第六話「こいつがこれ以上強くなったらぼくの貞操が危険だ」

 (あらすじ:ディータによる侵攻によって炎上する聖都デフィデリヴェッタにて、ソルカは姉を救い出すことに成功する。ルノフェンとオドは事態の収束を狙い、山頂にある神殿の入り口にたどり着くが、敗北を喫する。諦めかけたそのとき、二人は覚醒し――!)


 現在の状況。

 ルノフェンとオドを囲むように、多腕オートマトンが一体と、精鋭ディータ兵士が五体。

 少し離れ、苦々しげに伺っているのが、敵のボス。指揮官だ。


 最初に動いたのは、オドだ。


 「《サンクチュアリ》」

 覚醒したばかりの陽光魔法を用い、ルノフェンと共に自らを結界に隔離する。


 「チッ」

 指揮官は舌打ちし、膝のポッドからミサイルを射出。

 爆発が起きるも、結界は無傷だ。


 「《アブソーブ》《タスク・オブ・ボーパルバニー》《ディプライブ・イミューニティ》《サースティ・フォア・マサクゥル》《エンチャント:カース》」

 ルノフェンは、結界内部で悠々とバフを掛ける。オドのことは、信頼している。


 「《サモン:ドミニオン》、《リピート・マジック》」

 オドも呪文を唱え、ともに戦う天使を二体召喚する。

 笏を持つ、身長二メートルの偉丈夫だ。


 「《マス・ストレングス》、《マス・インドミタブル》、《ディレイ・ヒール》!」

 彼らも合わせて強化する。


 二人が五つの呪文を唱え終えたところで、結界が破られる。

 ディータが結界を破る方向に動いた判断は正しい。《サンクチュアリ》内部では指揮官の張ったフィールドが意味をなさず、二人からリソースを奪えないことが分かったためだ。


 「滅!」

 剣を前に構え、オドに向けて突撃してくる一人の精鋭ディータを、天使の笏が受け止める。

 「何ッ!?」

 天使は腕一本だけで払い除けると、精鋭ディータは吹き飛び、背中から地面に激突する。

 

 「SHAGYAAA!」

 次はバフの効果が残っている多腕オートマトンが跳び、一行を踏み潰しにかかる!


 「させないよ!」

 ルノフェンが反応し、右腕を質量を持つ闇に変化させ。

 「PYGY!?」

 吹き出した闇はねばつく数多の蛇になり、多腕オートマトンの全身を絡め取った!


 しかし五百キロもある超ヘビー級のボディを片腕で支えきれるのか!?

 「ンンンンン!」

 オドのバフの効果だ! 踏ん張り、足元の石畳にヒビを入れながらも持ち上げる!


 「エラー。着地できていません。機体の向きを確かめてください」

 虚しくエラーを吐くオートマトンを、彼は!


 「せー!」

 振りかぶり!


 「の!」

 指揮官に投げる!


 「フン!」

 巨大な機械種族ディータは受け止めることを諦め、跳躍。

 障壁に激突し爆発する多腕オートマトンを背景に、カニ型支援機とともに自らも戦場に降り立った!

 

 衝撃によって機能を失った障壁。

 その維持に回していた分の魔素を、背中から取り込む。


 「我を引きずり出したこと、褒めてやろう」

 立つと十メートルもある巨躯から、指揮官は睥睨する。


 「こちらも任務なんでな、引くわけにはいかん。死んでも、恨むなよ!」


 最初の一撃は、体重を乗せた踏みつけ。

 異常な速度を持って行われた踏み込みは、石畳の残骸を周囲に弾き飛ばす。


 召喚された天使の片方がかわしきれずに致命傷を負うが、ルノフェンとオドは踏み込んだ軸足を重力に抗いながら足場として利用し、駆け上る!

 「ちょこまかと!」

 腰のミサイルポッドが展開し、指揮官自身の体への被弾をいとわず、発射!


