第22話 相談

「えーっと、それで南雲さん、相談って恋愛関係なんですよねー?」


 井上さんはそうゆるい感じで促してくれた。相談する重い雰囲気じゃないのが言いやすい感じだ。人選完璧だね。さすが私。


「うん。実は今二人の人間から告白されてる状態なんだ。片方から強引に仮でいいからってことでとりあえず恋人になったんだけど、もう一人からもそれを知って告白してきて、いま三人ともそれを把握して、二人とも私と恋人になれるよう頑張ってる状態」


 10分もしたら予鈴なので手早く説明したのだけど、なかなかの上から目線になってしまった。


「そ、そうなんだ。いがーい、あ、ごめんなさい。あの、あんまり、南雲さんって恋愛に興味があるタイプに見えないからぁ」


 軽く相槌をうってから井上さんははっとしたようにそう謝罪してきた。あんまり親しくないからってそんなに遠慮しなくてもいいのに。


「うん。その通りで、全然恋愛感情がわからなくて。普通こういう時どうすればいいのかな?」

「えっと、好きな方と付き合えばいいと思いますぅ」

「どっちが好きかってどうやってわかるの?」

「えぇ……うーん。なんかぁ。寂しい時に会いたくなるとか?」

「うーん」


 寂しいと感じることってそんなに頻繁にないんだけど。普通に一人で行動する分には何にも思わないし。あー、でもクラスで二人組つくってーと言われた時に一人だと寂しいか。そう言う時にいてくれたらと、そう、そんな日に限って休んでる友人とか。いや、これだとあいつに恋をしてることになるから絶対違うな。


「……じゃあ暇なときに会いたいとか、お休みの日とか、寝る前とかに声が聞きたくなるとか?」

「なるほど。もうちょっと他にパターンない?」


 悩んでいるとさらに別パターンを言ってくれたので、今のところそう言う経験はないけど、そう言うのが増えればなんとかなりそうなのでお願いする。


「えー、要するに、自分が一人でその人のことを考える必要が全然ないのに、その人のことを考えてしまうって言うのは、そう言うことじゃない、かなぁ?」


 腕をくんでうんうん考えながら井上さんはそう絞り出すように言った。


「なるほど。ありがとう、井上さん。参考にさせてもらうよ」

「うんん……うん。全然いいよぉ。えへへ。なんかぁ、全然、南雲さん思ったより話しやすいねぇ。ごめんねぇ。噂聞いて、ちょっとビビってたって言うか。恋愛相談とか、全然のるしぃ。結果どうなったか教えてね。私、口固いしぃ」


 笑顔でお礼を言うと、井上さんは緊張が取れたようにため口になった。

 噂? と思ったけど、もしここでそれを聞いて本当のやつだったらまずいのでそれはスルーすることにする。


「ありがとう。ごめんね、朝の忙しい時に」

「いーよ。じゃ、またねぇ」


 またねぇ、と別れる流れになっちゃったので同じクラスだけど井上さんを見送って、トイレにいってから自分の教室に行った。

 入るとほぼ同時に予鈴がなったので自分の席についた。ノリにでも噂って何か聞こうかと思ったけど、まあ、あとでいいか。


 そんなことより、折角相談したんだから真面目に考えないと。

 えーっと『自分が一人でその人のことを考える必要が全然ないのに、その人のことを考えてしまう』って言ってたよね。なるほどね。

 ……いや、待てよ。これって、コンビニで新商品のお菓子買って美味しかった時に、陽子にも買ってあげようって思うの当てはまるのでは? えー、でも、それって絶対、純粋な家族愛だと思うんだけど。確かに両親より断然陽子にしか思わないけどさぁ。

 うーん。……いや、これで違うわって言うと話が振り出しにもどってしまう。


 一旦、陽子のことが好きだと仮定して確認してみるのはどうだろう。陽子のことは妹だしないって、と端からありえないと決めつけていた。でも何より陽子と言う実姉を好きだと断言する実例がいるのだ。

 一回くらい真面目に、本気で恋を受け止めるくらい考えてあげないと可哀想だ。いや、うーん。可哀想って思っちゃうのもまた、妹だからな気もするんだけど。赤の他人だとそう思わないし。


