みんなのお部屋訪問!

「ねぇ、みんなの部屋って、どうなってるの?」


 夜のような深い青の壁に囲まれたカフェの店内で、カウンター席に座っているれもんが不意に疑問を口にした。

 カウンターの奥でグラスを拭いていたらいむが、顔をあげて小首を傾げる。


「部屋ですか?」

「うん。みんなの部屋、見たことないなって思って。一度見てみたいな」


 そう言って、店内にいる四人を見回した。


「オレのお部屋? 見て見て! すっごく楽しいよ~っ!」


 カウンター席の隣に座るすだちは、乗り気で目を輝かせる。


「えぇー。ボクは嫌だ。部屋に他人なんて入れたくない」


 キッズスペースにいるみかんは、顔をしかめて明らかに不快な表情を示す。


「…………」


 テーブル席に座るはっさくは、興味がないらしく無反応でコーヒーをすすっている。


「私の部屋はたいしたものありませんが、れもんが見たいというのなら、いいですよ」


 カウンター奥にいるらいむは、笑みを浮かべながら軽く頷く。


「よ~しっ! それじゃあ、みんなのお部屋、探検しよ~っ!」

「えぇー、だから嫌だって言ってるでしょ」


 すだちが椅子から跳び上がり、カフェの右側にある扉へ向かって駆けていく。

 みかんが不満な声をあげて、すだちを追うようにキッズスペースから出ていく。

 れもんも椅子から立ち上がり、すだちたちの後を追う。

 らいむもカウンターの奥から出てきて、はっさくの手を握って立たせ、共にれもんたちの後へ続いていった。



   *   *   *



 カフェに入って右側の扉の先は、スタッフルームになっており、五つの扉が設置されている。この先に、それぞれの部屋がある。

 入ってすぐ目の前にある淡い黄色い扉は、みかんの部屋だ。けれどもみかんは、扉の前に立ち塞がり、両手を広げる。


「ボクの部屋はダメ。絶対に入ってほしくない。入ったら撃つよ?」


 威嚇するような目つきで、四人を睨みつける。

 れもんが肩をすくめて、軽く笑みを浮かべた。


「嫌なら無理には入らないよ。じゃあ、最初は……」


 そう言って視線をみかんの部屋の隣へ向ける。そこには青色の扉があった。


「オレのお部屋だね! 入って入って~!」


 すだちが跳ねるように扉の前まで行って、ドアノブをひねって開けた。

 中は十畳ほどの部屋になっており、手前にベッドがひとつ置かれている。そしてその周りには、足の踏み場もないほどにぬいぐるみが積み上がっていた。

 大きなクマや、小さな動物、さらには得体の知れない物体まで。天井につくほどのぬいぐるみの山に、すだちが両手を広げてダイブした。


「はぁ~、気持ちいい~。こうやってる時が、一番落ち着くんだ~」


 身体の半分をぬいぐるみの山に埋めながら、手近にあったクマのぬいぐるみを抱き締め、頬をスリスリ。

 ぬいぐるみが行く手を阻み、残りの四人は入り口のそばで立つしかなかった。れもんが足もとに転がってきたぬいぐるみを拾い上げる。エノキダケに顔をつけたようなぬいぐるみが笑ってこっちを見ていた。


「すだちらしい部屋だね」

「個性的でとても良いと思いますよ」

「どう見てもドン引きしてるでしょ?」


 れもんとらいむが口にした感想に、みかんがツッコミを入れる。

 彼らの話を聞いているのかいないのか、すだちは幸せそうに頬を染めながら、ぬいぐるみの中へと沈んでいった。



   *   *   *



「オレ、次はらいむの部屋が見たい~!」


 青い扉を閉めて、すだちがツインテールを揺らしながららいむの腰に抱きついた。

 らいむがすだちの頭を軽く撫でながら、微笑みを見せる。


「えぇ、いいですよ」


 スタッフルームの一番奥に、褐色をした扉がある。らいむがドアノブをひねって、中へと入っていった。皆も、後へ続いて中へ入る。

 夜のような深い青色の壁が辺りを囲み、向かって右側にはカウンター席があり、左側にはテーブル席がある。

 そこはどう見ても、ふくろうカフェの店内だった。


「戻ってきた?」


 みかんが半目になってぼそりと呟く。


「いえ、私の部屋です。ここが一番落ち着くので」


 そう言って、らいむはカウンターの奥へと入っていく。

 らいむから離れたすだちは、いつものカウンター席に座り、辺りを見回した。


「らいむはいつもここで、なにしているの~?」

「コーヒーを淹れたり、ケーキを作ったりしています」

「カフェにいる時と同じでしょ!?」


 みかんがすかさずツッコミを入れる。


「寝る時はどうしてるの~?」

「隣の部屋が休憩室になっていて、そこにベッドがあります」

「やっぱりカフェを完コピしてるでしょ!?」


 みかんがさらにツッコミを加え、頭を抱えた。


「らいむらしい部屋だね」

「れもんは、それしかコメントないの……」


 笑みを浮かべながら感想を口にするれもんに対して、みかんが疲れたように言葉を零した。



   *   *   *



「次は、はっさくの部屋だね」


 らいむの部屋を出てから、れもんが言った。

 褐色の扉の隣には、黒色の扉がある。


「見せるほどのものはない」


 はっさくがそう言いながら、ドアノブを回して扉を開ける。四人が中を覗き込むと、そこはすだちと同じ十畳ほどのワンルームとなっていた。フローリングの細い廊下があり、手前に小さなキッチンがあって、奥にリビングが広がっている。黒の家具でまとめられた部屋は、真ん中に小さなテーブルがあり、右側の壁際にはベッドが置かれている。左側には棚やデスクが置かれていて、奥には窓があり、カーテンが掛かっている。


