第七話・どこか儚く、浮かぶ

「天照ってやっぱ有名なの?俺も有名人なる感じ?」


 「糸、お前天照のこと何も知らなさすぎじゃね?というか授業ちゃんと聞いてた?」


 「いや、全く。」



 ホールの階段を降りながら聞くと、後ろを歩いていた彗夜が呆れたように言った。藤真や柚希までも哀れみを込めた目で見てくる。


 女の子達は教室の戸締り。この場にはいないので、話を聞かれていない。

 もし聞かれでもしていたらと思うと、ゾッとする。どんどん黒歴史が増える。



 「でも俺、運動はできるよ?スポーツとか色々やってたし。」


 「勉強が出来ないと意味ないんだよ〜だ。ま、僕が言えることじゃないけど。」


 「お前もか、叶夢。」



 彗夜が叶夢にも呆れの目を向けると、叶夢は、「気にしてないからいいもん。」なんて言いながら階段を駆け降りた。こっちを向くと、ニヤッと笑って舌を出す。



 「彗夜と違ってモテてはいたもんねー!」


 「は!?俺だって結構モテるんだわ!!」


 「ちょっと、彗夜待って?!一旦落ち着こうよ、ねぇ!?」



 叶夢の煽りにまんまと引っかかり、彗夜が数段飛ばしで階段を駆け降りていく。それに弟の藤真が着いて行く。

 しっかりしてそうな和楓や、そういうのに参加しそうにない柚希までもが降りて行く。

 俺以外の男子が戯れ始める。直後、布が破ける音や、か細い悲鳴がホールに木霊した。


 階段の手すりにもたれ、五人が下で戯れている様子を眺める。


 いつもなら俺も混ざり一緒になって戯れる。しかし、背後から歩いて来た人物のただならぬ雰囲気に、思わず背筋がゾクッとしてそれどころではない。



 「ここで戯れ始めないでもらえますか!?寮行ってからにしてください!!」



 真宮さんの声がホールに響いた。

額に青筋を浮かべて笑っている姿は、まるで仮面のしたに般若が隠れているようだった。

 真宮さんの後ろから下を覗いている三人はお腹を抱えて笑っている。


 驚いて静止した叶夢達に、俺も思わず笑いが溢れた。

 叶夢や彗夜は胸ポケットがとれかかっているし、藤真達の服もはだけていたり、ボロボロだったり。



 「何笑ってるんですか?」


 「楽しくなりそうだなって思っただけ。」


 「……それはそうですけど。」



 俺の呟きに、真宮さんが当たり前じゃないかと言いたげにボソッと呟いた。確かにな。十代なんて一度きりだし、楽しくないと意味ない。



***



 寮は実際に近くで見てみると、教室の窓から見た時よりかなり大きかった。


 寮は円形の四階建ての建物。一階はキッチンや共有スペース。二階は風呂や洗濯場。三階、四階がそれぞれ女子、男子の部屋。真宮さんが教えてくれた。



 「かなり大きそうですね。」



 こそっと囁いてきた和楓に頷く。一つの階に五、六人分の部屋があるんだから当たり前ではあるがやっぱりすごい。


 足を踏み入れると、玄関の先はリビング。隣にはエレベーターがついていた。リビングの中心には、ニ、三人が並んで上れる程の大きさの螺旋階段がある。

 リビング自体も広く、ソファーや机も高価そうな物が幾つか置かれている。


 スリッパを履いて中に入ると、コツコツと階段を降りる音が聞こえてきた。階段の方を見ると、雨宮先生が降りて来る。呆れと疲れが混じった様な表情をしている。



 「ああ、やっと来た。君達は俺のことをどんだけ待たせるつもりなんですか?」


 「おお!センセ、名前教えてや〜」


 「あ、忘れてた。雨宮あまみや 千草ちぐさね。副担任だからよろしく。」



 葉室さんが声をかけると、雨宮先生はみんなに名前を告げた。俺は既に先生の名前を知っていたけど。


 そういいえば、雨宮先生も一谷先生もすごく若そうに見える。二人とも多分二十代だろうし、案外俺達とも話が合うかもしれない。



 「ネームプレートかけてきたから、各自荷物整理してきな。七時に一階に集合ね。」



 先生に言われて、ぞろぞろみんなが螺旋階段を上っていく。流石に最初からエレベーターを使うのは抵抗があるらしい。勿論俺も使おうとは思わなかった。

 先生は俺の横を通り過ぎて、寮の外に出て行った。


 七時に集合か。今さっき時計を見たときは、五時過ぎだったから大体二時間で終わらせれば良いのか。楽勝。荷物は少ないから時間はあまりかからないだろう。



 「行かねぇの?」



 頭上から降ってきた声に上を見上げる。柚希が階段の途中で立ち止まり俺を見ていた。柚希はさっきは一言も喋らなかった。面と向かって話すのは初めてだ。


 初めてはっきりと見た柚希の瞳はモミザ色をしていた。真っ直ぐに見つめてくる切れ長の目は、人を寄せ付けない雰囲気。だけど、瞳の奥はすごく優しい。


 跳ねているけれど、それで光を反射している月白色の髪も相まり、柚希はどこか儚く周囲のモノに浮いていた。



 「お前さ、めっちゃ美人だな。」


 「は?」



 思わず本音が出た。思ってもみなかった言葉が返ってきたのか、柚希がキョトンと目をまんまるにした。



 「あ、いやなんでもない。今行く。」



 柚希は俺の言葉に小さく頷くと階段を上っていった。慌てて着いて行く。



***



 柚希と四階に上がると、螺旋階段の周りを囲むように三メートル程の通路があった。周りの壁には部屋のドアが付いている。


 階段の正面のエレベーターの左隣から、

和楓、柚希、叶夢、俺、藤真、彗夜の順にネームプレートがかかっていた。


 先に行った奴らは既に部屋に入って整理を始めたようで、俺たち二人以外には誰もいない。


 柚希と別れ、部屋の前に置いてあった荷物を取り部屋に入った。


 スリッパを部屋の前の棚に置き、入ってみると、家の自分の部屋よりもかなり広い。

 部屋はシャワーとトイレも付いていて、家具も色々置いてある。好きに使って良いとメモが置かれていた。


 ベランダが見えたので外に出る。部屋の外の廊下程の大きさ。ちょうど俺の部屋は教室に面していて、中が見えないように磨りガラスが付いている。

 雨樋を伝えば屋根にも上れそうだ。授業サボるときに使えそうだ。


 部屋も見終わったことだし、荷物整理をしなければ。とは言っても荷物の数は少ないしすぐ終わる。


 タンスの引き出しに、服を畳んでしまっておく。後は棚にスキンケア用品を入れたり。たったの十五分程で整理が終わった。


 時間は予想していたよりも大幅に余った。特にすることもないし、勉強をする気になんてならない。


 誰かの部屋に行こうか。荷物の整理が終わってそうな人……和楓だ。和楓の部屋に行くために、ソファから立ち上がった。

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