第18話 「くっ、殺せ」って言ってくれ
「まさかシバケンにこんな特技があるなんてね。なんだよ、結構やるじゃん」
呆れ半分、感心半分といった様子で、ジャックが首を竦めてみせる。
「変態放浪作家のクセに」と言いたげな顔をしているのは、ちょっと心外だが。
「お二人とも、大丈夫ですか! お怪我はありませんか?」
リーダーが籠絡されたことで、統率を失ったガルムたちは方々に逃げ去ったらしい。立ち往生していた旅人さんが、慌てた様子でこちらに走り寄って来た。
「あ、はい。ボクたちは何ともないですよ」
ジャックがヒラヒラと手を振って、それから申し訳なさそうに「さっきはごめんなさい」と手を合わせる。
「いえいえ、お互い無事で何よりです。それより……凄い、ですね。まさかこんなに手際よく、魔物を手懐けてしまうなんて」
そう言って、旅人さんは頭まですっぽりと被っていた外套をまくり上げ、俺の方に向き直った。
「いやいや、俺も上手くいくかどうか半信半疑だっ……た……?」
と、外套の下に隠れていた旅人さんのその美貌に、俺は思わず言葉を詰まらせてしまった。
一本一本が本物の金なんじゃないかと思ってしまうほどの、背中で一本の三つ編みにした長く艶のある金髪。
よくできた人形のように長いまつ毛と、ぱっちりとした瞳。出っ張り過ぎずへこみ過ぎずのバランスの取れた美しい肢体を、向日葵を思わせる山吹色の服と、手入れの行き届いているらしい銀製の手甲や胸当てなどが覆い、より一層その美麗さを引き立てている。
「お陰で助かりました。本当に……ありがとうございます」
外套の下から現れたのは、鎧に身を包み、立派な槍を携えて聖女のように優しく微笑む、これぞ正統派美少女であると断言できる、目の眩むような美人さんだった。
俺の隣では、自身もそれなりに人目を引く容姿をしているジャックですら、「うわぁ……綺麗」と思わず声を上げてしまっているほどだ。
いわんや俺みたいな童て……いや、純粋無垢な男がその美しさに平静を保っていられるわけもない。
俺はガルムを撫でる手を止めて無言で立ち上がると、
「…………お姉さん」
つかつかと彼女に歩み寄り、目線を合わせる。
「え? は、はい、何でしょう?」
やけに真剣な雰囲気の俺に若干怯えながらも返事をする鎧の少女。
そんな彼女に向かって、今際の際に「叶うならもう一度、故郷の土を踏みしめたかった」と涙する老兵の如く、俺は懇願した。
「……一度でいい。何も訊かずに――『くっ、殺せっ』って、言ってくれないか?」
「え? えっと…………え?」
当然ながら、ますます困惑する少女。どう反応すれば良いのかわからずオロオロするその姿もまた可愛いらしい。実に素晴らしい。この可愛さだけでご飯何杯でもいける。
「……あのさ、シバケンがどういうつもりで何を言ってるのか、ボクにはさっぱりわからないんだけど、キミがそういう顔をする時って、大体変なこと考えてる時なんだよね。……ねぇ、彼女に何かいやらしいことをさせようとか、まさかそんなことは考えてないよね?」
突然わけのわからないこと(俺にとっては重大なことなのだが)を口走る俺に、立ち上がって砂ぼこりをはたいていたジャックが、にわかにジトッとした視線を送ってくる。
「黙らっしゃい。いま大事な所なんだからちょっと下がってろ」
疑惑の眼差しを向けてくるジャックを背後に追いやり、俺は再び少女の顔前で人差し指をピンと立てた。
「一度でいいんだ。頼む、人助けだと思って、何も訊かずに言ってみて欲しい」
「あ、あの、それは一体、どういう意図が……」
「何も訊かずに!」
「ぴっ⁉」
更に半歩ほど距離を詰めた俺に、さすがに恐怖心を隠せなくなったのだろう。
先ほど魔物たち相手に奮戦していた時の凛々しさも忘れ、少女は小さく悲鳴を上げるとみるみる顔を引きつらせていく。
花も恥じらう清楚な美少女に怯えられる…………うーん、これはヤバいな。何という背徳感と高揚感。俺の中で、何か新しい扉が開く音がしてきた。
「……え……えっと」
とうとう耐え切れなくなったのか、少女は二度、三度と躊躇う素振りを見せた後、
「く、『くっ、殺せっ』……?」
もはや半分泣きそうになりながら、それでもなんとかそう呟いた。
――次の瞬間。晴れ渡る空の下。石畳の街道に一人の健全な男子の雄叫びが響き渡る。
直後、その雄叫びが一人の少女の罵声とハンマーの一撃によって苦痛の悲鳴に変わったのは、言うまでもないことだった。
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