 よし。陽子から今日交換日記が返ってくる予定だし、今日こそもっとちゃんと顔を突き合わせて向き合うことにしよう。


 私はそう心に決めた。









「あの、今日の放課後、よかったらまたうちに来ませんか?」


 昼休み。習慣になりつつある小梅との昼食タイムでそう誘われた。


「いいね。と言いたいけど、今日は私、気合を入れてるからごめんね」

「えっと、よくわかりませんけどわかりました。じゃあ、明日とか、あ、よかったら週末泊りにきませんか?」

「お泊りはちょっと。デートならって言いたいけど、先週末色々あって疲れてるしなぁ」

「……そうですか」

「……」


 見るからにしょんぼりしてしまった。いやぁ、まあ、ずるいでしょ。あんなに押しの強さ持ってる癖に、疲れてるからって断るのには反論せずに素直になるの本当にずるいなぁ。

 まあ、うーん。出かけるのは疲れるけど、小梅といること自体が疲れるわけじゃないし。


「あの、うちに遊びに来る分にはまあ、いいけど」

「! い、いいんですか!? 朝日先輩のお部屋に!?」


 見るからに目を輝かせてテンションをあげた小梅に、自分から言ってあれだけどちょっとびびる。そこまで喜ぶ? いやまあ、そこまで好かれてるとすると満更でもないけど。


「うん、まあ。そんないいものじゃないけど」

「いえいえ! あ、陽子ちゃんとか、ご両親は甘いものとか好きな感じですか?」

「好きだけど、そんな気を使わないでいいよ?」


 手土産用意しそうなのでそう釘をさす。ていうか、こないだ思ったけど、小梅の家って多分お金持ちだよね? 高校生の一人暮らしにあの大きさの家があるってことはそうでしょ。大都会ではないけど駅近だし。


「そうですね。手作りとかの方が気を使わせないからいいですよね。クッキーだと無難すぎですかね」

「あの、あー。クッキーみんな好きです」


 どう言っても何か持ってくるみたいなので、無難なのを指定しておくことにした。

 私の言葉に小梅はにっこにこで頷いた。


「はい! 私も好きです。そうしますね。あ、ちなみにそれってお泊りですか?」

「それはちょっと。急だし」

「そうですよね。ご家族のこともありますし、さすがにそちらは簡単じゃないですよね。すみません、図々しいこと言って」

「いいよ。無理なことは無理って言うし、言うだけならタダだから」


 押しが強すぎるのはちょっとあれだけど、本気で嫌なことは引くし、なんていうか、憎めないよね。絶対いやだって言ってるのにごり押しされたら困るけど。


「じゃあ、土曜日の午後でいい? お昼は食べてきてね」

「了解しましたっ」


 元気に片手をあげて返事をする小梅。その仕草は可愛い後輩っぽくて実になごむ。

 でもこんなに従順爽やか元気後輩っぽいのに、私の盗撮写真を大量に現像してあまつさえ等身大パネルつくって私のスマホをパクって勝手にGPS管理しようとしてるんだもんね。ギャップがすごいね。


 そんな感じで週末の予定がまた埋まってしまった。まあ今回は自分の部屋だし、だらだらしながら小梅とおしゃべりしたりする分にはいいでしょ。

 ていうかそんなだらしない私を見たら小梅も幻滅してくれるかもだしね。小梅にできるだけ付き合ってあげようと言う気はあるけど、それはそれとして早く解決するにこしたことはない。嘘をついてわざと幻滅させるのは駄目だけど、私がやりたいようにやって幻滅されるのはいいよね。


 放課後になり、小梅と別れて帰宅する。


 高校の方が遠いし、当然陽子は先に帰宅している。あの日以来、リビングでダラダラしているのは見ない。私にいいところ、と言うか自分で着替えられると手のかかる妹からの自立をアピールするつもりなのかな? だとしたら可愛い。

 自室で着替えてから、さっさと陽子のところに行こうと部屋を出て、陽子の部屋をノックする。


「ようこー、ちょっといい?」

「!? ちょ、ちょっと待って!」


 陽子は慌てたような声ながらもすぐ返事をしてくれた。しばし待つと、ごそごそと音をたててからドアが開いた。


「な、なに? もしかして、私に会いたくなったの?」

「そうだよ」

「えっ、ほんとに!?」

「ていうか、陽子に会う以外の目的でドアノックしないでしょ」

「……え? 用事があるっていうこと?」

「いやだから、そう言ってるよね?」


 どういう情緒なの? 一瞬めっちゃ喜んでからがっかりしてるけど、私普通の事しか言ってなくない? 用事があって会いにきてるしかなくない? なんで私が悪いみたいな目をむけられてるんだ。居心地が悪い。


「入っていい?」

「……ん。用事でも、会いに来てくれて嬉しい」

「ん? あー、まあ、用事はもちろんあるけど、まあ、なくても陽子の顔は見たいよ」

「ん! ううう、そ、そう言うのずるくない? 私のこと惚れさせる気しかないじゃん!」

「えー」


 不満そうだから言ってあげたのに。それに別に嘘をついてるわけでもないのに。なんでも恋愛に繋げ過ぎでしょ。妹の顔を見たいか見たくないかなら見たいでしょ。


 とりあえず中に招き入れてくれたので中に入る。今までなら普通にベッドにでも座って話していたけど、今ではその選択肢はない。仕方ないので、勉強机の椅子をひいて私が座る。


「え、なに? わ、私の机に何する気!?」

「は? 普通に話すために座っただけだから。ほら、陽子も座って」

「う、うん」

「……」


 勝手に机の引き出しでも開けると思ったのか、多めに椅子を引いていた私と机の間に割り込むように立った陽子に、呆れつつ促すと何故か膝に座られた。

 ……いや、うん、まあ、めんどくさいからいいけど。


 私は陽子を膝に抱っこしつつ、陽子と顔を合わせて真面目に向き合うことにした。って、いや、これ顔が合わないわ。

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