2:月曜日

 体を包むスーツ/動きにくい革靴/誠意を体現するためになでつけられた髪=こういうのは好きじゃない。

 ニシは慣れない姿でパイプ椅子に座っている。珍妙な光景/右も左も前も後ろも、判で押したように同じ服装の人物ばかり=株式会社 藤堂製薬とうどうせいやくの入社式。

 真夏の入社式=魔導災害後、復興したのが1年後の秋の終わり頃/大学の卒業式もそのタイミング=結果、多数の企業が8月から9月の間に新入社員を迎える文化が形成された。

 ニシ=気づけばすでに社会人5年目の23歳=大学生ながら魔導災害のゴタゴタのせいで生きるのに精一杯/さらに孤児4人を育て/忘れた頃に形だけの卒業証明書が届いた。

 常磐興業の旧東京支部の、特に行動を共にする保安部の面々は自分より歳上なせいか自分より若い世代なんて存在しないんじゃないか、という錯覚に陥っていた。

 この街にはこんなにも若い人たちがいたんだな。

 古典的な入社式らしく壇上に強面/髭面/薄く色の入ったサングラスメガネの大男がマイクを握っている。

「───であるからして、昨今の魔導関連事業は常磐興業に牛耳ぎゅうじられているのである。そこへ一石を投じるのが、我が藤堂製薬であり───」

 同じフレーズが何度か繰り返された。チラリ=左右の新入社員を見てみた/輝く目/死んだ表情=「面倒だな」

 しかし壇上の大男───社長と自ら名乗っていたが───場所が違えば反社会的組織の勧誘会とも思える低いダビ声で唸っている。

 要するにこうだ。「限られた市場のパイ・・を常磐興業から奪い取ってやる」ということ。

 この前、偶然会った常盤興業の会長は多分、そこまでビジネスの野心は無いはずだが/本心もわからないが。

「起立!」

 司会の人事部社員が号令をかける/ばらばらと立ち上がる不意を突かれた新入社員たち。

 ひたすら話を聞くだけだった入社式が終わり/蜘蛛の子のように姿形が同じ新入社員たち=蜘蛛の子を散らすように新人研修へ。

 残されたふたり=髭面強面の社長&慣れないスーツを着ているニシ。

 思案=フラッシュバック。

 がらんと広い体育館/管理しているのは1人の役人or常磐興業の社員/あまりの死体の多さに棺桶が追いつかず、肉片を入れた死体袋がずらりと並ぶ。

 死臭───線香の煙/石灰/消臭剤/人の内臓の臭いが混ざる。

 当時ニシは臨時の死体安置所──特に大規模な施設で冷却化の付術エンチャント/体育館全体が冷凍庫に/それでも腐敗臭は漂う。

 結局は大半が身元不明で、DNAサンプルだけ採取した後、羽田空港の跡地で焼却処分されてしまった。

 再びのトラウマ=「もう終わったことだ」/心を無にするための魔法・・の呪文。

 再び感情をコントロール=「未来を生きるんだ」/心を奮い立たせるための座右の銘フレーズ

 髭面強面の社長がくるりと踵を返す=「付いてこい」

 広い会議室から廊下へ出て、向かい側が社長室だった。

 手動式のドアが自動で開く=マナの気配。

 社長室=地上20階。壁一面の広い窓から戦後発展した川崎市の摩天楼が一望できた=新東京と争うように発展し続けるの混迷ケイオス都市/無人の魔導建設機械の群れが作った、筍のように生えてきた都市。

「入社式は懐かしかろう」

 社長のひげの隙間からダビ声が聞こえた。

「さあ。サラリーマンはしたことがないのでなんとも。常磐興業は契約社員ですし」ニシは不快そうにワイシャツの首元を撫でた。「よくこんなの着て仕事できますね」

「ガハハハ。慣れるさ。すぐに」

 慣れる前にさっさとおさらばしたいのだが。

「ところで“はじめまして”でしょうか。一応。自分のことはニシと呼んでください」

「電話で依頼してから、秘書にまかせっきりだったからな。改めて、ワシは藤堂。小さいながら藤堂製薬の取締役だ。主力商品は肌年齢を若返らせる魔導化粧水。ワシのことは気軽に藤堂さん、って呼んでくれて構わない。ま、本当に入社するなら社長と呼んでもらうことになるが。ガハハハ」

