第3話 世界と世界の狭間にある場所

 古今東西、様々な小説の中で度々扱われる概念がある。

 それが、俺たちの住むこの現実世界とは別の世界があるという概念――つまりは「異世界」という概念だ。


 ある日突然、文化から何から全てが異なる異世界と現実世界が陸続きになったり、現実世界の人間が異世界に迷い込んでしまったり。

 そんな非現実的な物語は、昔も今も多くの人を魅了して止まない。小説の中でも特に人気のある題材、それが異世界だ。


 何故か?

 それは、異世界という概念が、あくまで空想上のものとされているからだ。


「でも! 異世界って、本当はちゃんと実在しているのよ? 実際に行った人が少ない上に、『行ってきました』って言っても大抵の人は信じないってだけで。現にこうしてあなたも、異世界に片足を突っ込んでいるわけだしね」

「ああ。さっきの魔法といいこの謎空間といい、どうもあんたの話は本当らしい」


 俺にスカウトのメールを送ってきた【ハザマ文庫】の編集長を名乗る目の前の女性、ミネルヴァの言葉に、俺は納得したという風に頷く。


 彼女の言ったことを簡単にまとめると、概ね次のような話だった。

 俺が住んでいる世界とは異なる世界、即ち異世界は、実際は空想でもおとぎ話でもなく、昔から当たり前のように存在しているという。

 それこそ、ゲームみたいなファンタジー系の異世界だってちゃんとあるそうな。そして、そんな異世界同士の狭間にある『半異世界』。


「その内の一つが、この【ハザマ文庫】というわけなの」

「ってことは、ここは俺たちの住む地球と、その、えっと……何だっけ?」

「『何だっけ』じゃないわよ。さっきも言ったでしょう? ここはあなたたちの住む世界と、もう一つの世界――〈アイベル大陸〉の狭間にある、二つの世界を結ぶ空間なのよ」


 そう、〈アイベル大陸〉。

 ミネルヴァの話じゃ、そんな名前の異世界が地球と繋がっているそうだ。


「なるほどな。オーケー、大体話はわかったよ」

「それなら良かったわ。にしてもあなた、随分落ち着いているというか、あんまり驚いたりしないのね? 今の状況って、あなたからしたらかなりぶっ飛んでいると思うのだけれど」


 ミネルヴァが人差し指を頬に当てて首を傾げる。


「まぁ、全く驚いていないと言えば嘘になるけど、これでも異世界に関しての造詣ぞうけいは一般人よりは深いつもりだからな」


 なにしろ普段から異世界だのファンタジーだのといったジャンルのラノベを嗜み、自らその手の小説を書いたこともあったりする俺だ。

 言わば普段から空想の中に生きているようなものだから、いざそんな世界が実在するとわかっても、案外「おお、やっぱりか」程度の感想しか出てこなかった。

 夢を売るはずの小説家が、こんな夢の無いことを言うのもアレだが。


「それで、あんたは俺に異世界の実在を証明して、それから一体どうしようって?」

「勿論決まっているわ! あなたに〈アイベル大陸〉を取材して回って欲しいのよ」


 はい? 取材?


「さっき、ここは地球と〈アイベル大陸〉を結ぶ空間だって言ったけれど、実はこの二つの世界が結ばれたのって結構最近だったりするのよね。だからこの【ハザマ文庫】には、まだまだ二つの世界の情報が集まっていないのよ」


 俺にビシッと人差し指を向け、ミネルヴァが滔々とうとうと語り始める。


「数ある『半異世界』の中でも、【ハザマ文庫】は特に二つの世界の知識や物語を収集し、本としてそれらを保管するのが仕事なの。だから、まずそれぞれの世界の文化、生活様式、世俗なんかを知らないんじゃ、お話にならないのよ」


 ミネルヴァは大仰に溜息を吐いて、わざとらしく悲哀に満ちた顔で嘆いて見せた。


「けれど悲しいかな、私はここの編集長であり司書。いくら取材の為とはいえ、この【ハザマ文庫】を留守にすることは許されていない。あなたたちの住む地球の方は『ネット』っていう便利な物があるから、私一人でも多少の情報収集はできるけれど。〈アイベル大陸〉の方は、どうも直接現地にいくしかなさそうなのよね」


 はぁ、さいですか。

 っていうか、この謎空間でもネットって使えるんだ。


「ああっ! なんということでしょう! これではいつまでも本を作ることなどできないではありませんか! 一体私はどうしたら……と、そこでっ!」


 にわかに表情を明るくして、ミネルヴァがパンと両手を合わせる。


 あ~……なんかもうわかったわ。この後の展開が何となく読める気がするわ~。

 これ、アレでしょ? よくサラリーマンを題材にしたドラマや何かで偉い人に呼び出された平社員が、「君……涼しい所は好きかね?」とか言われて北の大地に飛ばされる、みたいな。


「それらの情報を客観的な視点で収集して、それを元に紀行文としてまとめることができるような、類まれなる文才を持った人物――つまり、あなたのような人材を探していたのよ!」


 やっぱりか……。


「つまり俺は、小説家としてじゃなくてとしてスカウトされた、と?」

「ええ! その記念すべき第一号が、あなたよ!」

「あんた、俺の書いたウェブ小説に感服したんじゃなかったのか? 俺はてっきり小説家としての才能を買われたとばかり思っていたんだけど」


 俺の問いに、ミネルヴァがあっけらかんとした様子で答える。


「感服したわよ? でも私が感服したのはあなたの文章力や構成力であって、微妙なストーリーやいまいちよくわからない世界観じゃあないわ。メールにもそう書いたはずよ?」

「お、お前っ……言って良いことと悪いことがあるんだぞぅ……!」


 なんて素直な奴なんだ。いい歳こいてマジ泣きする一歩手前なんだが?

 全身に力を入れて、涙だけは流すまいと涙ぐましい努力をする俺にはお構いなしに、ミネルヴァが期待に満ちた顔で俺を見つめてくる。

 目を輝かせる彼女を前に俺はどうにか気分を落ち着かせて、軽く目を瞑りながら答えた。


「――嫌です」

「えぇぇぇぇぇぇぇ⁉」


おい、いきなり大声を出すんじゃない。近所迷惑でしょうが。

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