 「《プロジェクタイル・プロテクション》!」

 「《アストレイ・ホーミング!》」

 呪文によりミサイルは誘導性能と威力を逸らされ、空中で爆発!

 横槍を入れたのはソルカと、その姉カルカだ!

 障壁の消滅に伴い、加勢しに来たのである!


 ルノフェンがメロイック・サインで謝意を伝えると、カルカは顔を赤らめた。


 息つく間もなく二人は指揮官の頭部にたどり着く!


 「ぬゥん!」

 風を切り飛び来る巨大な拳!


 「力比べ? 良いよ!」

 再度ルノフェンは闇と化した右腕を構え、拳を殴りつける!

 「ぬ、ぐォおおおッ!」

 身長十メートルの巨人と、一メートル半にも満たない男の娘の力が、拮抗する!


 「《インクリース・ディスプレイスメント》!」

 生き残りのカニ型ディータがバフを掛ける!

 徐々に圧されるルノフェン! ミンチ待ったなしか!?


 「わたしも居るんだよ? 《コマンド:スタン》!」

 「《グレーター・ストレングス》!」

 オドの妨害により拮抗を取り戻し、天使のバフによりルノフェンが優勢となる!

 

 そして!


 「いっけえええええッ!」


 ルノフェンの闇の拳は、指揮官の拳を殴り抜け、その勢いのまま反転し腹部に強烈な一撃を加える!

 有り余る衝撃は拡散し、残った精鋭ディータを弾き飛ばす!


 「おのれ、おのれェッ!」

 殴りつけた右腕を失い苦しむ指揮官! だが、撃破にはまだ足りぬ!


 「こうなってはなりふり構っては居られぬ! 《エンチャント:ブレイク》!」

 左手を右肩に置き、武器庫めいた体内から冒涜的なまでの物量を持ったミサイルを放つ!

 「全弾斉射! 死ぬがよい!」

 最後に死体さえ残れば下された任務に支障なし! 一旦上空に放たれたミサイルは、空を覆い、この場の全員に降り注ぐ!


 「みんな、集まって!」

 呼びかけたのはオド! ルノフェンは察し、彼を抱えて指揮官の肩から飛び、地面へ!

 ソルカ姉弟も集まる! おお、彼にはこの絶望的状況を乗り切るすべがあるというのか!?


 皆が集まったことを確認し、オドは唱える!

 「《ダブルキャスト》! 《サンクチュアリ》! 《リピート・マジック》!」

 ミサイルが着弾するコンマ〇五秒前! 何者をも寄せ付けぬ多重結界が生成!


 ZGOOOM! KRATOOOM!


 ミサイルは吸い込まれるようにオドの結界に着弾する!

 結界の維持に使う魔力は、尋常の量では済まないに違いない!

 

 だが! オドならば!


 ミサイルを受け続ける結界の中の、彼の顔は!


 この世界に来るまでには見せなかったであろう、自信に満ちた表情であった!


 ◆◆


 暫く爆発は続いていたが。


 やがて、全てのミサイルが役目を果たし、残骸が地に落ちる。


 神殿周辺は黒い煙に満たされ、一寸先も見通せない。

 

 それも、山脈に吹きすさぶ一陣の風が、すぐに彼方へ吹き飛ばす。


 破壊の衝撃は凄まじく、ミサイルは結界の周囲を球状に抉っていた。


 オドは衝撃が止んだのを見計らい、結界を解く。

 「うわっ、浮いてる!?」

 クレーターの底に落ちかけるオドの背中を、ソルカが両足の鉤爪で掴んで引き止める。


 「身長の割に軽いな、オド。肉を食え、肉を」

 小言を言いながら、優しく地面に下ろしてやる。


 「そうだ! あのデカいのは!?」

 しなやかに着地したルノフェンは、クレーターの縁に登り、周囲を見渡す。

 

 「うーわ」

 彼が見たものは、穴だらけになり、機能を停止した指揮官ディータである。

 

 「これで、終わったのかな?」

 カルカは飛びながら、ルノフェンに確認する。

 

