第8話 銀貨一枚のすごさ



「別に必要ないだろ、キッチンの掃除なんて。どうせ誰も使わないんだし」

「自分たちで料理を作ったりは?」

「しねぇよそんなの、出来ねぇし。周りからくすねてきたのをそのまま食べる方が楽だろうが」


 言われてみれば、たしかにそうだ。しかし、料理しないと食べられないようなものはどうするのか。

 もしそういうものは頂いてくる対象から外すのだとしたら、少し栄養が偏りそうだ。少し、彼らの体調が心配になってくる。


 しかし眉尻を下げた私に、気付いているのかいないのか。綺麗になった室内にズカズカと歩いてきたディーダは、昨日と同じように暖炉の前にドカッと座る。

 今は火をくべていないから、暖をとるには至らないはずだけれど、ノインも当たり前のように昨日と同じ場所に陣取った。もしかしたら、そこが彼らの定位置なのかもしれない。


「おい、お前に銀貨一枚の凄さ、見せてやる」


 こちらに背中を向けたまま、振り返ってディーダが言う。目つきが悪いせいでまるで睨み上げているように見えるけれど、口調の荒々しさに反して空気感は意外にもピリついていない。

 むしろ自信ありげで、少し得意げでもある。


「昨日に続いて、今日も豪華な食事だからね」


 ノインも言いながら、私に座ることを促すように近くの床をタンタンと叩く。

 大人しくそちらに腰を下ろせば、ちょうど三人で円が作れる位置関係になった。二人からそれぞれ一本ずつ、持っていた串焼きをズイッと渡される。


 ちょっと、二人の仲間に入れてくれたような気持ちになれて嬉しい。

 口元を綻ばせながら、無言のままに串を受け取る。


 改めて両手を交互に見る。串にそれぞれ、同じ大きさに切られた四角い肉が四つずつ刺さっている。右手にはタレ、左手には……一見すると素焼きに見えるのだけど、こちらは何なのだろう。


「食ってみろ、こっちの方が絶対美味い」

「食べてみなよ、こっちの方が絶対に美味しいから」


 二人の声が、綺麗に重なって私の耳に届いた。互いに互いを見た二人は、あからさまに不満顔だ。


「何言ってんだ! タレが最強に決まってるだろ!」

「塩の美味しさが分からないなんて、人生の八割損してるよね」

「何だと?!」

「何だよ」


 顔を突き合わせ言い合う二人に「もしかして先程外でしきりにしていたタレとか塩という話は、この事を言っていたのだろうか」とふと思い出す。


 だとしたら、ご飯の好みで言い合うだなんて、何だか少し可愛らしい。思わず笑ってしまったところで、ディーダはムッと、ノインは片眉を上げてそれぞれ「は?」という顔になる。


「今はちょうど一対一、お前が勝ちを決めるんだからな!」

「責任重大なんだからね?」


 二人とも、どうやら真剣なようだ。

 彼らの手元を見てみれば、ディーダはタレ、ノインは素焼き風の串をそれぞれ二本ずつ持っている。どうやらそれぞれ、自分好みの味のものを二本ずつ買ってきたようだ。


 私の答えが待ちきれないと言わんばかりに、肉にかじりついた二人を見て、密かに「なるほどそうやって食べるのか」と学ぶ。

 昨日といい、今日といい、どうやらここでは銀食器を使って食事をしないのが普通らしい。私が知っているお肉の食べ方は、やはりナイフで切り分けてフォークで口へと運ぶ方法しかなかったから、こういう食べ方はかなり新鮮だ。


 昨日食べたジャガイモにも、今まで食べていたものとは違う美味しさがあった。もしかしたらこのお肉も、今までとは違う味わいがあるのかもしれない。

 少しドキドキしつつ、まずは右手のタレの方を思い切ってエイッとかじってみる。


 まず口の中いっぱいに広がったのは、少し焦げたタレの香ばしさだ。パリッとした表面の食感と、中からジュワリと染み出る肉汁。濃厚なタレは絡みつくかのようなとろみだが、持って帰ってくる間に少し冷めたのか、温度もちょうど良く火傷はしない。


「……美味しい」


 口元を押さえながら思わずポロリと言葉を零すと、ディーダがフフンと得意げになる。


「ほら見ろやっぱりタレだろうがっ!」

「ちょっと、まだ塩を食べてないから。食べたら一目瞭然だから」


 反論したノインが急かすように、私の事を見てくる。急いでタレ味のお肉を呑み込み、次は塩味の串にエイッと噛り付く。


 驚いた。

 多分素材は、先程のタレと同じ肉だ。にも拘わらず、味わいがまるで違っている。


 鼻を抜ける香ばしさはないが、代わりに肉本来の甘みがよく分かるサッパリとした味付けだ。食べれば食べるほど深くなる旨味は、おそらく塩味だからこそ味わえるものなのだろう。


「美味しいです……」


 おそらく肉自体は、それ程品質の良いものではない。それこそ屋敷で昔食べていたような質のいい肉とは比べものにならない。

 それでもここまで美味しいのは、ここ一年は、これほど大きな肉の塊をろくに食べていなかったからか。それとも誰かと一緒に食べているからか。


 目を閉じて、旨味をゆっくりと噛み締める。

 先ほどやジャガイモの時にも思ったけれど、美味しいものを美味しいと感じられるのは、ただそれだけで幸せだ。

 その幸せにただただまどろんでいると、二人分の影がズイッとにじり寄ってきた。


「で? 一体どっちが美味いんだよ」

「で? 一体どっちが美味しかったの?」


 二人共からそれぞれに「タレだろ?」「塩でしょ?」という圧が、ものすごい。


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