第3話 サチコと天の神官


 しばらくすると、サチコの後ろに人の気配がした様だった。振り向くと、空から金色の光が降りてきた。その光はまぶしく、神々しく、不思議な暖かみのある光だった。手で光をさえぎりながら、手の隙間からそっと覗いて見る。光が地面に降り立つと、天使二人が地面にひざまずいているのが見える。なんだ? よく見えない……。


 やがて、光の中から人が現れ、サチコの方に歩いて来た。 


「まぶしくて見えないけど、アナタだぁれ? ひょっとして神様?」


 サチコは素直な疑問を投げかけた。まぶしくてよく見えない。


「これは失礼しました。では、アナタに私の姿が見えるまで光の衣を取る事にしましょう。」


 そう言うと、光の主は自らの光のトーンを徐々に落としていった。


「さあ、もうこれくらいでいいでしょう。アナタには、私はどの様に見えますか?」


 まるでサチコを試す様だった。最初この場所に来た時、天使が言った『心の目で見て下さい』と言った言葉を思い出した。


 閉じたまぶたをゆっくりと目を開ける。光の主は、若くて美しい女性に見えた。


「とっても綺麗な女の人——。やっぱり、あなたは女神様?」

「いえ、私は決して神様では有りません。神様に仕える神官の様な者。しかしアナタはどうしても、下界の思いを断ち切れない様ですね?……。 

 アナタは心の目で私を見て、女性だと言いました。この世界では、自分自身の心が投影される世界。よほど母親に未練が無いと、私の姿が女性に見られないはずなんですよ」


 光の主の言葉は、天使の言葉より静かで暖かみが有り、心の奥に響く様だった。


「私、どうしても、ママの側にいたいの。ママと一緒に居たいの……」


 無理だと云うのは、サチコ自身解っているつもりだ。しかし『裁きの門』をくぐった時、自分自身の理不尽な死に、納得出来ないでいた。サチコの一生懸命な態度に光りの主の心も変わろうとしていた。


「下界に今更戻っても、アナタの肉体は、もう消滅しています。全く違う肉体にアナタの魂を入れる方法が有りますが、そうすれば誰もアナタに気が付いてくれないのですよ。それでも下界に戻りたいですか?」

「それでもいい……。ママの近くに居られるなら、なんだっていい。お願いします、神様いえ、神官様…………」


 サチコの熱い思いが、光の主の心を大きく動かそうとしていた。


「解りました、アナタの願い、私が神様に代わってうけたまわりましょう。

 しかし、その前に一つ、アナタに試練を与えましょう。その試練に初めて合格してこそ、アナタとその母親にとって、もっとも良い再会を私が用意して差し上げましょう。でも、その試練に合格出来なければアナタの魂は消滅し、永遠に母親と巡り会う事は出来ないかも知れませんよ。それでもこの試練を受けますか?」

「はい、お願いします……」


 光の主の言葉に、サチコは有無をすかさず入れた。


「では気持ちが替わる前に、こちらに来て下さい」


 そう言うと、光の主はサチコを優しく抱き寄せた。抱きしめられた事によってサチコは何故か眠たくなり目を閉じた。


 サチコが目を閉じた瞬間、サチコの足下から霧の様に体が分解され始めた。


「しばしの間眠りなさい。そして再び目を覚ました時、アナタの試練が始まるでしょう。何をしなければならないのか、再び目を覚ました時、全てが解るでしょう。

 神様の御加護が有ります様に――――」


 薄れゆくサチコの意識の中、光の主の言葉が、サチコの心の奥に心地良い響きを残していった。サチコの魂は霧の様に全て分解され消えていった。




 その場に残された光の主に、ひざまずいたままの姿勢で天使が言った。


「恐れ多くも、進言いたします。先程の者にあの様な事をされても大丈夫なのでしょうか? この世界の秩序が狂うのでは?」

「確かにそうかも知れませんね。しかし、あの者の魂は『真実の門と裁きの門』を通って再びこの『休息と決別の場所』へと辿り着きました。これが何を意味するか、アナタ達には解りますか? つまり、あの者は死すべき運命では無かったということです。

 先程、死天使サリエルより報告を受けています。ゆえに、あの者の母を思う熱き思いと、私達の償いを持ってチャンスを与えただけの事。アナタ達は何も心配する事は、有りません」

