年越し

 暖かいこたつに入り、蜜柑を一つ食べる。テレビの中では年末だからか、今年活躍したアーティストたちが歌ったり踊ったり楽しそうに音楽を奏でている。その音たちを楽しんでいると、だんだんと今年の終わりに近づいている気がする。一年間の音楽がエンドロールのように流れているからだろうか。

「今年ももう終わりってなんか早い気がしますね」

「気付いたら終わってら、って感じだよな」

 先輩は蜜柑の白いスジを取りながら、うんうんと頷いている。栄養あるのにそこ取っちゃうんだ、なんて横目に見ていると先輩が「何見てんだ」と言うので「取っちゃうんだな〜って思って」と返事をする。

「なんか食べるのに邪魔だからな」

「じゃま」

「そう、邪魔」

 たしかに、爪の間にもたまに入っちゃったりするもんね。先輩はそこが嫌なのかも。私はあんまり気にならないけど。蜜柑をまた一つ口の中に入れる。この甘酸っぱさがクセになる。この時期になるとこの味が手放せなくなってしまうほど、美味しい。私の中では冬といえばこたつ、こたつといえば蜜柑、蜜柑と言えば鏡餅。なんて連想出来るくらいには蜜柑には冬のイメージがある。色から連想すると夏の果実みたいなのに、味や景色から想像すると冬の果実になる。なんか、不思議な果物だなと何故かしみじみと思う。そうしていると、いつの間にかまるまる一個食べきりそうになっていた。机の上の竹籠に残ってる数が少ないことを確認して、ゆっくり食べようと決めた。

「今年なにかあります? 思い出」

 ゆっくり食べようと決めたら今度は少しだけ暇になったので先輩に話し掛ける。先輩はいつまで経っても終わらない蜜柑のスジ取りをしながら、「直近だとお前からクリスマスプレゼントを貰ったことくらいだな」と言った。

「先輩がすっっっごく嬉しそうにしてたのめちゃくちゃ新鮮でした」

「お前もめちゃくちゃ嬉しそうにしてたぞ」

「ウッソだあ」

「こんな顔してた」

 そう言うなり、先輩は今まで見たこともないような幸せがいっぱい詰まったような笑顔を見せた。先輩そんな顔できるの!? めちゃくちゃにこにこしてる。無邪気すぎる。

「驚いてるみたいだけどこれお前の真似だからな」

「こんな顔してました?」

「してた」

「なんで顔真似できるの?」

「印象深くて」

「なんでいつもそんな笑顔しないんですか!?」

「疲れるだろ」

 今年の終わりになってまた一つ先輩を知れた気がする。なんなんだろう、この人。そして私そんな顔してたの? そりゃあめちゃくちゃ嬉しそうにしてたって言うよ。私だって言う。先輩が嬉しそうにしてたから嬉しくなったのは覚えてるけど、ここまで顔に出てたってなると恥ずかしいとか通り越して驚きが勝つ。うそやっぱりはずかしさもあるなこれ。

「それで、お前の今年の思い出は?」

 先輩が話を戻してくれたので、そのまま元の話題に戻る。今年の思い出はもちろんたくさんある。お祭りに行って初めてりんご飴を食べたこともそうだし、二人でアイスを食べたのだってそう。ストリートビューを使って疑似旅行をしたのもそう。どれも楽しくて良い思い出だ。でもどれか一つあげるなら、私の中では決まってる。

「たなばたですかね」

「七夕? なんでまた」

 不思議そうな顔をしている先輩に、私は驚く。

「私に不名誉な称号が付けられたことを忘れたんですか?」

 不名誉……? と呟いて首を傾げる先輩。どうやらまったく思い当たりがないらしい。

「先輩が私を不器用だって言ったことですよ!」

「ああ! あれか。いやだってあれは、なあ?」

「なあ? じゃないですよ。あれは久しぶりに折ったから不格好になっただけで。今やったら多分違うと思うんですよ」

 ほんとに。そもそも私より先輩の方が不器用なので。裁縫をやれば一時間に一回は指を針で刺すなんて私やったことないし。それにあの時は何年かぶりの折り紙だったから不格好になっても仕方が無いと思うんだ。

