6. 少女と誤解と疑問と

「ぐはっ」

「ハッ……!!」

「ハイ、ぐんなーい!」

 トスッ、トスッ、と軽い音。続いて、ドスッ、ドスッと鈍い音。次々崩れる包囲網に、クリスは目を見開いた。

 突然現れた少女が、赤マントを次々と倒している。

「アンタは後回しね。後でばたんきゅーさしたげる!」

「後で」とは? と尋ねたいが、あっという間に行ってしまう。先程「仲間割れ」とも発言していた。何かを勘違いしてはいまいか。

 視界を右左、上に下にと跳ねる金色。少女のポニーテールだった。相当髪が長いらしい。髪を何房もの三つ編みに編んだ後、頭上でお団子にしているようだ。装備は白。体に密着した装束に短パン、黒い襟巻を首に纏い、その先を靡かせている。

 相手の急所に手刀を打つ、最低限の動き。

(誰だ?)

 あっという間に赤マントが制圧されていく。少女の動きを目で追っている内に、辿り着いたのはショウだ。

「アンタも赤マントの仲間かしら!」

「違うけど!?」

「嘘おっしゃーい! 赤マントを着てるクセに」

 そこで気が付く。

 なるほど、赤砂だ。クリスとショウの外套は、風に巻かれた赤砂に染め上げられた。

 即ち彼女は、二人を「赤マントの仲間」と思い込んでいるわけだ。

「ま、赤マントってぶすっとしたやつら多いし。冗談が言えるだけ、アンタ面白いわ」

「だから! 話を聞いてって……うわっ」

 少女の俊敏な動きに、ショウが体を翻す。誤解で襲い来る相手に短剣を使う気はないのだろう。剣をしまい、同じ体術で少女の攻撃を受け止める。

「女の子だからってナメてんの!? 剣使いなさいよー」

「誤解だってば」

 どう事態を収拾したら良いのか分からない。


 ──瞬間、頬の産毛がそわりと危機感にそそり立つ感覚がする。


「!」

 咄嗟に横に転がった。クリスのいた場所に飛びつく、もう一つの黒い影。

「……」

 その人影と、目が合う。静かな目がこちらを見据えていた。前髪を上げているため定かではないが、生え際の髪色はあの少女と同じ金色。口元と頭を隠す、少女と似た格好の黒装束。少女の方の仲間か。

 ギリギリまで全く気配がしなかった。

 暗殺者のようで、毒蛇のよう。殺意を気取らせず、一気に襲い掛かる。証拠に、彼(彼女?)の表情は一切温度を変えることがない。

 新たな襲撃者は、指と指の間にかぎ爪を挟みこんでいた。先端は細い針状になっている。

「俺たちは敵じゃない」

 弁明を試みる。影の襲撃者は少女と対照的に、一言も発することは無かった。かぎ爪を前方に構える。

 来る、と、察する。

「クリス!!」

 ショウの叫び声がする。

 頬が熱い。避け切れなかった分、切られたか。遅れてどろりとした感触が頬を伝う。

 束の間、息を吸って、脇腹に肘を打ち込む。

「!?」

 襲撃者が初めて顔色を変えた。目を見開き、口元を隠した襟巻がズレる。……金髪少女に顔がよく似た、少女だった。

 クリスもまた顔色を変えることは無いまま、呟く。

「お前……ドールか」

 恐らく、あの金髪少女のドール。国外で初めて出会ったドールとその持ち主だが、ゆっくり会話をしている間も無い。

 ドールは幾分か丈夫だ。

 問題ないだろう。

 そう結論付けるクリスの胸元で、揺れる水晶の光。

 気を取り直したドールのかぎ爪が、再び日を照り返し反射する。クリスの目が白く染まる。身を屈めて、自らも拳を突き出そうと──……


「待って! 待て待て待て! ストーップ!!」


 ぴたり。また入ってきた新たな声が、全ての時間を止めた。

 ドールのかぎ爪が、クリスの額の数ミリ先で止まる。クリスの拳も、どうにかドールの腹寸前で止める。しかし衝撃波までは抑えられなかった。ドールが数歩、後ろによろめく。

(今度は何だ……)

 新たな声に、敵意は無いようだけれど。

 少し離れたところから、金髪少女の「セージ様!」という甘い声が聞こえてきた。赤マントやショウに向けていた小馬鹿にする態度とは程遠い。

 セージ、と呼ばれたその男性を見る。銅色の髪。左右に分けた前髪。きっちり着こなしたスーツ。しっかりとした印象を抱く様相だ。

「ほらそこ。パクと少年。互いに武器を下ろしなさい」

 すると、少女のドールはかぎ爪を下ろし、遂にはしまった。クリスも徐に拳を下ろす。

「アクールと少年ドールくんも」

「はーい♡ でもセージ様ぁ。こいつら赤マントですよ?」

「違うよアクール。彼らは寧ろ、だ」

「えーっ違うの!? そう言ってよね紛らわしい」

「言ったよ……」

 ショウが疲れたように息を吐き、戦闘で乱れた衣服を整える。それからすぐに、こちらへ駆け寄ってきた。

「大丈夫? 止血しようか」

「だい、じょ……」

 あれ、という呟きは、溜息と化してただ零れた。

 急激に眠くなってくる。足元が覚束ない。ぐにゃり、底なし沼に放り込まれたかのように、沈む。足が、意識が、全て、重苦しい気怠さの中に──……。

「まさか、パクの攻撃を受けたのか!? もー早とちりするから」

「私のせいじゃないですぅ!」

「っ、クリスに何をしたんだ? どうしたらいい!?」

 ショウの焦り声が遠ざかっていく。

 赤マントは何だったのか、この人間たちは何者なのか。全ての疑問は、薄闇の中に消えていった。

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