 「いや、まだだ」

 上空から一人の騎士が降り来て、代わりに答える。

 高価そうな全身鎧に羽根つきのフルフェイスヘルムという出で立ちで、一切の肌と表情は隠されている。


 「あっ! 聖騎士団長様!」

 カルカがカラスのようにぴょんぴょんと跳ね、聖騎士団長の腕に頭を擦り付ける。

 普段はやらない。カルカにとって特に意中ということもないのだが、彼はミステリアスな強者ゆえ、そもそも国民からの人気が高すぎるのだ。


 彼は気にせず、一行に己の身分を明かす。

 「黒の神子様、お初にお目にかかる。私の名はフィリウス・ルシスコンクィリオ。この聖都デフィデリヴェッタで、聖騎士団長を拝命している」


 簡易な敬礼を行い、ルノフェンもそれに倣う。

 「ボクはルノフェン。と言っても、そっちはボクのことを知ってるみたいだね。フルネームが必要ならラパンを付けて。こっちはオド・クロイルカ」

 「ど、どーもー」

 さっきの自信はどこへやら、オドは控えめに対応した。


 「うむ。とりあえず、今の状況を整理しよう」

 フィリウスは、ボロボロの神殿内部に一行を招き入れる。

 「現状、敵の指揮官は倒した。君らの戦果だ。空で輸送機を潰しながら見ていたよ。だが、残る問題が二点ある」

 率先して、手近な椅子に座る。続いてルノフェンたちを促し、座らせる。


 「まず、国内に蔓延るディータどもは未だに破壊活動を続けている。これが第一の問題。

 そして、ディータが大気中の魔素を食らい付くしたことで、この国のマナ装置に一部支障が出ている。その結果として、神殿の機能も一部停止中だ」

 彼の目は、領内の複数のポイントを同時に見ている。陽光属性は、視覚系の呪文をその範囲に含んでいる。


 「なるほどねえ。マナ装置は分からないけど、指揮官を倒しても、ディータ兵士を支配しているであろうホワイトモジュールは外れない、ってことかな」

 ルノフェンが話をつなげる。

 「まあ、そういうことだ。マナ装置は放っておけば小世界樹がどうにかしてくれるだろうが、兎にも角にもディータを片付ける必要がある。

 もっとも、少人数で倒し切るにはあまりにも多すぎる量ではある」


 話に、オドが割り込む。

 「だったら、わたしたち、というかルノがなんとか出来るかもしれません」


 聞かせてくれ、とフィリウス。

 「むしろ、そのためにボクたちが居る、というのかな。フィリウスさんのそのネックレス、普通の音だけじゃなくて、超音波も送信できるのかな?」


 要するに、国中に散らばる騎士が持つネックレスを媒介に、道中で出会ったラックというディータにやったような、コマンドでの干渉を行いたい、というところである。


 「なるほどな。悪い賭けじゃない。ちょっと実験してみようか。そこのまだ機能が残ってそうなヤツを使うとしよう」

 フィリウスは目視でボロボロになった精鋭ディータを選び、《アザー・テレポーテーション》で引き寄せる。


 「あ、そうだ。ちょっと待ってて」

 言うやいなや、ダッシュで走り去るルノフェン。

 

