海螢 神潮特攻作戦、かつて、この地では惨劇があったーー。

詩歩子

第1話 神潮特攻作戦 回天

 夏の終わり、絶壁を抱くその岬には大海原に向かって鈴の音が鳴る。そんな真偽が定かではない噂が飛び交っていた。その白亜の灯台は晩夏になると透き通った残照を浴び、帰らぬ人々を待ち侘びているかのように、ただ広がりゆく水平線上を前にして佇んでいた。その灯台を望む串間の市街地には昼間であっても通りすがりの人でさえ、あまり見かけず、暇を持て余した野良猫くらいしかいなかった。

 

 悠馬の父、海野颯馬は海上保安庁に所属していた、全国でも数少ない潜水士だった。父は悠馬がまだ嬰児のときに荒波にさらわれ、行方不明となり、そのまま帰らぬ人となった。


「海幸山幸よ」

 海幸山幸、と悠馬は何度も聞かされた神話の一節を繰り返すように頷いた。友輝じいちゃんがはにかんだようにその彼方に見える海を見ながら言った。

「山幸彦は愛する妻が海へと還り、母の豊玉毘売は幼子を残されたんだ。まるで、若かりし日々の回天特攻隊員の逸話になぞらえている。若輩の隊員が山幸彦で未亡人となった新妻が豊玉毘売のよう」

 旧帝国海軍が終戦間際に極秘裏に決行した特攻作戦。悠馬の生まれ故郷である南九州では、かつて多くの若者が本土決戦に備え、綿津見神とともにその青い焔を散らしたのだ、と悠馬は大きくなるまで、集落の古老から何度も聞かされていた。回天とは別名、人間魚雷と呼ばれ、人一人がやっと入れるような潜水艦に人が乗って深海に潜り、敵艦に体当たりするという命を引き替えに設立された幻の特攻作戦だった。

 

 幼い頃、悠馬は復元された等身大の回天の模型を夏草が生い茂る境内で見かけた。蝉時雨が鳴りやまぬ、炎天下の昼下がり、長い歳月と共に風雨にさらされ、赤錆が表面に付着した回天が来訪者に終始無言の言伝を残していた。

 集落の人たちの中には、幼くして父を亡くした悠馬を可愛がるとともに回顧しては、もらい泣きをする婦人もいたからか、悠馬は話をすれば同情する、水入らずの大人たちに対して手に余っていた。顔も知らない父に悠馬はあまり心入れもない。却って事あるごとに可哀想だ、と伝言ゲームのように言い合う大人たちを垣間見て嫌気さえ差していた。友輝じいちゃんは複雑な悠馬の胸中を察して、会うたびに海幸山幸の神話と回天について話す。市内の歴史クラブに所属し、長年研究に専念している友輝じいちゃんの解説は逸品だった。

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