第4話「愛情」

 拝啓



 肌寒い日が続き、秋らしい空模様の下、みどり様はいかがお過ごしでしょうか。


 十五年前まで家政婦として働かせていただいておりました、赤間でございます。覚えてらっしゃいますか。のろまの赤間でございます。


 最後にお会いしたのは、旦那様の納骨の日でした。ちょうど、十五年前の今日です。


 今日は朝から旦那様のお墓へ行きました。奥様は毎週、欠かさずに参られていると、住職さんが仰っていました。


 それほど、旦那様が亡くなってもなお、旦那様への深い愛が残っているのでしょう。


 生前、旦那様はよくみどり様のお話を聞かせてくださいました。


 中でも、旦那様の一目惚れだったという話をよくされていましたよ。


 そのことは、みどり様へは内緒だと言われましたが、もう時効でしょう。


 それ以外にも、旦那様から若かりし頃のみどり様のお話をよく聞かせていただいておりました。


 そして、わたしのことを、若い頃のみどり様にそっくりだと仰るのです。


 一重の両目も、八重歯も、低い鼻も、狭い額も、みどり様の若い頃そのものだと。


 声だって、似ていると仰いました。


 わたしの手を取り、薬指が長いところもみどり様と同じだ、と。


 その手を引いてわたしを抱き寄せ、首元を吸われました。


 唇は首筋を辿り、わたしの耳たぶを含みました。


 声が似ていると言われたのはその時です。


 旦那様はわたしの衣服へ手を入れ、乳房を乱暴に弄びました。


 それから衣服や下着をはぎ取られ、汚い舌がわたしの素肌を這ったのです。


 旦那様はわたしを強引にベッドに押し倒し、わたしの秘部にまで舌を這わせました。


 耐えられないほどの不快感に、わたしは思わず旦那様の顔面を蹴ったのです。


 当然のことながら、旦那様は酷くお怒りになり、わたしの頬に平手を打ち付けました。


 焼けるような痛みに悶えていると、髪の毛を掴まれ、もう一度平手打ちをされました。


 それから「その表情がみどりにそっくりだ。たまらない」と呟かれ、強引に性器を咥えさせられました。


 苦しさと気持ち悪さで嗚咽を繰り返しながら、旦那様のお言葉に従うほかなく、幾度も旦那様の汚い体液をわたしの中へ注ぎ込まれました。


 その日を境に、旦那様はわたしに肉体のつながりを強要するようになりました。


 決まって、わたしに暴力を振るい、それを見て旦那様は性的な興奮を得ていたのです。


 たまらなくなったある日、わたしは旦那様を殺害しました。


 旦那様の頭部をレンガで殴打しただけで、簡単に息の根を止めることができました。


 みどり様は、旦那様が窓から落ちて亡くなったと本気でお思いでしたか。


 みどり様のために、旦那様の最期の様子をお教えいたしましょう。


 その日、わたしは旦那様のお部屋で旦那様のお帰りをお待ちしておりました。


 わたしが一糸まとわぬ姿で窓際に腰掛けていると、旦那様が室内へ入ってきました。


 わたしの姿に気が付くや、旦那様はいやらしい目つきで舌なめずりしながらスラックスのファスナーを開き、露出させたご自身のペニスを手でこすりながらわたしに近づいてきました。


 わたしの秘部にペニスを押し当てると、旦那様はわたしの乳首にきつく噛みつきました。


 そこでわたしは、背後に隠していたレンガで旦那様の頭部を殴打しました。


 小さく声を漏らし、旦那様はわたしにもたれかかるように絶命しました。


 頭部からぬるい血液が溢れ、わたしの素肌に滴りました。


 今でも、思い出すと吐き気がします。


 旦那様の汚い血液がわたしの素肌を伝っていたのですもの。


 わたしは旦那様のペニスをスラックスの中へ押し込みました。


 みどり様、信じられますか。


 旦那様は死んだあとでも勃起したペニスを握っていたのですよ。


 本当に、汚いお方ですね、あなたの旦那様は。


 それから、わたしにもたれかかったままの旦那様を窓から落とした、それだけのことです。


 室内についた血液はきれいに掃除しました。


 素肌についた血痕も拭って、用意していた衣服をまといました。


 事故として処理されたので詳しく調べられませんでしたが、今でも探せば掃除し損ねた血痕の一つや二つ、出てくることでしょう。


 旦那様を殺したのがわたしだと知って、どんなお気持ちですか。


 悲しいですか、苦しいですか、辛いですか。


 それならば、なぜ旦那様がわたしに性行為を強要していると知りながら、見て見ぬふりをしていたのですか。


 まさか、知らなかったと仰るおつもりですか。


 みどり様が知らないはずがない。


 時々、みどり様が覗いていたこと、わたしは気付いておりました。


 わたしが旦那様から酷い扱いを受けていたこと、さぞかし気味が良かったことでしょう。


 それは、お二人のご子息である浩一様のことに対する当てつけですか。


 わたしが浩一様と親しい関係にあったことが、それほどまで不快でしたか。


 たった一人の愛する息子に対する歪んだ愛情がゆえですか。


 まさか、今回の浩一様の死もみどり様の歪んだ愛情によるものでしょうか。


 質問ばかりで申し訳ありません。


 答えは直接お伺いいたしますので、ご自宅でお待ちください。



 敬具


                 赤間 詩織


 湯山みどり様

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