第二節:布屋さんに初来店。安堵し、心配し、怒って帰る。

第18話 布がほしかった理由



 案内された先にあったのは、赤い屋根の木造りの家だった。

 屋根の下に掲げられている『ネェライ』と書かれた看板は、随分と年季が入っている。

 両手が食材で塞がっているディーダが、半ば体当たりで扉を押し開いた。

 カランカランとドアベルが鳴り、店内の様子が少し見える。


 室内は、日の光だけに頼っているため外と比べて少し暗い。ぐるりと見回せるほどの広さしかない店内には、お客さんどころか見える範囲に店員の姿さえ見えない。

 それでも不思議と閑散としていると思えないのは、きっと店内の壁一面の棚に敷き詰められている色とりどりの布や糸などの素材のお陰だろう。


 赤や黄、青に緑、紫から白や黒。グラデーションになるように陳列されている様は、選ぶ者の利便性を気にしているように私には見える。

 少し埃っぽく雑多な雰囲気があるのが難点ではあるけれど、今日一番のカラフルな世界だ。見るだけですでに心が躍ってしまっている。

 店の一角には、きちんと裁縫具類と、数こそ少ないものの布製品――服や小物も売られているようだ。


 どんなものがあるのか、少し見てみようかしら。


 そんな風に思っていると、店の奥からドタドタと重い足音がやってきた。


「いらっしゃい――ん?」


 顔を出したのは、銀髪のモヒカン頭に褐色肌の男性だった。

 麻の半そでシャツも黒いズボンもピチピチなのは、彼自身の服の好みだろうか。背が高くて肩幅も広く、隆起した筋肉が逞しい。なんというか、全体的に大きな人という印象だ。


 その彼が、ディーダとノインを見つけた途端に立ち止まった。腰から下げられている古びた皮のポーチの金具が、動きに合わせてチャリッと鈍い音を立てる。

 瞬間、彼の目がすっと細められる。


「何だお前ら、もう前の服を破ったのか」


 ため息交じりの剣呑な声は、邪険にしているというよりは、見知った相手の来訪に外面を取り払った雰囲気だった。

 垣間見える粗野な感じが、社交界にはあまりいないタイプだ。無意識のうちに身構えてしまいそうになったところで、ディーダの面倒臭そうな「ちげぇよ」という言葉が思考に挟まる。


「この女が来るって言うから案内しただけだ。じゃなかったら誰がこんな店に来るかよ!」

「女ぁ? って、本当だ。珍しいな、お前らに連れが居るなんて」


 訝しげだった表情が、私を見つけて驚きに変わる。

 少し彼から、粗野さが抜けた。私もハッと我に返り、咄嗟にぺこりと頭を下げる。


 と、両手で抱えていた袋の重心がぐらりと傾いた。気がついた時には、袋の中から鍋が転げ落ちそうになっている。

 袋は両手で持っている。すぐに支えのための手は出ない。

 代わりに「あっ」と声が出た。慌ててバランスを取ろうと、重心を追いかけて袋ごと傾ける。

 しかし重心の崩れには追い付けない。

 落ちる。そう思った時、横から手が伸びてきた。


「あ、ありがとうございます」


 鍋を支えてくれた手の持ち主は、ノインだった。お礼を述べれば「別に」という素っ気ない声が返ってくる。

 そして何事もなかったかのように、目の前の彼に目を向けた。


「アンタの顔が怖くて客が全然寄りつかないから、ボクたちが連れてきてあげたんでしょ」

「うっせぇ! ちゃんと客はいるわ!」

「説得力、全然ないだろ。相変わらずの閑古鳥じゃねぇか、バイグルフ」


 バイグルフ。どうやらそれが、この店員さんの名前らしい。

 そんな風に密かに情報収集をしていると、ノインが横目で私を見てきた。


「それで?」

「え?」


 何を問われたのか分からなくて思わず小首をかしげると、ため息と共に問いを向けられた。


「ここで布を買って何するの?」

「あぁ」


 その事か、と思うと同時にディーダも私に注目したのを感じ取った。

 コホンと一つ咳ばらいをし、私は少し勿体ぶりつつ佇まいを正す。


「実は、お二人の着替えに服を作ろうと思っているのです」

「「服?」」


 予想外だったのか、二人の声が綺麗にハモる。


 そう、今日は服を作る材料が欲しくてこの布屋さんに来たのである。

 だってこの二人ったら、汚れた服の洗濯を嫌う理由に「あ? 洗ってる間、ずっと俺たちに裸で居ろってか?」「別にいいよ、寒いし」と言うのだ。


 因みに私は、二人がまだ寝ている間に家にある毛布にくるまりながら洗濯をして乾かしたりしている。あんなやり取りをする前まではてっきり彼らも同じようにしているのだと思っていただけに、私にとっては彼らの言葉が衝撃的だった。


 清潔ではない服を着たままなのは、かなりよろしくないと思う。

 二人は口々に「まぁでもこの間、ずぶ濡れになったばっかりだしな」「そうだね」などと話していたけれど、『ついこの間』とは初めて私たちが出会ったあの日のことである。もう一週間も前の話だ。


 その時私は思ったのだ。

 せめて洗っている間に着る、替えの服くらいはないと困る。

 食事以外はほぼすべて「生きるために必要不可欠なものではない」とお金を掛けたがらない彼らだけれど、贅沢と清潔は話が別だ、と。



 とはいえ作ったところで、実際に着るのは二人の意志だ。彼らの反応はやはり気になる。

 チラリと見ると、二人だけではない。何故かバイグルフさんまでもが、キョトン顔でこっちを見ていた。

 もしかして私、また何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。少し不安になってくる。


「作るのか? 洋服を?」

「え、はいそうですが……?」


 確認するような声色でディーダに聞かれ「それ以外に何があるのか」と少し小首をかしげてしまう。しかしすぐにハッとした。


 そういえば私もつい先程までは、食器は買うものであって作れるものだとは微塵も思っていなかった。もしかしたら彼らも今、そういう気持ちなのかもしれない。


「洋服は、最初から洋服じゃないんですよ? 布を縫製して作るんです!」


 おそらく知らないのだろう彼らに力強くそう教えると、二人から「そっ、そんな事くらい俺でも分かるわ!」「いやそれは分かるけど」という声がそれぞれ返ってきた。


 じゃぁ一体、何がそんなに疑問なのだろう。

 深まった不思議に思わず眉尻を下げると、「そんなのアンタに作れるの?」と尋ねられる。


 

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