 荷物袋を片手に戻ってきた彼は、その中から、道中で出会ったラックのコアチップを取り出す。

 オドの《コマンド》の助けを借り、コアチップを入れ替える。


 「多分これなら、実験に失敗しても安全だと思う」

 再起動し、様子を見る。

 程なくして、起動音。


 「おはよー。うちは接客モデル“ラック”シリーズのプロト二号。ラックって呼んでね」

 目を開け、ルノフェンの方を見、何度かまばたき。


 「あれえ? また変なところに居るぅ。お兄ちゃんお久しぶりー」

 素体が入れ替わっていることにも気づいていないようだ。手を振り、愛想良く笑う。


 「なんというか、ふわふわしているな。さっきまで戦っていたのとは大違いだ」

 フィリウスはネックレスの親機をルノフェンに渡しながら、感想を述べる。


 「はーい、ラックちゃんはそこでじっとしててねー」

 五メートルほど離れ、ネックレスに向け、極めて弱い出力で《ノーツ・インジェクション》を放つ。

 「んんー? 体が勝手に動くー」

 オドの子機から増幅されて放たれた魔法は、確かに効果を及ぼす。

 ラックは女の子が取るような可愛い姿勢を取らされていた。

 前傾姿勢で手を腰と額に当てるポーズ。あるいは内股に座り、両手を広げハグを求めるポーズ。


 「うわ」

 カルカは思わず目線をそらす。元の世界で少女の魅力を高めるために考案された種々のモーションは、刺激が強いものばかりだ。

 しかも、操られているのは美形の少年型ディータである。

 なお、弟のソルカは全く動揺していない。彼はむしろ、闘士としてファンサをする側であった。

 最後に、オドは自らのカワイイを磨き上げるためか、見入っていた。


 「もう良いだろう。実験は上手く行った、ということだな?」

 カルカを見て、それとなくまとめにかかるフィリウス。

 「ん、そうだね。全部のネックレスに対して一括送信できるんでしょ?」

 ああ、と返す。

 作戦は、実行可能のようだ。


 「じゃあ、決まりだね。早いところやっちゃおう!」

 ルノフェンは親機を返し、フィリウスに作戦の通達を任せる。


 その間にラックを撫で、何かを思いつく。

 「あ、そうだ。終わったら祭壇も見ていきたいかな。オドの魔力があれば、他の国との連絡くらいは出来るかも」


 「じゃあ、その案内は私がやるね。これでも、オルケテルの神官でもあるし」

 買って出たのはカルカだ。

 「ん、じゃあよろしく」

 ルノフェンは彼女の翼をトントンと叩き、承諾した。


 フィリウスの作戦通達は、すぐに終わる。

 「よし。ルノフェン、後は任せた」

 片手で投げられたネックレスを、ルノフェンは掴み取る。

 「ふー。この国の行く末を握ってるって思うと緊張してきたな」


 一旦胸のあたりに手を置き、深呼吸。

 「いつも通りマイペースにやりなよ。それが一番いいよ」

 オドが肩に手を回し、激励する。

 「うん、そう。そうだ」

 自分の調子を取り戻し、詠唱。


 「《ノーツ・インジェクション》!」

 

 ◆◆


 聖騎士団本部、セーフハウス前。

 にらみ合う、騎士と幾百ものディータ。

 そこら中に機械の残骸が散らばり、騎士の覚悟の強さが伺える。

 

 とは言え、誰も彼もが満身創痍であった。


 「あー、一応聞いておくが、降伏しないか? 貴公らの指揮官は倒れている。その情報は既に得ているだろう?」

 部隊の指揮を任された騎士が、ディータに呼びかける。

 無論、無駄だと分かっている上での提案だ。


 「それは出来ません、騎士よ。ワタクシどもに下された命令によると、降伏も撤退も許可されておりませんので」

 白いドレスを着た上品な女性型ディータが前に歩み出て、にべもなく断る。


 「そうかい、それは残念だ」

 騎士は長剣を構え、臨戦態勢を取る。

 場の空気がヒリつくような緊張感を帯びた。


 死闘がまさに始まるかと思われた。

 

 まさにその瞬間。


 「ぴんぽんぱんぽーん! 団長からお知らせだよ!」

 幼い子供の声が、部隊長の首元から聞こえる。


 戦場にあまりにも不釣り合いな声に、彼以外が訝しむ。


 彼は左手で、装備しているネックレスを取り出した。

 「いや、すまん。今年で五歳になる娘が居てな。その声を受信音にしてたのよ」

 ネックレスの音量を抑え、指示を聞く。


 ドレスのディータが、冷ややかな視線を送る。

 「娘、ですか」

 彼女はただ、呪わしげに呟く。


 それほど長くはない時間を掛けて、通達は終わる。

 