「はっ――――」

「要らぬ心配を掛けましたが、先程の者の死に関係した、デス・エンジェルを連れて来きてくれませんか?」


 やさしくも厳しい口調で光りの主は天使達に命じた。


「はっ——。只今——」


 すぐさま天使達は消え、数秒の後再び現れた。光の主の前には、四人の幼き顔の天使がひれ伏している。見た目は同じ様に見えるが、一人は他の天使と大きく違う点があった。それは、背中の翼が他の天使を違い銀の羽を持っている事だった。その銀の羽を持つ天使、いわゆるデス・エンジェル死神は、なにかオドオドしている様だった。体が小刻みに震えている。


「何という失態。アナタのお陰で、あの親子の運命が大きく替わってしまいました。アナタは一体どう責任を取るつもりですか」

「ははっーいかがなりとも――——」


 銀の羽根を持つデス・エンジェルは震えているようだ。


「まあいいでしょう、過ぎた事をとやかく言いたくは有りません。この世界は神の御慈悲に溢れていますから。私の判断で、先程の者の魂を下界へと送りました。アナタは自らの罪の償いで、先程の者の魂を導いて差し上げなさい。解りましたか?」


 銀の翼を持つデス・エンジェルは内心、ほっとしている様だった。

 自分は、消滅させられる……? と内心思っていたからだ。

 

「御意に——!」


 そう言うと、デス・エンジェルは霧の様に消えてしまった。


「では、後アナタ達二人も共に行って、手助けをして上げて下さい。いくら母親を思う気持ちが強くとも、まだまだあの子は幼すぎますから。では、頼みましたよ」

「はっ——」


 光の主はそう言うと、二人の天使達の頭を優しく撫でた。撫でられた天使達は、霧の様に体が消えてしまった。


 一人残された天使に光りの主は言った。

 

「私がなぜこの様な事をしたかアナタには解らないでしょう。本来、サチコと云うあの者は死ぬべき運命では無かったのです。あの母親の胎児が亡くなり、あの親子の絆が更に深まって行くはずだった……。しかし、新米の、あのデス・エンジェルのミスで、胎児とサチコの霊糸線を間違えて切ってしまった。致命的なミスです。

 この事によって、あの親子の運命は大きく変わってしまいました。その償いとして、あのデス・エンジェルを下界に差し向けた訳です。本来魂が肉体を持って下界で暮らすのは、過去のそれぞれのカルマを背負い下界で修復する、いわゆる修行の場なのです。

 しかし、あの親子達はこちらの不手際で全てが台無しになろうとしています。私としては、黙って見て居られなかったのです」

「御意に——」


 光の主はそう言い終えると、光を放ちながら消えて行った。






 ◇ ◆ ◇




 一方下界では、権蔵が夢野家から自宅へと帰ろうとしていた。


 ふと夜空を見上げて見ると、流れ星が一つ見えた。その後を追いかける様に又一つ、そしてそれらを追いかける様に又二つの流れ星が見えた。


「サッちゃんが亡くなってしもうて、空も悲しんどるわ……。ほんになんで、あんな事にならにゃ、いけんかったんじゃろうか……」


 権蔵は夜空を見上げてそう呟くと、自宅を目指して歩き出した。





 空には満月が浮かんでいた。何かを見守る様に月にしては暖かい光で辺りを照らしていた————。







——————————————————————————————————————


・ここまでお読み下さり、ありがとうございます。<(_ _)>


・度重なる不運によって、サチコは両親と死別し狭間の世界へと導かれました。

 しかし、天界の使者デス・エンジェルのミスの発覚によって神官から人間界への再生のチャンスを与えられる事となりました。


・次話の異世界(昆虫界)からサチコの試練が始まります。この世界はアニメのようなチートな能力はありません。皆様の御存知の虫達が懸命に生きています。

 虫に転生したサチコに襲い掛かる試練とは?……。 

 どうやら、すんなりとはいかないようです。次から次へと新たな試練がサチコへ襲い掛かる……。


・因みに、昆虫世界の小説はニーズが無いかと……^^;(何故、チャレンジした?)

 アニメでは、「みなしごハッチ」や「みつばちマーヤ」などがありましたね。

 小説では『永遠の0』で有名な百田尚樹氏の作品で『風の中のマリア』はオオスズメバチを擬人化しています。



※次話予告  昆虫世界の章:第一話「目覚め」

・目覚めたサチコが目にするのは一体、自分がどのような姿になっていたのか?

サチコに仲間が出来て、サチコにどのように手助けができるのでしょうか?

神官との試練に、上書きされるかの様な、新たな試練が苦難となって襲ってきます。


「ぎゃー、なんで、虫なの?――――。わたし、イヤだ――――」


 お楽しみ下さい。<(_ _)>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る