第三章「穿山甲」②

 残暑の気配が続く炎天下、藍那は大きめのザックを背負い、長い一本道を歩いていた。

 トレッキング用のウェアとシューズ、それに大きめのサファリハットをかぶっている。

 周囲には目立った建造物はない。ぽつんぽつんと古い民家があるくらいだった。

 無人駅で電車から降り、もう一時間以上は歩いている。ここを訪れるのは初めてではないが、毎度こうやって歩いていると、流石に億劫な心持ちになった。

 藍那は一度足を止め、ペットボトルを取り出して水を口に含んだ。日差しの下を歩いてきたせいか、喉が渇いている。

 道の先に個人商店があったと記憶している。そこで飲み物を買っておくことにした。

 藍那の背負ったザックにはぎっしりと荷物が詰まっているが、飲み物はもう入っていない。中身は、全国から集めた珍品や奇品だ。

 路線バスも走らないこの田舎道の先に、長く取引を続けている「得意先」がいる。藍那にとっては、大切な仕入れ先であると同時に、金に糸目をつけずに気前よく商品を買ってくれる貴重な客だ。

 だからこそ、こうして僻地に足を伸ばしている。車があればもっと楽なのだろうが。

 しばらく歩いていると、何軒か民家が集合している場所に差し掛かった。そのうちの一軒が、小さな個人商店だった。

 ガラス戸を引くと、ドアベルがリンと鳴る。店の奥に人の気配があった。

 藍那は、埃のかぶった陳列棚から、ペットボトルのお茶を何本か手に取った。

 年季の入った店内を眺めながら待っていると、店の奥から老婆がゆっくりと出てきた。

「……お願いします」

 そう言って藍那は商品を台の上に置いた。老婆は値札をろくに確認もしようとせず、

「……三百円」

 とだけ口にした。藍那は財布から千円札を取り出して老婆に手渡す。

 会計をしながら老婆は静かに口を開いた。

「……お姉さん、前も来たね」

「ええ、この先には何度か」

「……あまり、トウビョウ持ちと関わるでないよ。ろくな事になりゃしないんだから」

 無愛想な口調でそれだけ言うと、老婆はまた店の奥へと戻っていった。

 藍那はペコリと小さく頭を下げ、店を出る。扉を開けて足を踏み出した瞬間、視線を感じた。あちらこちらに人の気配がある。注意深く周囲を見回すと、民家の窓から住人が覗きこんできている事がわかった。

 こちらが気付いたと見るや、住人達はカーテンをシャッ、と素早く引いた。藍那はやれやれ、と溜息でもつきたくなる気分になる。

 この先に住む「得意先」は、地域の住民に憑き物筋として忌み嫌われている。それと関わる余所者も同様に、という事だろう。

 商店の老婆は、彼らの事をトウビョウ持ち、と言った。

 民間伝承において、トウビョウは蛇の憑き物とされている。

その蛇を持つ家は、異様に裕福になるという。

 憑き物筋という考え方は、それ自体が僻みの産物だと言われる。あの家は裕福だ、それには何か理由がある筈だ、きっと化け物を使役しているからだ、と、こんな具合だ。

 実際「得意先」の家系は随分と昔から裕福である。そして、それを隠すつもりがさらさらない。こんな片田舎で贅を尽くせば、周囲から僻まれるのも無理はないだろう。

 しかし、蛇憑きとは。

 藍那はクスリと笑った。

 あながち、的を外れていないのだから、人の伝承はおもしろい。

 買ったばかりのお茶を口に含み、藍那は歩き始めた。目的地まであと数キロであった。

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