第43話 最後の材料を見つけ出せ

「それにしても、まさか〈狼人種〉にそんな文化があったとはなぁ」


 言いつつ、俺は例によってブックホルスターの赤本からページを破り、メモを取っていく。

 今後の教訓の為にも、紀行文のネタの為にも、これはしっかりと記録しておいた方が良さそうだ。


「……? それは、何をしているのですか?」


 と、そんな俺を見て、リアがその半眼を少しだけ見開いた。


「何ってメモだよ、メモ。俺は放浪作家だからな、今書いている紀行文のネタにするんだ」


 感情の読み取りづらいリアの顔に僅かに驚きの色が浮かぶ。それを見たシビルが思い出したように口を開いた。


「おっと、そうだった。それについて話さなければいけないのだったな。聞いて驚け、リア。実はこのシバケンはな、古代文字を翻訳できるのだそうだ」


 今度こそ、リアは驚きを隠しきれないといった様子で訊き返す。


「……それは、本当なのですか?」

「勿論だ。だからこうして来てもらったのだからな。シバケンならきっと、俺たちの研究の助けになってくれるだろう」


 得意げに鼻を鳴らすシビルの言葉を聞き終えると、リアは目の前に広げられた調剤器具の数々と俺とを交互に見てから、とても真剣な眼差しで呟いた。


「その話、もっと詳しく聞かせて欲しいのです」


 ※ ※ ※ ※


 ラサ・アプソ村で現在猛威を振るっているこの流行り病は、かかった者が寝込み続けてしまうことから、リアたちによって便宜上「寝たきり病」と名付けられていた。


 村長さん曰く、バーニーズ山脈周辺地域では遥か過去にも同じような病が流行したことがあったらしい。だが、なにしろ何百年も前の話のようで、今では「寝たきり病」に関する治療法や知識などを知る者は村内にもいないという。


 唯一の手掛かりとして、先の山道入り口の洞窟遺跡をはじめとしたラサ・アプソ村周辺に点在する遺跡や史跡から発見された大量の古文書があり、おそらくここには過去に流行した「寝たきり病」に関する情報も埋もれていると思われる。

 ……のだが。


「……そもそも普段からあまり読み書きをしない村民は勿論、薬の研究の為に多少は読書をするリアにも、古文書に書いてある古代文字までは解読できなかったのです」


 部屋の本棚から、埃を被った一冊の古めかしい本を手に取ってリアが言う。


「そこで、少ない図や挿し絵から情報を推測してみようとしました。その甲斐あって、なんとか特効薬の完成まであと一歩、というところまできたのですが……」

「その『あと一歩』がわからない、と?」


 俺が繋ぐと、リアが歯痒そうに爪を噛んだ。


「あと一つ……どうやらあと一種類だけ、足りない材料があるらしいのです」

「その『あと一種類の材料』を見つける為に、妹は研究の傍ら古文書を洗い、俺もこの辺り一帯で薬の材料になりそうな様々な素材を集め回っていたのだが、どちらも難航していてな。それでどうしたものかと悩んでいたところだったのだ」

「なるほど。要するに、お二人がシバケンさんに手伝って欲しいことというのは、古文書の解読作業、というわけですね?」


 わかりやすくまとめてくれたラヴラに、ハスキー兄妹が揃って首肯した。


「頼む、シバケン。どうか手伝ってはくれないか? 勿論、ただでとは言わん。手伝ってくれるのであれば、きちんと礼はさせてもらおう。約束だ」


 そう言って、縋るような目で頼み込んで来るシビルを前に、俺はさして考え込むこともせずに頷いた。


「オーケー、話は大体わかった。そういうことなら、たしかに俺でも力になれるかも知れないな。俺なんかでよければ、二人の研究を手伝わせて貰うよ」


 俺は別に「困っている奴は放って置けないっ!」とか、「俺がそのふざけた疫病をぶっ殺す!」とか、そんな熱血系主人公たちみたいにできた人間ではない。


 が、かといって別段断る理由もないだろう。なにより、俺もこの世界の医術に関する知識はほとんど収集できていなかったし、そっち方面のネタ集めにはこっちもちょうど難儀していたところだったのだ。


 紀行文執筆の助けにもなるし、疫病も解決できるかも知れないし、まさに一石二鳥ってなもんだ。


「かたじけない。恩に着るぞ、シバケン」


 快諾する俺に、シビルが深々と頭を下げた。


「はいはい! ボクも何か手伝うよ!」

「ええ、私たちにもできることがあれば、何でも仰って下さい」


 俺に続くようにして、二人も協力の意志を示す。

 再び丁寧に感謝の言葉を述べると、シビルは立ち上がって部屋の窓際から見える雄大なバーニーズ山脈を指差した。


「なら、二人には俺の材料集めを手伝って貰いたい。シバケンがいれば古文書の解読も捗るだろうが、その間ただ待っているというわけにもいかない。こうしている間にも、患者は苦しんでいるのだ。できるだけのことはしておきたいからな」


 シビルの言葉に、ジャックもラヴラも力強く頷いた。


「材料集めは、早速明日から頼む。山間にあるいくつかの遺跡を回っていくつもりだ」

「了解! 遺跡探検なら任せてよ!」

「が、頑張ります……!」

「ははは、まぁそう身構えなくてもいい。道中の道案内や、材料の選別は俺がきっちりやらせて貰う。この辺りのことなら大体頭に入っているからな。危険なエリアや強い魔物が出る場所も、有害な植物の見分け方もちゃんと教えてやろう」

「へぇ、凄いなぁ。さっきの洞窟遺跡のときといい、随分と手慣れてるんだね」

「ああ。なにしろ俺のスキルは《探索者》だからな。探索に関することなら任せておけ」


 自信たっぷりにそう言って、シビルは朗らかに笑った。なんとも頼もしいガイドだ。


「うっし。じゃあ明日からはシビル、ジャック、ラヴラは探索、リアと俺はここで薬の研究兼古文書の解読、これでいってみようか」


 今後の方針がまとまったところで、俺たちは早速準備に取り掛かった。

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