第1話「死」


 その日は、雨だった。八月の真ん中、俺は会社を出て走っていた。目的は今日発売のギャルゲー「異世界転生したけど、お姉ちゃんがいっぱいいるのでオッケーです!!!!」を買うためだ。

 ギャルゲー発売日は、早く家に帰って少しでも多くプレイしたい。そのため俺は今日はいつもより集中して仕事を終わらせた。しかし一人の後輩が部長から与えられた仕事に手こずっていた。別に俺が知らない奴なら普通に帰るのだが、そいつは入社して二年俺が教育係として世話してた奴だった。そいつのヘルプは断るわけにはいかず、なんとか終わらせ会社を出た時、空はすっかり真っ暗だった。腕時計を見るともう七時半を回っていた。


 「あの店、八時までだったよな…?」


 俺はビジネスバッグを傘代わりにダッシュした。学生の頃野球部に所属していたが、社会人になってからはほとんど運動をしていない。家電量販店に着いた時には俺は息を切らしていた。


 「はぁ…はぁ…。七時五十分…。間に合ったか…」


 俺は店内に入り、ゲームコーナーへ足を向ける。目当てのゲームを探そうとしたが、その必要は無かった。そのゲームは「今日発売!」と銘打たれ、一番目立っている所に陳列されていたからだ。


 「あったあった」


 俺はそのゲームを手に取り、何とはなしに裏返してみた。そこには五人のヒロインとゲームの説明、そしてメーカーである「お姉ちゃんプロジェクト」の文字。レジに向かうともはや顔なじみとなったバイトの男の子がいた。きっと俺は裏で「あいつギャルゲーばっかやってるよ…。しかも年上モノだけ」「えーきっしょ」とか言われているのだろう。だが構わん。俺にはお姉ちゃんたちがいる…!あれ、涙が。

 俺は自分の妄想で落ち込みつつ、駅に向かった。



 店のロゴ入りのレジ袋でギャルゲー丸出しのピンク色を基調としたパッケージを隠しつつ、俺は駅のホームで電車を待っていた。こういう時スマホを見るのもいいが、時たま俺はホームを見渡す。すると、稀にいるのだ。お姉ちゃんという存在が。

 

 しかし今日は見渡す必要はなかった。目の前に小学生くらいの男の子と中学生くらいの女の子が並んで立っていた。顔を見合わせ楽し気に話している。横顔からしか窺えないがあまり顔立ちは似ていない。俺は妄想を膨らませる。

 この二人の親同士は仲が良く、きっとこの二人も小さい頃から仲が良かったのだろう。それでいて今は学生は夏休みの時期だ。水泳バックのような物を持っていることからきっと近所のプールにでも遊びに行っていたのかもしれない。今は雨だが確か振り出したのは六時頃からだったはずだ。きっと少年は普段遊んでいたお姉ちゃんの水着姿にドキドキしたに違いない。そこから産まれる恋心。しかしお姉ちゃんの方は少年のことを恋愛対象として見ていない。少年はお姉ちゃんに告白するが玉砕。だがお姉ちゃんはそこから少年のことをそういう目で見始め……!


「…………」


 だがまあ、結局の所これは俺の妄想だ。この二人が本当の姉弟である可能性もあるし、そういう関係でないかもしれない。

 そう思うと虚しく感じてしまう。これも一種の賢者タイムなのだろうか…。


 しかしそんなことは関係ない。この二人は俺が守らなくてはならないと、俺が謎の使命感を覚え始めた時、後ろの方でドテッと何かが落ちるような音が聞こえた。振り向くとスーツ姿のOLさんが転んでいた。OLさんは立ち上がると恥ずかしそうにそそくさと向こうの方の列に加わった。

 今は雨が降っており当然ホームも濡れる。きっと滑ったのだろう。


『――電車が参ります』


 そんな何百回も聞いたアナウンスが流れる。

 目の前の少年が右足をホームに擦り付けるような謎の動きをしていた。一瞬なにをしているのかわからなかったが、きっとあれだ。彼もOLさんがこけるのを見ていたのだろう。それでどれくらい足が滑るのか興味が湧いたのかもしれない。

 正直気持ちはわかる。雪が積もった時に滑る人を見ると俺もやる。そんなに滑るか?みたいな感じで。


 しかし、彼はおそらく小学生。あまり体がしっかりしておらず、こけやすい。だから俺はこの時注意するべきだったのだ。ホームで、しかも一番前なのにそんな危険なことをするなと。


「わっ…!」


 彼は滑った。駅のホームで。ここに停車予定の電車を目の前にして。

 隣にいた少女は彼に手を伸ばした。

 しかし悲しいかな。彼女も精々中学生くらいだろうしぱっと見運動が得意そうでもない。その手が少年に届くことはなさそうだ。

 頭では冷静にそう考えながら、俺の身体は動いていた。右足を踏み込み、右手を目一杯伸ばす。すると少年の右腕を掴めた。その瞬間俺は彼を引っ張った。それはもう思いっきり。小学生だといっても2,30kgはあるだろうからそれくらいしないと無理だろう。だがその反動で俺の身体は少年と入れ替わる形になる。

 

 つまり、俺の身体は今、線路の上ってことだ。

 ホームを見ると少女が少年を受け止めていた。まあ、救えたのだろう。少年よ、お姉ちゃんを大事にするんだぞ。




 



 瞬間、左半身に強い痛みを感じ、俺は意識を手放した。

 

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