第16話 人見知り、発動?
彼の目を見ていると、まるで全てを見透かされているかのような錯覚に陥る。
いや実際に彼は既に、色々な事を見透かしているのかもしれない。流石に私の素性そのものまでは、まだ彼も知らないだろうけれど。
「ボクらはあくまでも、ギブ&テイクの関係。それが保てれば十分だし」
「おいババァ! 俺にも聞け!!」
そんな風に答えた彼を眺めながら「バレないようにしなければ」と手をギュッと握り締める。
特に彼らは口ぶりからして、貴族や領主である伯爵家の事をあまりよく思ってはいないみたいだから。バレて彼らに嫌われたくない。
「それで? 今日は何を買いに来たんだい?」
「さぁな、作るのはこの女だから」
「作るって、もしかして一緒に住んでるのかい?」
「そりゃぁちょうどいい、ちょうどコイツラも野良犬みたいなもんだからな」
「とんだ暴れ犬だけどねぇ」
言いながら、街の人達が一斉に笑った。
からかい文句ではあるが、まったく陰険な感じがしない。カラッと乾いた晴れの日の洗濯物のような彼らの言葉は、屋敷で私が受けていたレイチェルさんからのジメついたからかい文句とは正反対だと言っていい。
そんな空気に緊張が薄れたからか、それとも気になるワードに好奇心が勝ったのか。
「あの、何故『犬』なのですか?」
気がつけば彼らに、そう尋ねてしまっていた。
私の突然の問いかけにも、彼らは嫌な顔一つしなかった。納得なのか、相槌なのか、「あぁ」という声の後に教えてくれる。
「この子達は妙なやつが来ると追い払ってくれるんだよ。喧嘩っ早いのが玉に瑕だけどな。いわゆるこの辺の番犬っていうやつさ」
「番犬……」
「他の領地は知らないが、ここは領主が動かないからね。そのせいで憲兵たちは怠惰なのさ。教会はたまに貧民相手に炊き出しやらやってるけどね」
「まぁコイツラはこうして俺たちに何かと恩を売っては自力で食料をどうにかしてみせるから、滅多に行かないみたいだがな」
ガハハッとおじさんが豪快に笑ってみせる。私も答えるように笑ったけれど、もしかしたら多少引きつった笑みになってしまっていたかもしれない。
私にとってはこの話、笑えるような事ではなかった。
まさか領主の領地経営への消極さが、人々の生活にここまで直接的に影響しているなんて。
己への恥じが心の奥底からせり上がってくる。しかしそれが圧迫感に変わる前に、「それよりも」というおじさんの声で我に返った。
「嬢ちゃん、今日は何が欲しいんだい?」
「えっ、えぇと……」
うちで買いなよ、と商売上手のおじさんが言い、隣の店のおばさんが「客の横取りはいけないよっ?!」と笑いながら応戦する。
並べられている品を見れば、おじさんのお店は果物屋さんで、おばさんのお店は野菜屋だ。それぞれの店を見比べながら、慌てて何を買おうか考える。
特に買う物を決めて来たわけではない。ただ、できるだけたくさん食べさせたい。
となると、とりあえず調理法次第で何にでもできそうなものを選ぶのが無難だろうか。味に飽きないように工夫しやすいものを選ぶのも良いかもしれない。
「じゃぁおばさんの所では、ジャガイモとニンジンとタマネギと……それから何か安くておいしいオススメはありますか?」
「あぁ、じゃぁこれなんてどうかねぇ? タケノコなんだが、今年はちょっと豊作すぎてね。そもそも料理するのに面倒臭いから、あんまり売れないんだよ」
彼女が「どうだい?」と言いながら、そのタケノコとやらを差しだしてくる。
流れのままに受け取ると、思ったよりもズッシリときて驚いた。
なんだかちょっと、木の枝みたいな見た目だ。少なくとも私は初めて見る。
「今日買ってくれるんなら、ちょっと安くしとくけど」
「え、良いんですか?」
「あぁ、タケノコは採ると鮮度が落ちるのが早くてね。どうせこのままじゃぁ私たちの腹の中か、それでも余れば捨てるしかない。買ってくれると、こっちも助かるんてtもんだよ」
なるほど。日持ちしないのは難点だけど、ジャガイモとタマネギはある程度日持ちがするから、使う順番さえ気を付ければ問題なさそうな気がする。
「じゃぁそれを、今日食べるので三人分の量くらい」
「まいどあり!」
元気のいい返答と共に、手際よく野菜が紙袋の中へと入っていく。その様を眺めながら、私は一つ大切な事を尋ねる事にした。
「ところで私、その品を料理した事が無いのですけれど、どのようにして食べるものなのでしょう。その、タケノコというのは」
彼女の手が、ピタリと止まった。こちらに向けられたのは、少し妙なものを見るような顔だ。
もしかして、普通は買うと決める前に料理方法を聞くものだったのかもしれない。今更ながら、自分の立ち回りの悪さを恥じる。
そんな私に予想外の言葉が投げかけられた。
「おやそうなのかい? この辺じゃよく食べるのに」
唐突に、自身の常識外れを自覚させられる。
どうしよう。変な子だと思われているかもしれない。
社交界で一人場の空気に浮いてしまっていた過去の自分を思い出して、ブワッと体中から汗が噴き出した。今にも人見知りが発動しそうだ。
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