 ヘッドハンティングか? それとも冗談? 掴みどころがない。

「遠慮させてもらいます。俺の魔導の専門はもっぱら召喚や戦うことしかできませんから。化学なんて宇宙語みたいなものです」ニシ=謙遜/根っからの文系人間。「で、藤堂さんはその魔導で化粧水を作っている、と」

「おうよ。こう見えて魔導応用科学の博士、だからな」

 この人もまたエリートなのか。

「よくCMで見ます。『ピカッピカ、ツルッツル、あなたのお肌にトードー。魔導化粧水』ってうちの子たちがよく歌ってます。小学生に人気ですよ」

「ほお、小学生の子供がおるんか。見かけによらないな」

「孤児です。5年前の魔導災害のときから預かっているんです」

「ん、ああ、そういうことか」

 この話題になると皆しかめっ面になる=「訊いてはいけないあのこと」

「コーヒーは?」藤堂社長の勧め。

「ええ。砂糖だけで。ぬるくしてもらえると助かります」

 ニシ=根っからの猫舌/しかし犬派。

 藤堂社長=座ったまま/ポケットの中から小瓶を取り出してその中の粉を空中に撒く=にわかにマナの流れを感じる=肌がピリピリする。

 妙な魔導の発動キー&白い粉。

 思い出した/魔導を修行をしていたとき師たる近所のジジィの蔵書。

「藤堂社長、それ、もしかして死霊術ですか」

 パチン。藤堂社長が指を鳴らした。

「ガハハ、伊達に最高位の腕輪を持ってるわけじゃないな。それにその顔」

「表情は変えていませんが」

「主流派の魔導士にとってみれば死霊術なんて邪道もいいところだから、そう思ったんだろ」

 思ってない/珍しいと感じただけだ=厳ついおっさんに本音を言うわけにもいかず。

 ニシの左腕の乳白色の腕輪=最高位の魔導士の行動を監視するためのGPSデバイスがカラカラ揺れた。

 藤堂社長の魔導で遠隔操作され、ドリップコーヒーがふたつ、ふたりを隔てるローテーブルに置かれてた。

「魔導の発動キーは人それぞれです。ただ死霊術といえば、血で刻印を刻んだり、頭蓋骨の骨粉を撒いて魔導を発動したり」

 ニシの視線の先=堂々社長の右手に握られている粉入りの小瓶。

「うむ、そういうことをするやつもいるが、全員じゃない。それにこの粉は昨日食べたKFCの鶏の骨だ」

「ああ、なるほど」

 そんな安っぽものでもいいのか/ちゃんと洗ったのか。

 藤堂社長=美味しそうな香りの小瓶をポケットにしまって熱々のコーヒーを飲んだ。

 ニシは魔導で淹れられたコーヒーを飲む/苦い/まだちょっと熱い/高そうなティーセットがかちゃりと音を立てた。

「歴史書で読んだ限りですが」ニシは藤堂社長の顔色をうかがった。「どの記述でも死霊術派は秘密主義の集団と記されています。」

「うむ、ちょいと誤解があるみたいだ。死霊術って呼び名はあくまで死体を使っているからそう見えただけだ。今風に言えば、そう、パッシブ魔導、だ」

受動的パッシブ魔導?」

「主流派の魔導士は魂の内より溢れ出るマナを利用する。が、俺たちは逆だ。世の中に存在するマナを利用し魔導を発動する。生き物の遺骸、たとえば血や骨もそうだし、惑星を循環する龍脈からマナを取り出すこともできる」

 ふと思い浮かぶ宿敵=コードネーム:ジン/やつも魔導士の血肉を食べようとしていた/龍脈の異常もやつの暗躍と同時に起きていた。

「と、ワシの自己紹介はここまでだ。常磐興業のツテを頼ってお前さんをわざわざ呼んだのはちょいと頼みたいことがあるんだ」

 ツテ? あれだけ常磐を目の敵にしていたのに。

「ええ、しかもわざわざ新入社員に変装してまで 秘書さんもずっと口をつぐんだままでしたし。ちなみに、俺は人殺しはごめんですよ」

そこまで・・・・は、依頼せん。大丈夫だ。実は社内にいるクソ魔導士を見つけ出してほしい。奴は魔導麻薬を作っている」

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