第30話 特訓、特訓、猛特訓!

「だ、大丈夫なのでしょうか? 本当に、私が主役なんて……?」

「心配するな。お前はここにいる誰よりも戦いの心得があるし、ルックスも文句無しだ。戦闘シーンではよりリアルな演技ができるだろうし、何より美しくも凛々しい女主人公ってのは、それだけで舞台上で映えるからな。主役を張るならお前しかいないさ」


 数時間後。

「大演劇祭」バックヤードのテント群から、スパニエルでの拠点にしている郊外の宿屋の裏庭へと移動した俺たちは、さっそく本番に向けての猛練習を始めていた。


「るっくす……しーん……? よ、よくわかりませんが、シバケンさんがそうおっしゃるのなら私、できる限り頑張ってみますっ」

 

 幸い俺たち以外の宿泊客がいなかったこともあり、宿屋主人の爺さんもしばらく裏庭が騒がしくなるのを快く了承してくれた。

 これで心置きなくメガホンを取れるというものだ。


「それにしても、本当に驚きました。まさか本当に脚本を、それもたった一時間ほどで完成させてしまうなんて……やはりシバケンさんは凄いですね。私、改めて尊敬します」

「まぁ、脚本作りと言っても、俺の故郷に伝わる昔話をベースに、ほんの少しだけ手を加えただけだからな。言うほどたいしたことをしたわけでもないさ」


 ひらひらと手を振る俺を軽く制して、ラヴラは俺の手元にある【騎士モモタロスの冒険~ロード・オブ・ザ・オニガシマ~】と題された台本を指し示した。


「そうだとしても、やっぱり凄いですよ。この作品、原題は『モモタロー』と言いましたか? 単純な構成でありながらもこれほど心躍るような冒険譚は、百余年の人生の中でも私は見た事も聞いた事もありませんでした。大多数の人が知らない物語を知っている。私はそれだけでも、充分に凄いことだと思いますよ?」


 ………まったく。泣かせてくれるじゃないか、ラヴラよ。

 この子はある意味、とんでもないダメ男製造機かも知れないなぁ。


「お、おう。まぁ、そういう意見もあるな?」


 全力で涙腺を殴りにくるラヴラの言葉をなんとかクールに受け止めつつ、俺は手元の台本を振りかざしながら、猛特訓に励んでいるジャックたちの下へと歩いていった。


 ※ ※ ※ ※


「も、モモタロスさま~、騎士モモタロスさま~! そのお腰に付けた『キビボール』を、ぜ、ぜひこのアタシに、めめ、恵んで下さいっス……ッ!」

「よくもここまで来たものだ~……まさかこの吾輩に反旗を翻すとは愚かなり……えっと、これは許されざる蛮行と言えよう……し、死ぬがよい~…………」

「カットッ! カァァァァット! 全然ダメだ! パピヨンは声も出ているし抑揚もちゃんとついてるけど、普段の口癖が出てきちまってる。演技する時は『~っス』は禁止! シェパードは動きもセリフの言い方も上手いけど、折角の威圧感たっぷりな図体に対して声が小さすぎるせいで迫力が半減だ。もっと腹から声を出せ! 本気で相手を怯えさせろ! 客はお前を『最大の敵役』として見るんだ! はい、もう一度最初から!」


 メガホン代わりにした台本から飛ぶ俺の指示に、従者の皆が間髪入れず返事をして、すぐさま指摘された所の修正を図る。


 特訓二日目の早朝。俺たちはまだ薄暗い空の下、あくびを噛み殺しながら演劇の練習に励んでいた。


 本番までは今日を含めてあと三日弱。内容が簡単なものとはいえ、それなりに見せられるレベルにするには少しの時間も無駄にはできない。

 ジャックやラヴラ、従者の皆、そして勿論、脚本兼監督である俺も、ほとんど寝ずに演劇の練習を続けていた。


 この調子でいけば、本番までにはなんとか完成しそうだな。

 拙いながらも一所懸命に練習を続ける皆を見て回りながら、俺はジャックとラヴラの様子を見ようと足を向ける。


「……こ、これからオニガシマへオーガ退治に行くのです。もも、もし、わたしのオーガ退治に付いて来ると言うのであれば、この、えっと……『キビボール』を差しあげましょう」


 うんうん。まだ若干セリフが飛んでしまったり、動きがぎこちなかったりする所もあるが、これなら充分間に合うだろう。ラヴラに関しては、俺は別段何の心配もしていなかった。


 となればあとの懸念は、あまり複雑な芸はできなさそうな俺の相棒なのだが……。


「――お任せ下さい、騎士モモタロス様! 苦しみに苛まれる市井しせいの民草に心を痛め、己の危険も顧みず単身オニガシマへと赴き、かの邪知暴虐のオーガを討ち果たさんとするそのお志、大変感服致しました! このジャック、あなた様のその『キビボール』に見合う……いえ! それ以上の働きをご覧に入れてみせましょう!」


 ムカつくほど意外なことに、ジャックはノリノリだった。

 声もよく通るし、セリフにも動きにも、見る者を魅了する確かな力を感じる。

 まさかこいつに、こんな才能があったとはなぁ。

 

「はぁ……とても上手ですね、ジャックさん。見事に役に入りきって、まるで本当に騎士モモタロスのお供の方のようでした。フフフ、これではどちらが騎士かわかりませんね」

「いやぁ、やってる内になんだか楽しくなってきちゃってさ。まぁ、シセーとかジャチボーギャクとか、自分でもセリフの半分以上は何を言ってるのかさっぱりなんだけどね」

「お前にそんなタカラジェンヌばりの演技ができるなんて、なんか解せぬ。バグ技でも使ってるのか? 改造は保障が効かなくなるからあまりお勧めはしないぞ?」

「あっ。よくわからないけど、また何か失礼なこと言われた気がするなぁ!」


 憤慨して掴みかかろうとしてきたジャックの突進を受け流し、俺は隙だらけの背後に回って手を伸ばす。

 フハハ、馬鹿め。お前の弱点は全てお見通しだ。

 食らえ必殺、「両耳同時モミモミ」攻撃。


「きゃうんっ⁉」


 唐突に弱点(こいつの弱点は耳の裏と顎の下だ)を責められ、ジャックは一声可愛らしい悲鳴を上げると、腰砕けになってヘナヘナと地面に座り込んでしまった。


 こいつ、本当に色んな意味で扱い易い奴だな。

 俺、お前のそういう心も体も素直な所は非常に嗜虐心……いや不安を覚えるよ、まったく。


 ともあれ、練習は予想以上に順調な滑り出しだ。あとは本番当日に、無事演劇をやり通せることを願うだけだな。


「ふぅ……さて、細工は流々りゅうりゅう、あとは仕上げを御覧ごろうじろ、ってな」


 ぼちぼち明るくなってきたスパニエルの空を見上げて、俺は一つ大きく伸びをした。

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