 「悪いな、待たせちまった」

 部隊長はネックレスに細工した後、外し、地面に落とす。

 

 彼は両手を広げ、前に出て。

 「終わりだ、終わり。じき、国王から終戦の宣言が出るだろうさ。俺は帰るわ。ツラ見せて娘っ子を安心させなきゃならん」

 言いながら、武器を仕舞ってしまう。

 そのまま背を向け、他の騎士の合間を縫って堂々と去ってゆく。

 

 「待て、騎士。こちらには継戦の意思がある」

 ディータ側からすれば、不服という他ない。

 彼女は煌めく二本のレイピアを構え、部隊長を睨みつける。


 「ほー、やってみろよ」

 彼は兜を脱ぎ、素顔を晒し。


 「“ソレ”聴いてもやれるんならな」

 

 とどめの言葉が放たれた、刹那。


 ディータのみが聞き取れる高周波のコマンド列が、地面に転がるネックレスから放たれる。


 「なッ!?」

 防ごうにも防げない。

 魔力を帯びた音は、適切な対抗手段なしでは抗えない。


 彼女は、聖都中のディータから、継戦に支障が出ている旨、報告を受ける。

 自我持つ者だけではない、オートマトンも同様だ。


 そして、報告を受ける自身も、例外ではない。

 もはや武器を持つことは叶わず、カランと二回虚しい音を立て、マジック品のレイピアは石畳の上に置き去りに。

 プログラムによって埋め込まれた攻撃の意思が、仮初めの人格が、剥ぎ取られていく。

 

 偽物の欲望も。


 最後に、憎悪も。

 意識は溶け去り、再起動という名の、慈悲深い眠りに襲われた。


 瞬く間に、聖都は静まり返る。


 時計の針が一つ周るも、なおも静寂は続く。


 聖都を燃やす炎は薄い魔素の中でも辛うじて稼働している自動消火装置により、徐々に勢いを弱めていく。


 「パパー?」

 外に出るな、と言いつけられていたはずの幼い子どもが、空気の変化を敏く感じ取る。

 窓から様子を見た後、彼女は街路に飛び出した。


 キョロキョロと首を回すと、遠くには見慣れない機械の残骸が、大量に転がっている。

 

 聖騎士団本部への道。昔、パパと一緒に歩いた道。

 あたりには誰もいない。

 いつも美味しい匂いが漂ってくるパン屋も、無愛想な店主の時計屋も、閉まっている。


 階段だらけの、道半ば。足が疲れたのでベンチに座る。

 今日は様子が変だ。

 彼女は記憶を手繰り寄せる。こんな日は今まで一度もなかった。

 とりあえず、パパに会うために歩こう。

 意志を取り戻し、歩く。


 もうすぐたどり着く、といった頃。

 パパの職場の前に、一人の女性が立ち呆けていた。


 ママではない。だけど、上流階級が着るようなドレスを身につけた彼女は、ぼんやりと。

 目元をよく見ると、泣いている。


 なぜだろう?

