第3話 ファンデーションは飲み会中にドロドロに溶けがちだしアイシャドウのラメは顔じゅうにまき散らされがちだしいっそノーメイクでもバレないと思ってる


「清水さんと長岡さんって、同じ小学校だったんだって? そういうの早く言ってよお」


 大鳥課長が楽し気にそういうのを聞きつつ、私は驚いていた。――樹利亜ちゃん、私のことを覚えていたんだ。しかもそれを、大鳥課長にも言ってくれたんだ。そのことがなんとなく意外だった。


「私だってちゃんと言おうと思ってたんですよ? なかなか機会がなくて。良かったですよ、課長が樹利――長岡さんのことこうやって連れてきてくださって」


 上原さんの「何か飲まれます?」という言葉に呼応して、私は大鳥課長と樹利亜に向かってメニューを開いた。課長はビール、樹利亜はハイボールを注文する。そっか、樹利亜ちゃんももうお酒を飲む年齢なのか。当たり前か。


「清水ちゃんと長岡さんは、ずっと同じクラスだったの?」


 首をかしげる上原さんに向かって先に口を開いたのは樹利亜だった。


「いえ、私が小学五年生の途中で、清水さんの通っていた小学校に転校してきたんです。そこから二年弱、卒業まで同じクラスでした。中学からは別です」


 私は樹利亜の言葉を受けて、ただ頷いた。――本当は大学も同じだったりするのだけれど、学年も学部も何もかもが違う(し、挨拶すらしたことがない)のでとりあえず黙っておく。


「じゃあ、幼馴染……ってほどではないんだ」

「そうですね、残念ながら」


 そう言って樹利亜は困ったように微笑んだ。


「いやあ、それにしても長岡さんは心強いね。清水さんみたいな子が同郷で、会社の先輩だなんて」

「先輩としてちゃんとしなきゃって感じですね」


 私は照れ笑いを浮かべる。おそらく、外勤先でべしょべしょに濡れて帰ってきた私の姿を見ているであろう樹利亜に、弁解をする機会が与えられれば良いのだが。


「清水さんはほら、うちの課の期待の若手みたいなところあるから、きっと長岡さんにも良い影響を与えてくれると思うよ。そうだ、このあいだなんて、クライアントの方にも褒められてたよね、……」


 大鳥課長、仕事中は結構厳しいことも言うタイプなのだけれど、褒めるときはちょっと大げさだろってくらいに褒めるし、それを他の社員にも言って回るのだ。樹利亜はそうですかときょとんとしていた。






 一次会がお開きになって、二次会は若手の希望者でちょっぴりおしゃれなバーに入った。


「いつも二次会は若手の方だけなんですか?」

「そういうことが多いかも。……ま、もしかしたら管理職は管理職同士で集まったりしてるかもね。若手が若手同士で愚痴をこぼしたり相談したりしやすいように気を遣ってくれたりするもんなんだよね、こういうのって」


 樹利亜の疑問に先輩面をして答えてみるも、なんだか落ち着かない気分になる。


「へえ。そういうもんなんですね」

「……提案なんだけど、職場以外では普通に敬語とかいらないからね? 小学生の頃、ですますつけて話したことなんてなかったでしょう、逆に変な感じするからさ」

「清水さんがそういうなら」


 樹利亜は案外すんなりと提案を受け入れたのだった。

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