第12話「六歳、そして独り立ち」

 この世界にきて六年が経った。

 つまり、六歳になった。


 今日はもう何回目か分からないアスモダイ城でのパーティーが開かれていた。

 城の一番大きい部屋に執事やメイド、各地の豪族や俺の家族が集まり、豪華な飯を食ったり、内容は一つも分からんが真面目な話をしていたり、誰かの子供がはしゃいでいたりと明るい雰囲気だ。

 言わずもがな、俺の誕生日パーティーである。


 とはいっても、この城で行われるパーティーなんかどれも一緒だ。誰かの誕生日パーティーだろうと魔王の即位何周年パーティーでも、最初そのパーティーの主役がちょろっと話すだけでそれ以降はみな同じ。食って飲んで喋ってはしゃいで…。

 そういう訳で、本日の主役である俺も、リーサとリーセに囲まれながら豪華な飯を食っていた。最初の方は豪族の皆さんが祝いの言葉を掛けてくれたが、それが一通り終わると何人かの組を作ってお喋りに興じていた。

 先ほどまでクリスも勿論傍にいたのだが、ついさっき離席したきり戻っていない。大きい方か。流石にそう聞いたらあの俺に甘々クリスからも怒られそうだ。いや…それも受け入れてしまうとか?「ええ、大きい方だから少し時間がかかってしまうわ」とか言ってしまうのか?

 そんな大きい方だけにクソみたいなどうでもいいことを考えていると、向こうからやってきたメイドさんが、リーサに何やら耳打ちをしていた。

 なんだなんだ。内緒話か?殿下を除け者にするのか?


「坊ちゃん、この後余興をやるとかで…。少し控室の方に行きましょうか」


 そんな俺の視線に気付いたのかどうかは分からないが、リーサは俺の小声で恐らく先ほどのメイドが言ったであろう内容を口にする。


「余興ですか?そんなの今まで無かったですよね」

「はい…。私も初めてです…。なんでもクリスティーナ殿下の発案だそうで」


 俺たちは席から立ち、歩きながら話す。

 余興か。さっきも言ったがそんなこと今までのパーティーでは行われなかった。大体が食って飲んで満足した皆が各々勝手に帰って解散って流れだったからな。

 しかし発案はクリスか。だからさっきどこかに行ってしまったんだな。


「リーサお姉ちゃんは余興について何か知ってます?」

「いえ…余興があるとしか…。でもクリスティーナ殿下の発案ですし、大丈夫だと思いますよ」


 いや分からん…。いきなり全員の注目を浴びている舞台の上で「私たち結婚しましょう」とか言いかねんと思っているぞ。

 …いや、そこまで非常識な人間じゃないか…。


 俺たちは控室に到着する。

 控室はパーティーの会場となる大広間に二つあり、入口の手前にある控室と、壇上に繋がる控室がある。前者は今から会場に入る人が一度身なりを整えたりするのに使う部屋で、後者は…わからん。使ったことがない。恐らく壇上で何かの催し物がある時のための控室なのだろうがそんなこと今まで無かったしな…。

 初見の部屋でリーサとリーセが控えている中待機していると、扉の奥―壇上から執事長トルクシュの声が聞こえた。


「お集りの皆様、ご注目下さい」


 彼の言葉で、今まで談笑していた参加者の声が消える。


「ただいまより、クリスティーナ殿下が本日お誕生日のフリードリヒ殿下へ誕生日の贈り物をお渡しになります」


 誕生日の贈り物…誕プレか。

 最近気づいたが、少なくともこの城では誕生日にプレゼントを贈るという習慣は無い。

 欲しいかと言われれば、不自由ない生活を送れているので別に必要は無いが。


「クリスティーナ殿下は王国の王立学校で、誕生日に贈り物を送るという文化を知り、感銘を受けたとのこと。我々魔族にはそのような習慣はありませんが、大事な人の特別な日に贈り物をする。そう聞くと、素晴らしい習慣に思えます」


 王立学校は人間が支配する王国にあると聞いた。つまり、人族の間には前世のようにそういった文化があるらしい。いい事だな。これを機に俺も魔族の間に誕プレという文化を流行らせてみるか。


「誕生日に贈り物…なるほど」

「確かにそれで娘の喜ぶ顔を見られるなら…」

「しかしあの人族の真似事など……」

「そうだ、魔族の誇りを忘れたか…」


 会場の意見は半々か反対派が少し優勢か。

 人族の真似事、そういった意見からは人族に対する敵意を感じられる。

 歴史の授業で習ったが、どうやら魔族は人族との戦いに敗れ大陸を追い出されこのアドラ大陸に住み着いたらしい。しかしこれは歴史と言うより神話とも言える程昔の出来事で事実かどうかは分からないそうだ。だが、それらを信じている魔族も少なくはなく、人族に敵意を持っている者も少なくないらしい。