 「あなた、どうしたの?」

 声を、かけてみる。

 彼女は、ハッとしたように我に返り。


 「あら、ごめんなさい。ワタクシ、少し意識を失っていたみたい」

 目に気力を取り戻すと、彼女は屈み込み、こちらを撫でた。


 「なまえ、なんていうの?」

 撫でられながら、またも問う。


 「ええ、と」

 彼女は短い間、不意を突かれたような顔をして。


 「じゃあ、ダナ・パヴァーヌ、とでも呼んでもらおうかしら」

 「わかった! ダナさん!」

 こちらは、笑顔で、にこやかに。

 「可愛い子ね」

 釣られ、彼女も笑顔になった。


 「んんー? デボちゃんの声がするぞー?」

 聖騎士団本部の扉を開け、一人の男性が顔を出す。

 彼は一瞬ぎょっとしたが、状況を把握し、すぐに笑顔を取り戻す。


 「この子、貴方の娘さん?」

 ダナは困ったような笑みを浮かべる。


 「あ、ああ、そうだな。自慢の娘だよ」

 ギクシャクした手振りとともに、返す。


 「あの、さっきまではごめんなさいね。プログラムのせいとは言え、皆を危険に晒しちゃって」

 踏み込んだのは、ダナの側だ。


 「いや、こっちこそすまん。二十、もしかすると、三十体はあんたの同族を斬っちまったかもしれん」

 彼は頭を下げ、謝罪する。


 間に立つ子供、デボラはわけが分からず、双方を交互に見ている。

 ダナはクスクスと笑い。

 「貴方、ディータにはそれほど詳しくないようですのね。オートマトンなら命と言えるようなものなど持ちませんし、仮にディータでもコアチップが無傷なら、なんとでもなりますよ」

 言葉に合わせ、右手を差し出す。


 男は頭を上げ、その手を握り返した。


 「これから、どうするんだ?」

 その質問に、ダナはこう返す。


 「そうね、街の復旧を手伝いながら、酒場の仕事でもやりましょうか。これでも、シュヴィルニャではダンサーとして造られて――」


 穏やかな夕日が、彼らを照らす。


 こうして、ディータの侵攻は、ひとまず終わった。


 だが、この物語はまだ続く。


 視点を、山頂の神殿へ。


 「ふいー、疲れたー!」

 音を介して聖都中のディータからホワイトモジュールを取り去ったルノフェンは、両手を上げ、くるくると回る。


 「はい、ジュースあるよ。頭使ったでしょ?」

 オドが差し出したガラスのコップは夕日に照らされ、中の液体の色も相まってみずみずしいオレンジに輝く。


 「んー! ありがとー!」

 受け取り、ごくごくと飲み干した。

 《マナ・リカバリー》が込められたジュースは、彼の疲労を取り除く。


 「よし! 祭壇行こっか!」

 コップを返し、カルカに案内を頼む。


 彼女は振り返り。

 「分かった。ちょっとルノフェンと話したいこともあるし、ソルカはお留守番ね」


 ソルカを脚で指す。

 「あいよ。団長から姉さんのエピソードでも聞いて待ってるぜ」

 「もう」

 そっぽを向いて照れを隠し、歩き出す。


 祭壇は、地下にある。

 ルノフェン、オド、カルカの三人で、チカチカと明滅する鉱石ランプの通路を歩く。

 一行の声が地表に届かなくなった頃を見計らい、カルカが声をかける。

 「ねえ、ルノフェン」

 「なにかなー?」


 彼女は、躊躇いながら口を開く。

 「その、最初に助けられたとき、貴方からソルカの強い匂いがして、ソルカからも貴方の匂いがしたんだけど。何かした?」

 オドがなにかに感づき、「あっ」と声を漏らす。


 「そりゃもう、ナニだよ」

 ルノフェンは答えになっていないようで、事実直球の答えをぶつける。

 

 三秒の、沈黙。


 「え?」

 カルカは、聞き返す。

 頭の中では、答えに至っている。しかし、理性が理解を拒んでいた。


 「わたし、しーらない」

 オドは黙秘を決め込む。ルノフェンが何を口走るか、彼には分かっていた。

 

 「ソルカ、気持ちよかったよ?」

 純粋な目で感想を述べるルノフェン。


 それと同時に、カルカの中のソルカ像が、ひび割れる。

 彼女はたたらを踏み。


 「あえて聞くけど。どっちが攻め?」

 すがるような面持ちで、更に問う。


 ルノフェンはんっふー、という声を出し。

 「ボクが攻め。ソルカ、女の子みたいで可愛かったなあ。翼を撫でながら突くと、喘ぎながらピクッと震えるの」


 脳内のソルカ像は、粉々に砕けた。


 「弟に、さ?」

 彼女は震えながら、魔力を集め。


 「あっ」

 オドは反射的に、《プロテクション》を唱えた。

 鉤爪に集約した魔力で、一撃。


 「弟に何してくれてんのこのドグサレヤロー!」

 「ぎゃーっ!」

 ケツを蹴られたルノフェンは、ゴロゴロと階段を転げ落ちる。


 「あーあー」

 予想できていた惨状だった。オドは駆けて追いつき、《レッサー・ヒール》を唱える。


 「ひと目見たときは可愛くて格好よかったのにい!」

 カルカは息を荒げ、石の壁を蹴りつける。

 かと思えばしゃがみ込み、嘆く。


 「節操がなさすぎる……ルノフェンもソルカも……」

 泣きこそしないが、それでも相当なショックであった。

 

