第02話 教えてほしい

 この男の全身が常に青い人と知り合ったには、ひょん、なことがきっかけだった。

 その日の学校帰り、町でハトリトさんに声をかけられた。

 青い背広を着ている。

 なぜ、そんなに青いんだ。それがはじめに思ったことだった。青いぞ、まるで青がわたしへ迫って来るみたいだった。

 あ、もしかして、これはわたしだけにしか見えないなにか、なのか。そう思えるほど、ハトリトさんは、ただただ青い。不自然な塗料の青さ、みたいな青さだった。

 その青い人、ハトリトさんはわたしの方へ近づいて来た。

すると、近くにいた露店のおばさまは、そこのあなた、いますぐにげなさい、という顔と目を向けて、顔を左右にふっていた。

 なんだ、あの、おばさまにも、この青いものが見えているのか。

 ならば、現実か。そこで現実の確認はとれた。よかった、わたしが発狂しはわけではない。

おばさまの方は、ずっと、わたしに警鐘を鳴らし、うながしつづける。

 でも、まあ、そのときは白昼だったし、そこは人目もかなりあった、町のど真ん中だ。

 そうさ、もし、かりに相手が蛮行に及んで、なにか不味いことでも仕掛けてきたら、悲鳴のひとつもあげて、ひと騒動起こしてやればいい。ちなみに、最近、がっこうでは、いざというときに悲鳴を上げる練習の授業があった。わたしは、その授業では、優秀な成績をおさめた部類になる。

 という、防衛方法を思いついたのもあり、にげなかった。のちのち冷静なときに考えると、浅はかな生き物でしかないぞ、わたし。

 ついにハトリトさんはわたしの目の前に立った。それからまずは一礼した。

驚いた、それは、これまで見た、どんな大人の礼より、丁寧で上品なお辞儀の仕方で、まるで、ひとかどの人間あつかいされた気分だった。

 しかも、間近で見ると、そんな変な顔もしていない。ふつうの服を着ていれば、うちの学校でいちばん人気の男の先生より、少しかっこいいくらいだった。生徒のなかには似顔絵を描き、さらに漫画化を目論む輩も発生しそうな感じの人だった。

 ゆえに、思う。

なぜ、そんなに青くいる。青い服ならまだしも、なぜ背広で青い。

 そして、ハトリトさんはわたしへ、何かを訊ねようと、口を開く。

 でも、そのまえに。

「なぜに青い」

と、わたしが先制攻撃した。

失礼なやつである。育ちの粗雑感がすべてばれる一言だった。

ハトリトさんは慌てなかった。

「青空が好きなんです」

と、答えた。

 それが、わたしが聞いたハトリトさんの言葉だった。

 ハトリトさんはさらに続けた。

「青くいて、やがて、このまま青い空にとけてゆければと願い、地上にて青くいるんです」

「まじですか」

「あと、洗濯でまちがえて、色物と一緒に洗ってから、ずっとこうです」

「やっかいですね」

 わたしは複数の意味を込めて、そう述べた。

「して、おじょうさん、ひとつおたずねしたいのですが」

「いや、わたしになにかをたずねるまえに、そもそも、あなた自身が何かのお尋ね者とかではないんですよね」

「よく疑われますが、平気です」

 そっちが平気といっても、その平気というのは、あくまで自己解決だし、どちらかというと、接する人間側の不安は、ぜんぜん取り除かれていない。

「わたしは、ハトリト、というもので」彼は、背広に手をいれ、それを取り出して渡して来た。

 名刺だった。ハトリトと書いてあるし、作家とも書いてある。

「小説家」

「ええ」

「その身なりと合わせると、あやしさ爆発ですね」わたしはいってしまった。「やっぱり、その青いのがどうも」

「やはり、青春時代を生きる方というのは、おもしろいことをおっしゃる」

「偏見ですね」

 言い返しても、ハトリトさんは乱れない。

 それが余裕なのか、現実逃避なんなのかが不明だった。

 まあ、いまは捨ておくことにしよう。

「で」と、わたしは聞いた。「目的はなんだ」と、また、雑に聞いてしまう。

 これは、すでにほぼ何らかの、犯人あつかいである。まだ初見のハトリトさんに対する無意識のなにが、とめどなく、出てしまったかたちである。

「じつは、ある方を探しているのです」

「がんばってください」いったん、応援側へまわってみる。

 でも、ハトリトさんは怯まない。「あなたはディケットさんの、娘さんですよね」

 わたしの身元がわれている。

 おお、これはこわいぞ。

 と、本格的に恐怖を感じるより先に、ハトリトさんはいった。「あの小説家のディケットさんの娘さの、ケルルさんです」そう言い直した。

 この人は父さんが小説家であることを知っている。もしかして、出版元のひとだろうか。

 いやいや、でも、わたしの名前も知っていたし、だいたい、名刺には、作家と書いてあった。

 さては、父さんと同業者かいな。

 いやいやいや、同業者を装った、ええー、なにかそう、そうさ、そんな何かだ。邪なにかの可能性はいなめない。作家が読者に何らかの恨みを持たれ襲撃される事件は、人類史で繰り返されるものである、と本で、読んだことがある。

 わたしが全身全霊をそそいで、疑い、そういう目で見返していると、ハトリトさんはいった。

「ケルルさん、わたしはディケットさんにお願いがあって、この町に来ました」

 この青い人のことを、わたしはめいっぱい疑っているというのに、反射的に「というと」と、話をうながしてしまう。

「ある方のご依頼で、ディケットさんに、途絶えた物語の続きを書いていただきたく、頼みに来ました」

 言われて、なんだそれ。と思ういっぽうで、こう思ってしまう。

 おや、この人は、わたしを子どもでもなく、ひとりの人間として、扱ってくれているぞ。

 っと。

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