第二章「眇」最終話

 ぼんやりとした朝焼けの国道を、「わ」ナンバーをつけた軽自動車が走っている。

 運転席の秋人は、疲れ果てた様子でハンドルを握っている。

 窓から射す朝陽を日差し避けで防ぎながら、助手席に座るナツキに声をかけた。

「……結局、彼を迎えに来た『山神』って、何だったんだろうな」

 背もたれを倒し、少しばかり仰向けになっていたナツキは、顔に載せていたカンカン帽を持ち上げてつまらなそうに言う。

「知ったところで意味ねえよ。知りようもねえし。……時々、あっちの世界にどうしようもなく魅せられちまう奴はいる。あの人は、そうだった。それだけだ」

 手にした帽子を見つめながら、小さな声でナツキはポツリと呟いた。

「俺は二度とゴメンだけどな」

 車内に、少しだけ沈黙が流れる。

「……何か聞くか」

 秋人はカーラジオのスイッチを入れた。

 パーソナリティは、軽快な語り口で時刻を知らせている。

 その俗っぽい音がひどく懐かしく感じた。

 ようやくあそこから出てこれたのだ。

 藍那堂を出てから丸一日が経過していた。秋人は、もっと長い時間をあの場所で過ごしたような気がした。

「で、何時ぐらいに帰れるんだよ。昼までには駅につくのか?」

「順調に行けばそうだな」

「あー、はやく風呂に入りたい。化粧落としたい。ゆっくり横になって眠りたーい」

「お前は眠れるだろ。運転しないんだから」

「横になって、って言ったろ。俺は柔らかい布団でぐっすり安眠したいんだよ」

「僕だって眠りたい」

「アニキはどこでも寝れるだろ。新幹線の中で寝ればいい。だからスピード上げて駅までトばしてくれよ。チンタラ走ってないでさ」

 秋人の運転する車は、キッチリと法定速度を守って走る。運転免許を取得したばかり。安全運転で、と藍那にも釘を刺されている。

「……いや、安全運転で帰る」

 進行方向の道沿いに、見慣れたコンビニの看板が見えて来た。田舎だからなのか、駐車場がとても広い。秋人はハンドルを切って、コンビニの駐車場に車を停めた。

「ん、なんだ? 買い物するのか? 俺、アイスが食べたいな。シャリシャリの」

 ナツキは座席をもとに戻して、車の外に出ようとする。それと入れ違うように、秋人は運転席の背もたれを倒して横になった。

「僕は寝る」

 目を瞑り、そう言い放つ。

「え?」

 てっきりコンビニで朝ごはんを買うものと思っていたナツキは、意表を突かれた。

「睡眠不足は、居眠り運転を誘発する。安全に車を運転するには、適切な睡眠が必要になる……。だから、オヤスミ」

「え、おい、ちょっと! アニキ」

 声をかけて体を揺すっても秋人は反応しない。既に深い眠りに落ちているようだった。

 田舎のコンビニの駐車場で、ナツキは一人呆然とした。

 唯一の運転手が寝てしまった。秋人はいつ目を覚ますだろうか。もう何時に家に帰り着けるのか、わからない。

「最っっっっ悪だ!」

 悪態をつき、ナツキも助手席の背もたれを倒して仰向けになった。スマホのバッテリーも切れている。こうなったらもう、寝るしかない。

 早朝。東の空にゆっくりと朝陽が昇っていく。光が差し込む車の中で、秋人とナツキは並んで横になり、寝息を立て始めた。



 

『そうして、僕はカミサマのカケラを拾い上げ、無事に連れて帰ることができました。誰の邪魔も入らないセカイで、僕とカミサマはいつまでも、いつまでも見つめあってお話を続けました』

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