悪夢

 嫌な気分になる夢を見た。放課後、学校からの帰り道。踏切で電車の通過を待っているときに決まってそれは起こる。毎回、電車に目を奪われている間に隣で談笑していたはずの先輩は忽然と姿を消している。気づいた瞬間、夢の中の私はひどく焦ったように先輩を探す。帰宅する途中の人が多いのか、気付けば周りにはたくさんの人がいて皆電車が通り過ぎるのを待っていた。ざわめいている人の間を縫うように目線を動かすと、ふと、皆一点だけを見つめていることに気が付いた。それと同時にさっきまで周りで喋っていた女の子たちも、電話をしていた男の人も、皆、焦ったように線路を見つめていることに気付く。何かあったのかと思うと共に、突然ドクンドクンと騒ぎ立てる心臓が、やけにうるさく感じる。ソロソロと線路の方へ目を向けて、言葉を失った。だって、そこに先輩がいる。危ないのに、線路にいたら轢かれてしまうのに。それがわからないほど馬鹿ではないはずなのに。信じられない気持ちで、震える足を無理矢理動かした。線路内に入らないよう、ギリギリの場所で声をかけた。大きい声だ。先輩にもきっと届いていたのだろうが、先輩は微笑むばかりで何も言わず、何もしない。どんなに言っても、先輩は外側に来ようとしなかった。やがて、次の電車が来た。この電車が通過しないと遮断器は上がってくれない。この時間は電車が二本通り過ぎるまで長い時間待たされるからだ。車輪が甲高い声を投げながら大きな鉄が先輩の方へと真っ直ぐ向かっていく。早く出て、と叫んだのに、叫び終わった瞬間には、また、先輩がの姿が消えていた。正しく言うなれば、……姿を変えていた。身体が飛び散り、血に塗れている。嫌、嫌、嫌。嘘だろう。認めたくない、認められるわけがない。先輩が死んだなどと、認めていいはずないんだ。ぼやけてきた視界に無性に腹が立ち、よく分からない気持ち悪さが腹の底から込み上げてきた。次第にだんだんと、ぼやけた視界が事切れたように黒へと誘う。なんだかぼんやりと何もしたくない気持ちがあって、誘われるがままに意識を手放した。


「酷い顔をしているな」と、目が覚めてすぐに言われた。椅子に座りながら、心配そうに眉をひそめる彼は、どこからどう見ても夢の中で死んだ先輩と同じ姿だった。寝起きで声がガラガラだったことが分かっていたのか、私が喉が乾いた。と、思うと同時に差し出された常温水のペットボトル。それを有り難く受け取って一口飲む。今更気が付いたのだが、私はいつの間に白い部屋の白いシーツの上で眠っていたのだろうか。その疑問に答えるように、先輩は「俺が保健室に連れてきた」と呟いた。はあ。とまともに状況を理解出来ていない間抜けな声を出す私に、先輩は何があったのかを教えてくれなかった。ただただ、心配そうな顔を浮かべるだけだった。

 それからしばらく無言が続いて、気まずい雰囲気が室内に漂った。それがなんとなく嫌で、私は先輩に見た夢の話をした。思い出しながら話していくうちに、じわじわと恐怖が身に纏い始めた。指先がシンと冷たくなったような気さえしてくる。親しい人が亡くなる夢は、こんなにもダメージをもたらしてくるものらしい。不安になって、先輩に尋ねる。先輩は生きてますよね、と。死にませんよね、と。自分でも分かりすぎるくらい、声が震えていた。……それでも、先輩は黙ったままだった。自分の言ったことが否定されたらと思うと怖くて、つい「なにか、いってくださいよ」と情けない声が出る。これで既に死んでいると言われたら私はどうしたらいいのだ。馬鹿だなと、いつもみたいに笑うだけで心が軽くなるのに。ツンと鼻の奥が痛くなって、夢と同じように視界がぼやけはじめた。夢ごときで泣いているだなんて思われるのが癪で、歯を食いしばっていると先輩がやっと口を開いた。「それは全部悪い夢だ」と。散々黙っておいてそれだけか、と思ったが、夢だと人に言われると少し安心が出来た。

「夢、ですか」

「夢だろ。だって俺生きてるし、体温だってちゃんとある」

 ほら、と先輩が手を差し出してくるから恐る恐る握った。温かい、生きている人の手だ。うん、と頷くと先輩は少し安心したように笑う。先輩がいきてて、よかった。ホッとすると我慢していた涙がポタポタと零れ落ちてきた。先輩はしょうがないなと、柔らかい声で優しく手を握ってくれた。

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