「わぁ~」

「なんというか、すごく普通……」


 皆はリビングの中まで入っていった。すだちは興味津々に辺りを見回して感嘆の声をあげる。みかんも、整理整頓された部屋を見回して、言葉を漏らした。


「はつの部屋は、店長さんの部屋がもとになっているんですよね」

「らい……」


 らいむが口にした言葉に対して、はっさくは眉根を寄せて視線を向けた。


「店長って、こんな部屋に住んでいるんだね」


 れもんも辺りを見回して、棚の隣に置かれたなにもいない鳥かごに手を触れた。


「それに、はつの部屋からは花火も見られるんですよ」

「らい……」


 らいむが笑顔で付け加えた言葉に対して、はっさくが半目になって視線を向ける。

 ベッドに腰をおろしていたすだちが、不思議そうに首を傾げた。


「はなび? はなびってな~に?」

「とてもきれいなものですよ」


 そう言ってらいむは、視線をはっさくへ向けた。はっさくは顔をしかめて数秒らいむと見つめ合っていたが、観念したかのように小さく息を吐き、窓のそばへ行く。

 カーテンを開けると、そこは点々と明かりの灯った夜の景色が広がっていた。はっさくが窓越しに夜空を見つめる。すると、点々と灯る明かりの奥から、空に向かって光の玉が昇っていった。次の瞬間、その光の玉がパッと開き、夜空に丸く咲く。


「これが、花火……」


 すだちが窓のそばへ来て、目を丸く見開きながら言葉を零した。

 次の瞬間、遅れてドンッと大きな音が響き、思わずすだちは肩を跳ね上げた。


「大きな音で、最初は驚きましたが、とてもきれいですよね」


 らいむがすだちの肩に優しく手を置いて、窓の外を見つめる。


「本当にきれいだね。でもどうして、はっさくの部屋から花火が見られるの?」


 れもんもらいむの隣に立ち、窓の外を見つめながら尋ねる。

 みかんは興味なさげに振る舞いながらも、皆の隙間から窓の外を覗き込んでいた。

 花火は次々とあがり、色とりどりの花を、夜空に咲かせている。


「あの人の家で暮らしていた時に、共に見た記憶だ」


 はっさくは普段通りの無表情で花火を見つめながら、れもんの問いに答える。

 五人はそれからしばらく、言葉を失ったかのように、花火に見入っていた。

 けれどもふと、すだちが顔を上げて、らいむを覗き込む。


「ところでさ~、なんではっさくの部屋なのに、らいむはいろいろ知ってるの~?」


 その問いを聞いた瞬間、場の空気が変わる。みかんは後ろへ向いて笑いを堪えるように口に手を当てる。はっさくはサッと視線をあらぬほうへ向ける。れもんはチラッとすだちやはっさくやらいむを見て、なにも言わずに視線を窓の外へ戻した。


「それはですね」


 らいむはすだちと目を合わせて、ニコリと微笑む。片手を顔の下へ持っていき、人差し指を立てて唇に当てた。


「秘密です」


 窓の外で赤い花火があがり、らいむの頬が赤く染まったように見えた。



   *   *   *



「みんなの部屋、見られて楽しかったよ。ありがとう」


 はっさくの部屋から出て、れもんが笑顔でお礼を述べる。

 するとすだちが、ツインテールを揺らしながら跳ねるようにれもんのそばへ寄っていった。


「まだ一人、残ってるでしょ~?」

「そうですね、れもんの部屋をまだ見ていませんよ」

「言い出しっぺなんだから、ちゃんと見せてよね」


 らいむとみかんもそう言って、れもんの顔を覗き込む。

 はっさくの部屋の隣には、れもんの部屋に繋がる白い扉がある。

 れもんは頬を掻きながら、ドアノブに手を置いた。


「僕の部屋は、なにもないんだけど……」


 そう言いながら、ドアノブを回して中へ入る。皆もその後へ続いて中へ入った。


「えっ……」


 すだちが思わず言葉を零す。他の皆も、入ってすぐに思わず足を止め、辺りを見回した。

 そこは、真っ白な世界だった。ただ、白い。物もなく、壁もなく、天井もない。背後にある扉以外はなにもない。白い空間だけが広がっていた。

 言葉を失う四人を見て、れもんは肩をすくめて口を開く。


「僕は、カフェに来る前の記憶がないから。部屋になにを置けばいいのか、よくわからなくて」


 そう言って、微笑む顔には一抹の寂しさが含まれているように見えた。


「でも、今日みんなの部屋を見て、参考になった。ありがとう、みんな」


 お礼を言いながら笑顔になるれもん。その顔には、心からの嬉しさが込み上がっているように見えた。


「今、なにもないなら、これからいっぱいいろんな物が置けるね! この部屋を、大好きな物でい~っぱいにすればいいんだよ~!」

「そうですね、れもんにとって居心地の良い空間にしましょう」


 すだちが白い空間を跳ね回りながら元気よく声をあげる。

 らいむもれもんに笑みを返し、優しく言葉を掛けた。

 れもんは笑顔のまま、頬を染めて、大きく「うんっ」と頷いた。


「とりあえず、ベッドがいるってことはわかった」

「って、今までどうやって寝てたのさっ!」


 腕を組んで真面目に考え出すれもんに向かって、みかんが呆れたようにツッコミを入れたのだった。

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