ニ 探索

 古ぼけた木製の縁側にちょこんと座る僕らの頭上では、トタン屋根のひさしに当たる雨音がパラパラ…と響き渡り、水晶の如く光る雫が一定の速度を保って目の前に滴り落ちてきます……。


 騒音と思って聞けば騒音ですが、ずっと鳴り続けるトタン屋根の奏でる雨音に、その他の音はすべてかき消され、むしろ静寂の中にいるかのような、どこか心落ち着くひと時にそれは感じられました。


 ところが、その時。


 ガタン…! と、何かが倒れる大きな音が、突然、背後の家の中から聞こえてきたんです。


「な、なんだ今の?……誰かいるのかな?」


 僕らは驚いて振り返ると、埃で曇った廊下のガラスサッシから、目を凝らして中の様子を覗いました。


 しかし、箪笥やら時計やら生活用具はいまだ残されているようなのですが、やはり人の気配というのはまったく感じられません。


「ねえ、ちょっと見に行ってみようよ」


 と、僕がその音をいぶかっていると、となりのカノジョが不意にサッシへと手を伸ばしました。


「……え? いや、空き家でもさすがにそれは…」


 予想外のその動きに一瞬遅れて止めようとする僕でしたが、カノジョは土足のまま縁側へと登り、すでにサッシを開けています。


 さらに予想外に運悪くも、サッシに鍵はかかってなかったんです。


「ちょ、ちょ、ちょっとよくないって! 不法侵入だよ?」


 慌てて静止する僕の声も耳には入らず、カノジョはズカズカと屋内へ踏み込んで行ってしまいます。


 確かに普段から好奇心旺盛な性格でしたが、旅先ということがそうさせるのか? されにしても大胆すぎる行動です。


「ああもう! ちょっと待ってったらあ!」


 あっという間に奥まで進んで行ってしまうカノジョに、仕方なく僕も後を追うことにしました。


「お、お邪魔しまあ〜す……」


 誰も聞いていないとわかっていながらも、ひそめた声で断りを入れてから、僕もカノジョの開けたサッシの隙間へと身体を滑り込ませます。


 サッシの裏は縁側から続く廊下になっており、正面にはビリビリに敗れたり、黄色いシミのついた障子が開け放たれた状態にされていて、その向こうは畳敷きの居間になっています。


 長い間、ずっとこの家の中に滞留していたものなのか? そこに充満する空気はいやに生暖かく、臭いでもわかるほどに埃っぽいものでした。


「……あれ? どこ行った?」


 そうして屋内の様子を観察しつつ、カノジョの後を追う僕でしたが、さらに奥の座敷を抜け、反対側の廊下を左に曲がったカノジョの姿がどこにも見当たりません。


「もう、どこまで行くつもりだよ……」


 縁側とは反対にあるその廊下は、右側へ行くと玄関、左側へ行くと風呂場や台所があるような感じに見受けられます。


 当然、僕も彼女が曲がった左側へと歩を進めました。


「…!」


 ところがその時、廊下の奥にかかった昭和レトロな〝玉暖簾たまのれん〟の隙間に、見ず知らずの女性が立っているように見えたんです。


 無論、いるとすればカノジョのはずですし、それは一瞬のことだったんですが、その女性は赤いカーディガンに茶のスカートを履いていて、蛍光ピンクのウィンドブレーカーを着た、アウトドア系ファッションのカノジョとは明らかにシルエットが違うんです。


 それにこの家の中で見るせいか、どこか古めかしい服装をしているような気もします。


「あ、あのう……どなたかいらっしゃいますかあ? 勝手にお邪魔しちゃってすみませえーん……」


 一瞬見えただけですぐ壁の影に隠れてしまったため、僕の見間違えという可能性の方がむしろ高いのですが、それでも空き家じゃなく住民の方がいては大変なので、僕はそんな声をかけながら、恐る恐るその台所へと向かいました。


「あれ? いないな……」


 ですが、ジャラジャラと音を立てて玉暖簾を潜り、その部屋を見回してみても人影はありません。先程の女性はもちろん、カノジョの姿も見当たらないんです。


 そこはやはり台所とダイニングが一つになったような部屋で、板の間に昭和な香りのするチェックのビニール製クロスがかけられたテーブルと椅子が置かれており、流し台の上には穴のたくさん空いた、調理器具をかけるための緑色のパネルが貼ってあります。


 その部屋の隅には勝手口のドアもあるのですが、なんの音も聞こえませんでしたし、そこを開けて外へ出たとも思ません。


「おかしいな。確かに今、ここにいたと……ん?」


 怪訝に首を傾げながらその部屋を見回していた僕は、足に何かが当たったので視線を床に落としました。

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