 仲良くしようぜ。ラブアンドピース。


「それではご入場頂きましょう、フリードリヒ様です!」


 初めて聞くトルクシュの大声と共に、俺は控室から出て壇上へ歩く。

 そこにはトルクシュと何やら大きい箱を持つクリスがいた。

 真っ黒なドレスを着た彼女は、初めて会った時から身長が伸びて、更に大人っぽく、色気が増したように見える。

 俺もこの一年で身長は伸びたが伸びた量は大体同じであまり差は縮まらなかった。

 男子は成長期が来るのが遅いからな。気長に待とう。

 そういえばクリスは黒の服が好きだな、普段着も黒を基調とした服を好んでいるように見える。

 

「フリッツ、誕生日おめでとう」


 クリスは整った顔を笑顔にし、俺に祝いの言葉をかけてくれた。

 本音を言えば彼女におめでとうと言われるのは今日で大体二十回目くらいだからもう満腹気味だが。


「ありがとうございます、クリスお姉様」

「…………」


 一応公的な場と言うことで敬語を使った俺だが、クリスは頬を膨らませ拗ねた様子だ。相変わらず俺の敬語は不服らしい。

 そんな顔も素敵です。


(今はみんなが見てるから…!)

(仕方がないわね…後で誰もいない所でもう一度やるわよ)


 既にこのやり取りは二十回以上やっているのだが。彼女は何度求めるのだろうか。


「貴方には馴染みのないことかもしれないけれど、人族はその日が誕生日の人に贈り物を渡すの。私も在学中にたくさん貰ったわ。それがすごく素敵でね?私も貴方に贈ってみたいと思ったの」


 クリスはそう言うと、持っていた大きい箱をかぱっと開けた。

 そこには俺が見ても立派だと思える、剣と鞘が入っていた。

 大きさは訓練場にあるようなどこにでもある剣と然程変わらないが、それとは次元が違うほど精巧なつくりとなっていた。


「これは私が通っていた学校がある国…シトラ王国で一番と言われるほどの腕を持つ鍛冶師、アルタンに打ってもらった剣よ。貴方は剣士ではないけれど、人間の国の王族や貴族、そして彼らの子息は常に帯剣しているの」


 クリスは箱の蓋を閉じ、俺に手渡す。

 確かに、俺の想像ではファンタジー世界の貴族は腰に剣をぶら下げている。しかし、俺に人間の国に行く機会はあるのだろうか。


「きっと貴方もシトラ王国の学校に行くことになると思うわ。魔族やこの大陸にはそういった機関は無いし…」


 始まってしまうのか?学園編が。確かに俺は六歳。日本なら小学校に通いだす年齢だが…。

 いや、そういえばクリスは十二歳で王立学校に入学したと言っていたな。しかもそれが最年少記録だったとも。

 ということは最低でも王立学校に行くのは六年後ということだな。俺は彼女よりも早くに合格する自信が全くないからな。

 

