サクラ色のウサギさん

立菓

プロローグ

 私がまだ幼かった頃の、君と過ごした短い春の日々を、今でもちゃんと覚えているよ。




 ピピピピッ、ピピピピッ!


 頭のそばで、目覚まし時計が鳴った。時計の針は、ちょうど七時。

 私はすんなりと目が覚めて、欠伸あくびをした。それから、私はカーテンを開けて、窓の外を見た。



 今日は四月五日。

 空は真っ青で、雲一つ無い。 まさに、素晴らしい晴天だ。

 スズメの鳴き声が聞こえて、私の部屋には、やさしい陽の光が入ってきた。

 少し遠くには、小高い堤防と紅葉並木が見える。


 私はゆっくりとベッドから出て、階段を下りて、台所をのぞいた。

 テレビの音が聞こえず、誰も居なかった。どうやら、お父さんもお母さんも、まだ起きていないみたいだ。


 洗面台に行き、顔を洗った。

 そして、また二階の自分の部屋に戻った。部屋へ入るやいなや、私は再び欠伸あくびをした。


 それから、イスの上に用意してあった黒のジャージに着替えて、髪を上の方に一つに束ねた。

 私の服は、まるでジョギングの格好。


 けど、それは違う。これから、愛犬の散歩をする予定。


 単なる犬の散歩?

 いやいや! これは、ただの私と愛犬の運動ではなくて。

 うんうん。私にとっちゃ、とっても大切な日課なんだからっ!



 裏口から車庫に出て、私は大きく呼吸した。

 ポカポカした暖かい空気に触れた私は、体も心も調子が良くなったような気がした。


 家の庭には、色鮮やかなチューリップとパンジーが咲き乱れている。

 その周りには、数匹の小さなモンシロチョウが、ヒラヒラと踊るように飛んでいた。


 家の庭の風景と、清々しい春の朝に、私はなぜか心がウキウキとした。

 そして、愛犬のプッチーを連れて、私は軽やかに歩き始めた。




 里村鶴子さとむら つるこ、大学二年で二十歳。

 鶴子、つまり私は一月の成人式で、やっと大人の仲間入りをした。

 今は、名古屋にある私立四大で、土木関係を学んでいる。



 けど、今は春休み中。

 だから、いつもは土曜日と日曜日だけ、プッチーの散歩をしていたけど、最近は毎日ソレをしているってこと。


 細い道路と砂利道を抜けて、私とプッチーは川辺に出た。

 私たちは、芝生に挟まれたサイクリングロードの上を歩き始めた。

 向かって右側には葉が青々とした紅葉の木々、左側には小さな川が目に飛び込んできた。


 そんなに早い時間ではないのに、周りには私の他に犬を連れている人も散歩をしている人も、ジョギングをしている人も居なかった。

 ただ聞こえてくるのは、ウグイスの鳴き声と川のせせらぎだけだった。


 歩いて数十分すると、橋の下をくぐり、私たちは古くからある公園まで来た。

 公園を抜けて、また川辺に出た。


 すると、約三十メートル先に、サイクリングロードの右側にある、大きなサクラの木がぼんやりと見えてきた。

 そのサクラの木に段々と近づいていくと、木の様子がはっきりと分かってきた。枝には、びっしりと薄い桃色の花が見事に咲いていた。

 もうこれ以上花をつけられないくらいに、最高に満開! 本当に綺麗きれいだ……。

 サクラの木は、私たちに向かって「全ての力を出し切ったよ」と言っているかのように、堂々と立っていた。




 ようやく、私たちは、サクラの木のすぐ下に着いた。

 しばらく、私はそのサクラの木の、何とも言えない美しさに見惚みとれていた。

 まるで、何千個の小さな花に、魂が吸い込まれてしまいそうな感じがした。

 私は川の方を向いて、サクラの木の前に座った。

 プッチーも芝生の上に座り、大きく欠伸あくびをした。


 その時、ちょうど心地良い風が吹いてきた。

 私の横に居たプッチーは、眠くなってきたのか、うっすらと目を閉じかけていた。

 サクラの木は、ほんの少し揺れて、私の前には、数枚のサクラの花びらが舞い降りてきた。



 私が幼い頃は、こうして舞い降りてくる、サクラの花びらを捕まえるのに、夢中だったな……。

 と言うのは、「風に吹かれて落ちてくる、サクラの花びらを三つ捕まえると、幸せになれる」ということを、小学校の友達から聞いたから。

 今は、あの頃ほど真剣には信じていないけどね。



 それから、そうそう。

 実を言うと、このサクラの花が満開になる時期に、このサクラの木に関わる不思議な出来事が起こったんです!

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