Chapter1 そして、時と空間を越えて

Chapter 1-1

「……うっ、つい飲み過ぎ……いや、違う。俺は勇者の剣の前に倒れて……」


 暗がりの中、目覚めた彼の意識は混濁していた。今、彼の中には意識を失う直前の記憶が二つ存在していた。全く違う人物の記憶は、しかし彼にとってどちらも本物であるという実感がある。


 四魔神将カヴォロスと宮木竜成という、住んでいた世界さえ違う二人の人物の記憶が、今、彼の中に混在しているのだった。別世界だと断じたのは、二つの記憶の中にある世界は文明から歴史に至るまで、何もかもがかけ離れていたからだ。


 彼はまだ、覚醒し切っていない意識の中、ふらつきながらも立ち上がる。まだ夜なのか、と思うのは二人の最後の記憶が夜更けであった為だ。竜成がしこたま飲み散らかした酒は、飲んですらいないかのように身体から消えていた。剣のような一本角、竜の鱗。今の彼の身体が、四魔神将カヴォロスのものである為か。カヴォロスの身体はたったあれだけのアルコールで酔い潰れるような軟なものではないし、そもそもカヴォロスが飲んでいた訳ではないのだから当然と言えた。


 立ち上がって息を吸う内、今の自分に起きている現象が段々と理解でき始めていた。


 何が起こったかまでは分からないが、死んだ筈の四魔神将カヴォロスが復活し、宮木竜成という男の記憶を持っていた。竜成としての記憶は非常に鮮明だが、今の彼はカヴォロスの姿形をしている以上、そういう事になるのだろう。


 竜成の記憶を持っている事がどういう意味なのかも分からないが、カヴォロスが蘇った事を喜ぶべきなのか。いや、喜んでどうする。勇者ララファエル・オルグラッドはカヴォロスの力を既に凌駕している。単純な戦闘能力だけなら魔王ダルファザルクすら凌ぐ彼が敗北を喫したのだ。最早できる事など何もない。


「それにしても……ここは……」


 カヴォロスがいたのは廃墟だった。夜目の利くカヴォロスには、この暗闇の中でも周囲の様子を把握する事は容易い。石造りの壁や床には植物が無尽蔵に生い茂り、ここが廃墟と化してから長い年月が経っている事を感じさせる。造りから察するに、どうやら城の跡地であるようだが、カヴォロスはこの光景に見覚えがあった――いや、四魔神将カヴォロスの記憶はそれが途切れる寸前までここにいた事を示していた。


 振り返る。壊れた壁の奥、魔王ダルファザルクが坐した玉座に瓜二つの、だが朽ち果ててしまったそれがそこにあった。


「ここはまさか、魔王城なのか……!?」


「――きゃあああああああああああっ!!」


 突如として虚空に響く悲鳴。その声に聞き覚えがあったのは、竜成の記憶の方だった。


「結花!?」


 ――助けて、竜成。


 己の内に声が聞こえたと感じた瞬間、カヴォロスの身体は光の粒となってその場から消えてしまった。


 突然の現象は、カヴォロスにとっては多少なりとも馴染みのあるものではあった。


 転移だ。空間を瞬時に移動できるこの魔術を、カヴォロス自身は使えないものの、何度か体験した事はある。


 転移した先は城の外郭に位置する回廊であった。朽ち果てて尚、回廊としての形と機能を維持している事に感動したい所だが、生憎状況がそれを許してはくれない。


 内部に通じる扉の前に一人の少女が竦んでいた。


「あなたは……?」


「結……花……!?」


 竜成の幼馴染みである、天海結花だ。だが、最後に竜成が見た結花よりも幾らか幼いように感じるのは気のせいだろうか。


「なんだてめぇ! どっから出てきやがった!」


「むっ――!?」


 掛けられた声にそちらを見やれば、そこには魔族であるカヴォロスですら瞠目するような異形の者の姿が三つあった。


 だが目を見開いて驚いたのは、竜成の記憶に彼らの正体があったからかもしれない。


 鬼だ。


 頭に生えた角。カヴォロスのような魔龍族を含め、魔族にも角の生えた種はいるが、あれほどまでに猛々しく尖った角を持つ種族はいないだろう。


 真紅の瞳。虹彩の色に特徴のある魔族はそれこそ幾らでもいるが、あそこまで血を連想させる色をした眼を持つ種がいるだろうか。


 人間に酷似した姿ではあるが、その体躯は人間では有り得ない大きさを持ち、人間とは比べ物にならないほど筋肉量を誇り、人間のような肌の色をしていなかった。赤、青、緑。それぞれがそういう肌の色をしていた。


 そう。その姿は日本人にとってごく一般的な鬼のイメージそのものだった。当然、竜成が思い描くそれともなんら違和感なく照合できる。


 だがだからこそ、カヴォロスにとって彼らの存在は驚くべきものだった。カヴォロスの知る限り、魔族の中に彼らのような種は存在しない。彼らは一体、どこから来たというのか。


「貴様らの方こそ何者だ。人に何者かを訊ねるのなら、自分から名乗るのが礼儀であろう」


「んだとてめぇ――」


 カヴォロスの言葉に足を踏み出そうとした赤鬼を、緑鬼が手で制す。


「こいつは済まなかったな。全く、赤鬼ってのはとにかく喧嘩っぱやくて困るぜ。なあ、青いの」


「……興味ない。それよりこいつ、強いのか?」


「……青鬼っつうのはもうちょっと冷静で大人しいって聞いてたが、あれはただの噂だったみたいだな」


「もうどうでもいいぜ、こいつが何モンでもよぉ! やるのか、やらねぇのか!?」


 ニヒルに言葉を並べ立てる緑鬼と、呟くように一言だけ挟んだ青鬼、そして大声で喚き散らす赤鬼。どうやら話を聞くのは難しいようだとカヴォロスは内心で溜息を吐く。


「結花、後で説明するから、今はここでじっとしてろ」


 努めて竜成として、結花に声を掛ける。頷く結花に微笑むと、カヴォロスは再び鬼たちへ向き直る。彼らは既に臨戦態勢であった。三人ともこちらを見て紅い瞳を煮え滾らせている。いいだろう。戦うつもりならば魔王軍最強の四将として名乗らぬ訳にはいくまい。


「四魔神将カヴォロス。推して参る」

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