第48話 目覚めよ、村民!

 その後の俺たちは――俺にできることはもうほとんど何もなかったのだが――大忙しだった。


 ようやく「最後の材料」が判明した、その日の夜。

 帰ってきた探索組に成果報告をするなり、リアはさっそく特効薬の調合に取り掛かった。


 彼女もまだ完全に体力が回復していたわけではなかったし、「明日にしても良いんじゃないか」という意見も出たのだが、当のリアは「『明日やろう』は馬鹿野郎なのです」と一蹴。


 俺たちも夜通し交替でサポートをする中、ぶっ倒れて寝ていた間の遅れを取り戻すかの如く凄まじい集中力を発揮し、そして遂に明け方、リアは見事に特効薬を完成させてみせた。


「さぁ、やりますよ。リアは特効薬の量産に専念するので、兄さんたちは引き続き必要な材料を集めてきて下さい。シバケン君は……シバケン君は、出来た薬を村中に届けるのです」

「要するに雑用だな。任せろ」


 適材適所を実によく理解したリアの的確な指揮の下、特効薬完成からの数日間、俺たちはひたすら走り回ったのだった。


 ※ ※ ※ ※


 そんなこんなで、村全体に特効薬が行き渡った頃。


「いや、本当に、本当に、ありがとう。君たちのお陰で、村は救われた」


 いまや村のほとんどの住民がすっかり「寝たきり病」から回復した。

 みんな手に手を取って喜び合って、誰からともなく流行り病からの救済を祝い、二人の勇敢な旅の薬師を称える為の宴をしようと、村の中央広場はいつの間にか大騒ぎになっていた。


 口々に病が治ったことへの喜びや、村の救世主の兄妹への感謝の言葉を贈る村民たちを温かい眼差しで眺めながら、村長さんがしみじみと言う。


「最初にこの流行り病が広まった時には、この村はもうダメかもしれんと諦めてしまっていたんだがのぅ。君たちが親身になって村で研究を続けてくれたお陰で、わしらはこうして再び活気を取り戻すことができた。本当に、本当になんとお礼をすれば良いか……」


 何度も何度もお礼を言う村長さんに、リアとシビルはひらひらと手を振る。


「リアたちは旅の薬師として、当たり前のことをしただけです。それにリアたちこそ、おじさまたちには随分お世話になったのです。だから、気にしないでいいのです」

「と、いうわけだ。特別な礼をするには及ばん」

「おお、なんと慈悲深い……君たち兄妹に出会えたことを、わしは心の底から感謝するよ」


 その様子を少し離れた所から見やる俺の横で、ジャックとラヴラも微笑ましそうに二人を眺めていた。


「はは、本当に村の救世主だよね。やっぱりリアちゃんとシビルは凄いなぁ」

「ええ。流行り病を治す為に何日も村に留まって薬の研究をするなんて、相当に苦労されたでしょうに。本当に素晴らしいご兄妹です。見習わなくてはなりませんね」

「まったくだな。『立ち寄った村で蔓延する難病を治す為に旅の薬師の兄妹が必死に奮闘する』なんて、それだけで小説を一冊書けそうなほどの偉業だ。俺には到底、真似できないよ」

「そうだねぇ。いやぁ、それにしても……」


 隣で馬車の荷台に寄りかかっていたジャックが、荷台から何かを取り出して言った。


「まさか特効薬に必要な『最後の材料』が、だったとはなぁ」


 ジャックの手に握られていたのは、青と黄色のマーブル模様という相変わらずアバンギャルドな見た目をしている果物、ショコロの実だった。


「古文書で見つけた時は、俺も『まさかな』とは思ったけど。けどウィペット村周辺で採れる木の実で、しかも青と黄色のまだら模様ときたもんだから、もうこれしかあるめーよ、ってな」

「そういえばあそこの村長さんも言ってたね。薬にも使われるくらい栄養満点、ってさ」


 シャクッ、と小気味いい音を立てながら、ジャックはショコロの実を齧る。

 ならうようにして、俺もラヴラも思い思いに口にした。うん、やっぱり美味い。


「待たせたな、三人とも」


 村長さんと話し終えたらしいシビルとリアが歩いてきて、木の実片手に寛いでいる俺たちに手を差し伸ばしてきた。


「村長はああ言っていたが、今回俺たちがラサ・アプソを救えたのは、お前たちが手伝ってくれたお陰だ。シバケン、ジャック、ラヴラ、改めて礼を言わせてもらいたい」

「えへへ。まぁ、ボクは材料集めくらいしかできなかったけどね」

「大したお手伝いはできませんでしたが、少しでもお力になれたのなら良かったです」

「まぁ、お互いお疲れさん」


 俺たち三人それぞれと固く握手を交わすシビルの横では、リアも少し照れ臭そうにケープに顔を埋めながら、ポツリポツリと感謝の言葉を述べた。


「本当に……助かったのです。あの、ありがとう……ございます」

「良いって、良いって! もう、リアちゃんは可愛いなぁ!」

「リアちゃんこそ、本当によく頑張りましたね。偉い、偉い」


 途端にこぞってリアに抱き付いたり頭を撫でたりするウチの女性陣。


 もみくちゃにされているリアは、けして振り解こうとはしないものの、少し鬱陶しそうに眼を細めていた。

 あ~……俺もあの空間に飛び込みたいんじゃ~。


「ぐぁ~……にしても、さすがに体がボキボキだ。あちこち痛くてしょうがないぜ」

「聞いたぞ、シバケン。妹の為に、何やら体を張って相当頑張ってくれたようじゃないか。おくびにも出しはしないだろうが、リアもお前に大分感謝しているようだ。兄として、俺からも礼を言う。ありがとう」

「いいって、いいって。わりかしいつもこんな感じだしさ。ゆっくり風呂にでも入れば、いくらか疲れも取れるだろうさ」


 体中を揉み解しながら呟く俺を前に、シビルが「そういえば」と手を叩いた。


「流行り病のこともあるからあまり出歩かせないようにと伏せていたのだが、前に村長から、村の外れに疲労回復などに効能がある温泉が湧いていると聞いたのを思い出した」

「へぇ、この村には温泉があるのか?」

「ああ。バーニーズ山脈にはいまだ火山として活動している山も多いからな。試しに俺も《探索者》の技能で探ってみたのだが、たしかに色々な場所で湯が湧いていたぞ? 疲れを取るというのなら、折角だし風呂ではなく温泉に行ってみてはどうだ? いわゆる湯治だな」


 温泉か。しばらく入っていなかったしなぁ。

 よし、そんならいっちょ行ってみるか。

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