「それに、私は剣を使えるからいずれ貴方にも教えたいわね。手取り足取り……ね」


 彼女の言葉で、俺は彼女が後ろから手を掴み剣の扱い方を教えてくれる場面を想像した。 

 …悪くないな。でも今は鉾槍の訓練もあるからなぁ…。


「とにかく、私からの今年の誕生日の贈り物はこれよ。使うでも飾るでも、好きに使って頂戴?」


 クリスは今日中にその言葉を何度も口にしているのに、今日一番の笑顔でもう一度、「誕生日おめでとう、フリッツ」と言ったのだった。



―――


 結局クリスに貰ったこの剣は部屋に飾ることにした。

 しばらく剣を使う予定は無いが、部屋の隅に置いておくのも忍びない。

 そのため、この剣を見れば彼女への日頃の感謝を思い出すように自室の一番目立つ場所に飾ることにした。

 いつか俺が王立学校に行く時がきたら持って行こう。


「う~ん、しかし何度見ても素晴らしい剣ですね…」

「そうだね。ありがとう、リーサお姉ちゃん。飾ってくれて」

「いえいえ、むしろ坊ちゃんはもっとメイドをこき使ってくださいよ~」

「いや、そういう訳にも…」

「はぁ、坊ちゃんのそういう謙虚な所と言うか真面目な所と言うか…少しでもお姉ちゃんに分けたいですねぇ…」

「お姉ちゃん?」

「ええ、私たち双子にはお姉ちゃんがいて…一応、お姉ちゃんもここでメイドをしているんですが見たこと無いですか?結構長身で髪は私たちと違って真っ白なんですけど…」


 俺は記憶を掘り起こす。リーサが言う特徴のメイドは見たことがない。俺が一度見た『お姉ちゃん』を忘れるわけがないので、断言できる。


「見たこと無いですね…」

「まぁ、仕方がないかもですね。お姉ちゃん少し前までクリスティーナ殿下のメイドとして王立学校に行ってましたから」

「そうなんですか?」

「ええ。五年振りに会いましたが相変わらずでしたね~…」


 姉の事を少し愚痴っている感じのリーサであったが、顔は少し笑っていた。


「お姉ちゃんのこと好きなんですか?」

「え?あ~まぁ、そうですね。昔は私たち双子はお姉ちゃんにべったりでした。頼りがいがあって、かっこよくて…今も仲は良いと思います」

「へぇ~いい姉妹なんですね」

「ええ、昔は本当に、今の坊ちゃんとクリスティーナ殿下みたいな感じでしたね~。流石に十歳くらいになるとべったりするのはやめましたけど」


―――


 突然だが、前世の俺には二人の弟と二人の妹がいた。

 彼らの中の年長者――次男と俺は七つ違いで、彼らは多くても三つしか差が無かった。要は、俺は大人数兄弟の長男だった。

 両親が早くに亡くなってしまったこともあり、彼らの面倒を見るのは主に俺の仕事だった。祖父母の支援もあったが、彼らは忙しい身で炊事や洗濯などは俺の仕事だった。高校を出た俺は職に就き、弟妹の学費の支援もした。

 別に、弟妹に恩を売るためではない。俺は長男だから、兄弟の年長者だからやらなければいけないと思ってた。そして彼らは弟妹だから、俺に甘え頼るのは何も間違っていないと、そう思っていた。

 しかし、彼らが高校生になったころ、大学は自分のお金で行くと宣言した。その時俺は二十代中盤で、裕福とは言えないが国公立であれば、大学の学費の支援も出来たし、無論その準備もしていた。

 けれども弟妹たちは、これ以上俺に甘えることはできない。今までありがとう。そう言った。

 その時俺は、少し涙ぐんでしまったことを覚えている。勿論、弟妹がすくすくと成長してくれたこともそうだが、しっかりと自分たちで考えて、俺から独り立ちしたのだと、それが何だか嬉しかった。


 何が言いたいのかというと、弟や妹はいつかは両親、そして兄や姉から独り立ちしなければいけないということだ。自分には自分の生活があるように、彼らには彼らの生活もある。いくら自分が年少者だからと言って、いつまでも甘えるわけにはいかないのだ。

 

 さて、ここで今の自分の状況を考えてみよう。今現在俺は、姉たるクリスに甘えっきりだ。お茶会するでも、勉強するでも、魔術を教えてくれる時でも。


 これはよくない、と俺は思う。

 このままでは俺はクリスに依存してしまい、クリス抜きの人生など考えられなくなってしまう。

 何を大袈裟なと思う人もいるだろうが、クリスの包容力は抜群に高く、彼女に任せれば全てが万事上手くいくとさえ思ってしまう。

 俺の中身は三十を越えたおっさんなのに、最近そう思い始めているのだ。


 ただでさえ俺は、この世界に来てから魔王の息子と言うことで大事に育てられてきた。食事も風呂も着替えも、生活のほとんどをメイドさんに任せっきりで、前世の俺と比べると、仕方がないとはいえ、他人に生活を依存してしまっているような状態だ。

 このままでは俺はいつまで経っても独り立ちすることが出来ない気がする。

 

 そういう訳で俺は、苦渋の決断だが、本当に、本当に苦渋の決断だが、クリスと少し距離を置こうと考えた。

 このままでは俺はきっとダメになってしまう。何でも出来るクリスに全てを頼ってしまう。これは俺のためにもならないし、弟はいつかは姉から独り立ちするものだ。しかも俺は中身は三十を越えている。そもそも最初から、精神的には年下の姉に甘えるというのが間違っていたのかもしれない。

 確かに俺は『お姉ちゃん』が好きだ。大好きだ。しかしそれはゲームやアニメの世界なのだ。ここは現実。現実は二次元とは違う。俺には俺の日常があるように、姉には姉の生活もある。俺が常にそこに入り浸っていては駄目なんだ。


 そこで俺は、サリヤと一緒に任務に行く際、クリス抜きで行くことを決意した。

 この話をクリスにした時、彼女は俺たちに付いてくる気満々だったようで、少し落ち込んでいた。


 『お姉ちゃん』のそんな顔は見たくない…見たくないのだが……!

 許して欲しい、これは俺のため、そしてクリスのためでもある。


 俺が一人で任務を達成した暁には、きっと彼女も褒めてくれるだろう。

 「流石フリッツね」「もう一人で出来るなんて」。そう言って俺の頭を撫でるクリスが目に浮かぶ。


 そんなクリスのためにも俺は今回の計画を行う。


 俺は今回、クリス抜きで任務に赴くことで、彼女から独り立ちするのだ―――。

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