らの悪意を促進させる物質を消し去ったとでも言うのか?

 悪意が消え去ったから死後の有毒化も抑えられている?


 「……甘い、けどおかしいなぁ、モゲラスッスプンチョ。お前の果汁、ちょっとしょっぱいや」


 安らかに眠るモゲラスッスプンチョは、柑橘系の甘さと共にほんの少しの塩味がした。

 

 ヨムインさん、モゲラスッスプンチョ、甘いだけじゃ無かったよ。

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