ハレルヤプレイス

帆尊歩

第1話  もう1人のあたし

サラの帰国が間近に迫ったあるとき。


サラは。


この名古屋が、ハレルヤプレイス

だと言った。


あたしはキリスト系の幼稚園には通ってはいたけれど、キリスト教徒ではないので、その意味が分からなかった。


だからあたしはサラに尋ねた。


「ハレルヤプレイスってどういう意味?」

「ハレルヤは、ヘブライでは神を讃える。旧約聖書では喜びとか感謝かな」

「へーそうなんだ」

「いや私の勝手な解釈の造語なんだけれど」

「で、その勝手な解釈の造語が、なんで名古屋なの?」

「だってこんなに素晴らしい所」

「そうかしら」

「ええ、何より、紗羅に出会えた」

「いや、そんな」

「そして、紗羅のおかげでパパにも会うことが出来た」

「でもあんなの、再会でもないし、サラはこれでいいの?」

「もちろん」

その時のサラの顔を、あたしは一生忘れないだろう。

たとえもう一度、サラに会うことが出来たとしても。

「あれは私の中では充分、再会と言っていい。だって会えなかったかもしれないんだから」

「だからって」

「いいの。私がいいって言っているんだから、そして本当にありがとう、短い間だったったけれど、本当に楽しかった」

「だったらここにいればいいのに。この名古屋に。そうすればもっと色々な所に連れて行ってあげられるのに」

その時のあたしの言葉に偽りはなかった。

本当にここにいればいいのに、と思っていた。

でも同時にそんなことはない、ということも充分わかっていた。

サラは、嬉しそうに首を振った。

「そんなことを言って貰えるような友達が出来て、本当に嬉しい。

ありがとう、本当にありがとう」

思いはめぐる、サラの状況、サラのパパの状況、そしてサラが思う名古屋、分かりすぎるくらいあたしには理解できた。

だからサラに言った、ここに居ればいいという言葉がどれほど薄いか。

薄くてもいい、それがどんな状況でもいい。

更にあたしは重ねる。

「また、絶対に来るんだよ」そう言うとサラはは嬉しそうに微笑んだ。

それは嘘でも、そういうことが言い合える友達が出来たことに、心から喜んでいる。

そんな微笑みだった。


サラが欲しかったのは、パパに抱きしめてもらってサラ、って名前を呼んでもらう。たったそれだけのことだったのに、そんな些細なことだけだったのに。


サラが日本に来ることはもう無いだろう。

そのことはあたしもサラも十分、分かっていた。

それなのにまた絶対に来るんだよなんて、でもそういうことを言い合える人が、あたしだという事が、あたしも嬉しかった。

サラが嬉しいことは、あたしも嬉しい。


だって、サラはもう一人のあたしなのだから。

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