第85話 ショーワルと言う少年side???
目つきの悪いガキ。
それが私がヤツに抱いた第一印象だった。
私は精霊と馬の間に産まれた所謂半精霊。
人より聡明、そして強靭。
そんな私は気がつけば公爵家の厩舎に収まっていた。
自分が半精霊だと気づいた時にはすでにここにいたのできっと物心つく前にこの屋敷に連れられてきたのだろう。
屋敷での生活は退屈を極めていた。
知性の無い馬に囲まれ、そして全力で駆けることも叶わない。
こんな思いを抱えたまま綱に繋がれたまま生きるのであればいっそ自分が半精霊だと気が付かなければ良かった。
そんなある日、ヤツは私の前に現れた。
屋敷に仕える老人と、数度しか見た事のない少女を連れた目つきの悪いガキ。
人の言葉はよくわからないが、ヤツがなんとなく私の事を小馬鹿にしている気がしたので糞を投げつけ手を噛んだ。
それから暫くヤツと私が睨み合う日々は続いたが、それもある日突然終わりを告げた。
屋敷が何者かに襲われた夜、奴は血相を変えて私の元へ跪き、その額から血を流しながら私に懇願したのだ。
私の力が必要だと。
仕方なく一度だけ乗せてやろう、そして本気で走って身の程を知らせてやろうと思ったが、驚く事にヤツは私のスピードについてきたのだ。
つい先日まで糞まみれになり憤慨していたと言うのに、人とはこうも変わるものなのか。
守るべき者のために宿敵に頭を下げ、そして乗りこなすヤツを私は相棒と認める事にした。
何よりヤツと行動を共にすれば全力で走り回れるのが良い。
共に日々を送るうち、私とヤツは心を通わせる事ができるようになった。
よくわからない木の杭を引いて地を耕しながら走り回ると不思議と私の身体は更に強靭になっていた。
私はまだ速くなれるのか。
ヤツとの日々は心が躍った。
相変わらず目つきは悪いが、一周回って愛嬌すら感じる。
人との信頼関係と言うのも存外に悪くないと思った。
しかし全ての人間がヤツのようでは無かった。
ミーアと名乗る黒髪の女、アイツは危険だ。
ヤツの事を心配しているようで、その視線にはなんとも言い難いが嫌なものが混ざっている。
野生の勘というヤツか、私はあの女が気に食わなかった。
だがきっとあの女は私よりも、ヤツよりも強い。
そしてヤツはあの女の危険性に気がついていない。
いつものように目つきの悪い顔でヘラヘラとするばかりだ。
そんな嫌な予感はやはり杞憂ではなかった。
あの女との旅路の中で、ヤツは新たな戦技とやらを獲得した。
それは良い、だがそのせいで無茶をするようになった。
そしてとうとう巨大な虫に、谷底へと叩き落とされた。
木に繋がれた私はそれをただ見ているしか出来なかった。
悔しかった。
半精霊としての自覚を持ってから長く生きてきたが、こんな所で自分の認めた人間と共に死ぬのか。
そう絶望しかけた時、宙に跳ね飛ばされたヤツと目が合った。
ヤツは私に向かって愛用の木剣を投げ、私を逃すと満足げに谷底に落ちていった。
私は反射的にその剣を咥え、巨大な虫から逃げた。
私が認めたあの男があの程度の事で死ぬわけがない。
そう信じ、何日も逃げ惑い、壊れかけの馬車を引き摺った。
いつしか巨大な虫から完全に逃げ切った。
このまま馬車を蹴り壊し、草原にでも出てしまえば私は完全な自由を得る。
以前は喉から前足が出るほど欲しかった、それ。
だが今では何の価値も見出せなかった。
私は自由に駆けたいのか?
いや、違う。
私はヤツと駆けたいのだ。
咥えた木剣に僅かに残った臭いを頼りに休む間も無く走り回ると、小さな農村にヤツを見つけた。
ほら見た事か、この男があの程度で死ぬわけがない。
私は疲れも忘れ、ヤツの胸へと飛び込んだ。
案の定弾き飛ばしてしまったが、ヤツは泣きながら私の無事を喜んだ。
相変わらず自分の事は二の次なのか、自分の方が大怪我を負っているだろうに。
どうやらあの虫がこの村に迫っていると言う。
そしてこの男は一人立ち向かう気であるという。
ならば私はそこに並ぼう。
弱気になるヤツを叱咤激励し、私は、私達は巨大な虫へと立ち向かった。
何度かピンチにも見舞われたが、ヤツはとうとう虫を打ち倒し、そして倒れた。
村の人間達がヤツに群がる。
今度こそ死ぬのか?この男は。
いや、そんなわけが無い。
私は壊れかけた馬車に残していた液体の入った硬い何かをヤツに縋る少女に託す。
確か前に倒れた時もあの液体を使っていた筈だ。
少女はその液体と魔法でヤツの身体を戻そうとしている。
そこに並び、ヤツの顔を覗き込む。
こんな所で死なせるか。
いや、こんな所で死ぬものか。
お前は私の、相棒だろう?
私は血と泥で汚れた小さな相棒の頬を舐めた。
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