第11話 黒い竜とクロガネさん

 クロガネとイザヨイ、マサムネの前には赤い竜が六匹と黒い竜が一匹。


「黒い竜……本当にいたのかよ……」マサムネが黒い竜の巨体を見上げながら震えた。


 三人とも黒い竜を実際に見るのは初めてだった。金、銀に次ぐ三番目の強さ、赤い竜よりも三つランクが上と言われているが、それも所詮しょせん人間が勝手に決めただけである。実際の強さは未知数、しかも噂によると魔法を使うとのことだったが、それがどんなものなのかさえわからなかった。


 これまで散々暴れていた赤い竜は大人しくなり、黒い竜の前で背筋を伸ばして待機していた。ああなるほど、赤い竜にとって黒い竜は相当位が高い存在なのだろう。人間で言うところの王に対して兵士たちがひざまづくように、竜の世界でもそういう序列があるのだ。クロガネはそう理解した。


 黒い竜はザンゲツを握り潰して血のついた手を振り払った。グチャッ! と気味の悪い音を立てて、血や肉片がイザヨイの周辺に飛ぶ。その肉片の中に、ザンゲツの頭部らしきものも混じっていて思わず彼女は「ひいっ!」と声を上げる。


 どうやったって勝てる相手ではないことは、竜殺しドラゴンスレイヤー三人の誰もが感じていた。圧倒的な大きさとそこに立っているだけで伝わってくる強さ。三人も強いからこそ、相手の強さがわかるのだった。


「黒い竜よ……話を聞いてくれないか」


 クロガネはできるだけ冷静を装って、黒い竜に話しかけた。黒い竜はギョロリと黒い目玉をクロガネに向けると一言。



「人間は死ね」



 黒い竜から禍々しい黒い霧が発生し、竜殺し三人を包み込んだ。



「何よ、いまの? 大したことのない攻撃ね!」

 イザヨイは余裕の表情を浮かべていたが、その顔がすぐに強張った。なんと、足先からだんだんと鎧が溶け、肉が落ち、骨だけになってしまったのだ。それは次第に膝にも浸食し、そして足全体が骨だけになってしまったのだ。

「うそ? なにこれ!」

 彼女がクロガネとマサムネの方を見やると、二人も同様に足先からだんだんと骨だけになっていた。彼らも抵抗していたが、なすすべがなさそうだった。

 そうこうしているうちに腰、腹、胸と徐々に鎧が溶け、肉が落ち、骨があらわになっていく。「いや、いやっ!」手をぶんぶんと振って、何かを追い払おうとするイザヨイだったがその手も骨だけになった。そして首の肉も落ち、唇がなくなり、鼻がなくなり……眼球がぼとりと落ちて、彼女は全身が骨になった。



「イザヨイ、しっかりしろ!」


 クロガネが、白目を向いて動かなくなったイザヨイの肩をゆすった。すると彼女は力なくその場に倒れてそのまま息絶えてしまった。


「うわああああっ!」


 今度はマサムネが大声を上げて突然、腰に下げた短刀を振り回し始めた。まるで自分にたかる虫を追い払うような感じであった。次に鎧を脱ぎ始め、自分の体に短刀を何度も突き刺していく。体からは血が溢れる。それでもマサムネは自分の体を傷つけることをやめない。しまいには自分の首を切り落とし、絶命した。


 ――何が起こったのだ。クロガネには皆目見当がつかなかった。これが魔法というものなのだろうか。黒い竜から霧が発生し、二人と包み込んだあと様子がおかしくなってしまったのだ。しかし、自分自身はなんともなかった。どういうことなのだろうか、彼は黒い竜を真っ直ぐ見据えたまま考えた。


「ほう、我の魔法が効かない人間がいるとは……さては貴様、竜の力を奪ったな」

「なんのことだ? 力を奪う?」


 クロガネには何のことかさっぱりだった。自分に魔法がかかったことすら気づかなかったくらいなのだ。それに竜の力を奪うとは……確かにいつの間にか竜の言葉がわかるようになり、話ができるようになったが……それが力を奪うということなのだろうか


「身に覚えがないというか……まあいい。ここで死ぬんだからな」


 黒い竜が手を大きく振りかぶった。


「来るっ!」


 クロガネは大剣を構えて黒い竜の攻撃に備えた。剣で爪を弾いて……そう思っていたが、なんとクロガネの大剣は黒い竜の攻撃を受けると粉々になってしまった。


「なんだと!」


 爪の先がクロガネの額の先をかすめる。それだけで血がぱっと吹き出す。なんとか倒れずに持ちこたえたが、次の攻撃で終わりだ。クロガネは自分の死を覚悟した。


 ――すまない、コテツ。お前との約束、守れそうにないわ。


 黒い竜が手を振りかざすと、ビュっと突風が吹き荒れる。ぐしゃっと肉が潰れる音がする。クロガネは思わず目を瞑る。しかし彼は痛みを感じなかった。何事かと目を開けるとそこには、金色に輝く竜が舞い降りていたのである。


 ――おいおい、赤い竜六匹に段違いの強さの黒い竜。さらに伝説級の金色の竜までお出ましとは……こりゃ生きて帰るのは不可能だわ。


 クロガネは観念した。せめてコテツは生き延びて自分の街まで帰り着くことができるように。それだけを祈って。

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