 「行こう、お姉ちゃんももっと強くならなきゃ」

 胸のうちに傷を抱えたまま、歩き出す。


 「その、ルノが後先考えなくてごめんね」

 オドは追いついてきたカルカの隣に並び、代わりに謝罪。


 「いいのよ、いつまでも姉の後ろ姿を見てる方が怖いし」

 自嘲気味に笑い、続ける。


 「でもさー、せめて逆だったらまだ傷は浅かったのになあ」

 (そういう問題なの!?)

 オドは声には出さず、心のなかで突っ込んだ。


 その後は、気まずい無言が続いた。

 やがて、一行は祭壇にたどり着く。

 

 外の激戦をまるで知らないかのような純白の石で出来た部屋に、太陽とその周りを飛ぶドラゴンが象られた布が掛けられている。

 祭壇本体の後ろの壁には荘厳な王の聖画がはめ込まれており、これこそが主神オルケテルを模した姿に違いない。

 

 彼らは無言のまま、室内に入る。

 ルノフェンは尻を押さえながら祭壇の前にひざまずき、この地におわす神との交信を試みる。

 すぐさま、彼は何かを感じ取り、オドに指示を出す。


 「魔力が足りない。手、握って」

 言われるがまま、そうする。


 「《ドレイン・タッチ》」

 「ぐうっ!」

 オドは喪失感に襲われ、ルノフェンは滾る。

 ルノフェンを介して祭壇に流れ込んだ魔力は、神の座への献上物となり。


 「来たか、神子よ」

 オルケテルの領域を通して、世界中にその健在を知らしめた。


 「デフィデリヴェッタとの魔力疎通、確認! ルノフェン、よくやった!」

 魔力の道を通して、すぐにアヴィルティファレトの声が祭壇に響く。


 「あ、もう魔力供給はいいよ。流石にオドくんも干からびちゃうからね」

 指摘を受け、《ドレイン・タッチ》を解除する。

 「エッグいぞ、これぇ」

 魔力を吸われていたオドは荒い息を吐き、その場に座り込んだ。


 「で。ボクたちの冒険は、これで終わりじゃないよね?」

 と、ルノフェン。

 アヴィルティファレトは首肯する。

 「うん。悪いんだけど、オルケテル様の領域が復活したことで、消去法的に元凶の居る地域が割り出せた」


 かの神はルノフェンの脳内にイメージを送り、言葉を続ける。

 「シュヴィルニャ地方。この大陸の、北の果て。封じられた機神の眠る、凍りついた地にして、全てのディータの故郷」

 「機神?」

 問いで返す。


 「そう。古代人に造られた神、ムコナダァト。さっきの戦闘でディータたちが使っていた魔法は、彼女が関係しているはず。

 悪神ではないけれど、厄介には違いない。状況からして、多分凍結が解かれたわけではないと思う。放っておくと大変なことになりそうではあるね」

 その姿を直接見たものは、この世において神々以外になし。


 「ふーん」


 相槌を返し、続きを促す。

 「まあでも、君たちのお陰で、状況はどんどん良い方向に向かってる。

 問題のシュヴィルニャ地方に居るミクレビナー以外とは連絡が取れたし、麓の様子を見る限り、この聖都も暫くは大丈夫なはず」


 神は少しだけ、間を置き。


 「この際だからさ、この世界での休日を過ごしてみない?」

 そう、提案した。


 【続く】

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