第33話 ここから先はアドリブだ!

 ドラゴンだ。間違いない。

 ゲームやラノベでも「お前本当に架空生物なのか?」と言いたくなるほどお馴染みの、あの皆大好きドラゴンさんが、俺の目の前に現れた。


 何だこれ、一体どういう状況なんだ? 

 百歩譲って、この世界にもドラゴンがいるという事実はまぁ良いとして、だ。


 そのドラゴンが、なんでこんな所に、しかもこんなタイミングで登場するんだ?


「こ、このドラゴンはっ!」

「知っているのか、ラヴラ!?」


 俺のいる舞台袖まで後退してきたラヴラが、慌てた仕草で首肯する。


「は、はい! たしか今日、『大演劇祭』最終日のトリを飾る劇団が演劇で登場させる予定のドラゴンだったと思います! 飼い慣らされているとはいえ、ドラゴンは気性の荒い魔物です。その為、当該劇団には他の劇団よりも固い警護がなされていた筈ですが……」

「じ、じゃあなにか? 何かの弾みでそのドラゴンが暴走しちゃった、ってことか?」

「その可能性が、一番濃厚だと思います……!」


 なんてこった。冗談じゃない。

 いや、こんなヤバい事態に遭遇してしまったことも冗談じゃないのだが、それよりもこのままでは演劇自体が滅茶苦茶になってしまうのが一番冗談じゃない。


 折角、折角ここまでどうにか上手くやってきたのにっ!


「ど、どうするのさ!? これ、ちょっとマズいんじゃないの?」


 ジャックも舞台袖近くまでやってきて狼狽の声を上げた。

 答えられずにいる俺の代わりに、ラヴラが少しの間考え込み、やがて覚悟したように頷く。


「……こうなってしまっては、致し方ありません。演劇は中止です。おそらくすぐに騎士団が観客の皆さんの避難誘導を始めるはず。その間、何とか私が時間を稼ぎます」

「えぇ? 時間稼ぎって、まさか、あのドラゴンを食い止めようっていうの!?」

「はい。ですからシバケンさん、ジャックさん。お二人も早く、従者の方々と避難を」


 ラヴラの返答を遮って、ジャックがすかさず彼女の肩に両手を乗せる。


「無茶だよ! そりゃ、ラヴラはたしかに強いし頑丈だとは思うけど、さすがにあのドラゴンを相手に一人で立ち向かうなんて! 大怪我じゃ済まないかもしれないんだよ?」

「騎士として、それくらいの覚悟は私にもあります。それに、なにもずっと一人で相手をするわけではありません。ここにもすぐに応援が来るでしょう。それまでの辛抱ですから」


 本当は怖い筈だろうに、震える腕で盾と槍を構えながら気丈に笑ってみせるラヴラ。

 彼女の瞳に固い意志の光を感じ取ったのか、ジャックもそれ以上は何も言わず、黙って頷くと、いまだ身動きが取れないでいる壇上の皆に向き直った。


 腹を決めた二人の背中を眺めて、俺も断腸の思いで劇の中止を決行……しようとして。


「……っ! いや、ダメだ! 続けよう!」


 ふと、観客席に視線を戻した瞬間、思わず叫んだ。


 ジャックとラヴラがほぼ同時に振り返り、ドラゴンが現れた時と同等か、それ以上の驚愕の表情を浮かべた。構わず、俺は叫び続ける。


「中止にはしない! このまま演劇を続けるぞ!」

「はぁ!? ちょ、ちょっと何言ってるのさシバケン! こんな状況で演劇も何もないじゃないか! 馬鹿なこと言ってないで、早く逃げるんだよ!」

「もう無理ですよ、シバケンさん! 今は一刻も早く事態の収拾に動かないと!」

「いいから、見てみろ!」


 騒ぐ二人を無理矢理に制して、俺は真っ直ぐに観客席の方を指差した。

 虚を突かれて言葉を詰まらせた二人が、ゆっくりと俺の指差す方に目を向けて、


「……んなっ?」

「こ、これは……」


 今日、何度目ともわからない驚きの声を漏らした。

 時折悲鳴が上がり、騒然となっている観客席。突如現れた暴走ドラゴンに圧倒され、ほとんどの者がその顔に恐怖や動揺といった負の感情を滲ませていた。


 それにも関わらず、誰一人として、席を離れようとする者はいなかった。


「そんな……これは、一体?」

「な、なんで皆、逃げようとしないの……?」

「違う、もっとよく見てみろ。観客一人一人の顔を、もっとよく」


 言われて、ジャックもラヴラも再び目を凝らす。

 今度こそ、俺の言っている意味がわかったらしい。どちらともなく、呟いた。


「……楽しんで、いる?」


 観客は、たしかにこの異常事態に直面して軽いパニックに陥っている。もし今、ここがその辺の普通の街角で、普段通りの日常であったとしたなら、たちまち阿鼻叫喚の渦に包まれていたことだろう。


「だけど、今は違う。今は『大演劇祭』という非日常の真っただ中で、ここは演劇の舞台だ。普段であれば異常なことも、今この場に限って言えば、そうではなくなる」

「つ、つまり、観客の皆さんはまだ、この状況すら演劇の一環だと思っていると?」

「う、ウソでしょ? そんなことって……」


 信じられないといった様子で首を振ってはいるが、恐慌に彩られながらも期待の色を滲ませ、果ては口端に微かな笑みさえ浮かべる者までいる観客席を見やり、二人は互いの顔をしきりに見合わせている。


 立ち尽くす二人を横目に、俺は舞台袖の端、ステージに足を踏み入れるギリギリ一歩手前まで歩み出る。


「皆! まだ演劇は終わってないぞ! 少し台本とは違うけど、ここから先はアドリブ、即興で劇を続けるんだ! 観客は、まだ舞台は続いていると思ってる! このアクシデントも、シナリオの一環だと思い込ませるんだ!」


 そうして、固まったまま動けないでいる演者たちに向かって声を張り上げた。


「幕が下りる、その最後の瞬間まで!」

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