 そういう私に、分かった分かったと言って先輩はどこからか折り紙を持ってきた。取り出される二枚の紙が、私と先輩の前にそれぞれ一枚ずつ置かれた。私の折り紙は赤、先輩の折り紙は白。

「今から鶴を折って綺麗な見た目の方が勝ちだ」

「わっ、かりました!」

 大晦日、いきなりはじまる不器用バトル。

 因みに私達二人とも鶴の折り方を全くと言っていいほど覚えていなかったので、作り方の紙を仲良く見ながら正方形の紙と喧嘩していた。


「これ、は……」

「うん、やっぱりお前不器用だよ」

 並べられた二つの鶴を見てショックを受ける私と頷く先輩。いろんな箇所に折り目が付いていて多少見窄らしくなった赤の鶴と、赤い鶴に比べて形が少し崩れているものの折り目が一定の位置にある綺麗な白い鶴。第三者からすると多分良い勝負なんだろうが、生憎ここには私と先輩の二人しか居らず、更には“綺麗な見た目の方が勝ち”なので私の負けは決まってしまった。ということは、つまり。つまりだ。私は不器用だっていうことがハッキリとわかってしまったのだ。うそでしょ。

「わた、わたしって、不器用なんですかあ!?」

「おめでとう。今日分かってよかったね」

「うそうそうそ」

「ほんとほんとほんと」

 嘘ならどれだけ良かったことか。私これでもちょっと手先が器用な自信あったんだけど。生きてきた十数年間の自信が全部無くなったんですけど。いや、うん……。なんか悲しい気がするようなしないでもないような……。ふしぎなかんかく……。

 気を紛らすように残っていた蜜柑を一つ頬張る。美味しい。どんな時でも蜜柑は美味しくて優しい。酸っぱいから意地悪かもしれない。でもやっぱり美味しいから正義である。旨味を噛み締めていると、いつの間にかカウントダウンが始まっていた。どうやら長いこと鶴を折っていたらしい。鶴一つに私達はどれだけ時間をかけたんだろう。

「日付越える瞬間ジャンプするんだぞ」

 夜遅いせいか、はたまた年が明けるからかテンションが高い先輩がもそもそとこたつの中から足を出す。「早く立てよ」と言いながら、文字通り上から目線で見てくる先輩はとても怖い。威圧感がある。身長高い人が座っている人を見下ろすのは法律違反だと思う。知らないけど。残りの蜜柑を慌てて食べ終え、私もこたつから出る。ちょうど、テレビの中で残り十秒だと言っていた。良いタイミングだと思う。二人でテレビの中の司会やアーティストたちと一緒に残り時間をカウントしていく。五、四、三、…………。

「ぜろ!」

 言うと同時に軽くジャンプする。浮かれてるみたいで誰にも見られていないはずなのに正体不明の気恥ずかしさが込み上げてくる。何故。二人してよくわからないような顔をして取り敢えずこたつを中に入る。少し冷えた足がじんわりと温められて気持ちが良い。

「取り敢えず挨拶しとくか」と言うや否や、今年もよろしくおねがいしますと頭を下げた先輩に、私もよろしくおねがいしますと頭を下げる。そして挨拶が終わると、先輩はテキトーな番組にチャンネルを切り替えて、私は蜜柑の皮を剥く。

「俺の分も蜜柑ちょうだい」と先輩。

「私が持ってる蜜柑が最後の一個です」と私。

 一人で食べるのもなんだかアレだし、先輩に半分に分けた蜜柑を渡す。美味しいものは分けると更に美味しくなるので。先輩はありがとう、と言って噛み締めるように蜜柑を一つ食べる。家にある最後の一個だからゆっくり食べるようになるよね、わかる。

「初詣、いつ行きます?」

「昼くらいで良いんじゃないか? 多分何時行っても混んでるだろうし」

「じゃあゆっくり起きてから行きましょうか」

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