第9話 アイドルは転校生

 学園長室でわいわいやっていたらホームルームの時間ギリギリになってしまった。

 教室に着くと私の席でハルカと佐那がたむろしていたので一応報告しておくことにする。


「――ねぇ聞いた? 今日、うちのクラスに美少女が転校してくるらしいわよ?」


「なんや『主人公の友人A』みたいなこと言い始めたでコイツ」


「漫画やアニメの第1話にありがちな展開ですよね。まさか実際にお目にかかれるとは」


 注目するところはそこでいいの? 美少女よ? 気にならないの?


「杏奈の『美少女』評は当てにならんからなぁ」


「女の子がいればとりあえず美少女と褒めますものね」


 美少女を美少女と評価して何が悪いのか。可愛くない女の子なんていないし美少女じゃない女の子もいないのだ。女の子は可愛い。これ世界の真理。


「薄っぺらい世界の真理やなぁ」


「哲学者が聞いたら泣きますよね絶対」


 一通りイチャイチャしてからハルカが首をかしげた。


「で? 学園長から転校生を紹介されたんか?」


「そうそう。驚きの人物よ誰だか分かる?」


「待宵リナやろ」


「まぁ、待宵リナちゃんですよね」


 あれエスパー? もしや二人にも超能力が?


「いや普通に考えれば分かるやろ」


「学園長先生が杏奈ちゃんを呼び出したのですから、まず間違いなく杏奈ちゃんの関係者ですし。同い年で転校してきそうな子というと、待宵リナちゃんが一番可能性が高いですよね」


 なんという名探偵×2。これからは生徒会室で探偵事務所を開くべきでは? 女子高生探偵オカルト風味。娯楽小説が一本書けそうね。


「杏奈がいるとアクションものになってまうからなぁ」


「推理する前に物理攻撃が飛んでいきそうですし」


 二人は私を何だと思っているのかしら? ちゃんと推理してから犯人に鉄拳を喰らわせるわよ。


「ヤクザやなぁ」


「ヤクザですよねぇ」


 私はヤクザじゃないっちゅうねん。


 ツッコミしていると教室のドアが開き、須賀先生が入ってきた。


「はいはい席についてー。今日は転校生を紹介するからパッパと出欠とるわよ。……休んでいる人は手を上げてー」


 お決まりのギャグを決めてから須賀先生が咳払いした。


「はい、じゃあ転校生を紹介するわよ。――待宵リナさん。入ってきてください」


 その名前を聞いて教室がざわめいた。まさか本物? とか 同姓同名? って感じに。うちのクラスにはそっくりさん(つまりは私)がいるので待宵リナの知名度は100%となっているのだ。


 それらの反応はまぁ理解できるのだけれども。隣の席から聞こえてきた『杏奈がまた何かやらかしたのかしら……?』ってどういう意味かしら?


 隣席のクラスメイト(学級委員長)にツッコミを入れようとしたところでざわめきが数段階上がった。リナが教室に入ってきたのだ。


 穏やかな歩みと共に揺れる銀髪。

 背筋はぴしっと伸びていながらたおやかさも失われておらず。

 クラスメイトの方を向くときの足取りの軽やかさや発声前の微笑みかけなど。計算尽くされた美しさと可愛らしさ。なるほど大人気アイドルというのも伊達ではないらしい。


 そういえばアイドルらしいリナを実際に見るのは初めてねぇと妙に感心してしまう私だった。


 須賀先生が黒板に名前を書いていく。待宵梨奈(りな)。『リナ』というのは芸名らしい。


「皆さん始めまして。今日からこの学校に転校してきた待宵梨奈です。気軽にリナちゃんと呼んでください。仕事の関係でお休みをしたり早退したりとご迷惑を掛けることもあると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」


 アイドルだ。

 アイドルがいる。

 何という完璧なアイドル。

 学園長室でのアホさ加減が嘘のよう。


 それはまぁ仕事とプライベートの違いってことで納得できるのだけれども……委員長? 『やっぱり杏奈とは中身が違うのね』ってどういうことかしら? 私の中身が残念みたいなこと言わないでもらえません?


 ジトーッとした視線を委員長に向けると目を逸らされた。そのまま見つめ続けていると――いつの間にか、リナが私の目の前まで来ていた。


 見慣れた動作で腕を広げるリナ。

 まさか、あのセリフを言うのかしら?

 同じボケ(?)は二回までなら笑えるけれど三回目はハードル激上がりよ? そこのところ理解してる? 一つの失敗で高校生活を棒に振りかねないのが転校初日の挨拶なのよ?


 私からの姉らしい心配に気づくこともなく。



「――さぁ! 妹よ! お姉ちゃんの胸に飛び込んできなさい!」



 まさかの三回目であった。完璧なアイドルによる突然の暴挙に教室が静まりかえったことに気づいていないのかしら?


 まぁリナの挨拶大失敗は(双子である私も恥ずかしくなってくるので)気づかないふりをするとして。


 問題は、視界だ。

 私は椅子に座ったまま。リナは立ったまま手を広げていて。私の目の前に広がっているのはリナのウェスト。そう、現役アイドルの生ウェストだ。


 ――正直、現役アイドルの腰がどれだけ細いものか興味がないと言えば嘘になる。


 姉妹なんだからセクハラにはならないでしょう。たぶん。

 というわけで私は両手を動かしてリナのウェストを掴んでみた。ガッシリと。


「みひゃい!?」


 珍獣のような叫びを上げるリナ。そんな彼女に構うことなくウェストを揉みしだく。もみもみもみもみもみもみもみもみ……。


 ふむ。

 なるほど。


「意外と……」


「ち、違うから! 今はちょっとアレなだけだから! ――ドラマの撮影の差し入れが美味しすぎるだけだから! 夏までには! 水着の仕事が来るまでには理想体型に戻す予定だから!」


 予定は未定。


「のぉおおおおおぉぉぉおおおおおっ!」


 絶叫しながらうなだれるリナだった。私の机の上で。傍迷惑な妹(おなかぷにぷに)である。


 そして委員長は『やっぱり杏奈のお姉さんなのね……』とつぶやいていた。こんなことで血のつながりを感じるのは止めていただきたい。




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