第4話

やっと見つけた。


彼と彼女の棲み家。


同じ空気を吸えるなら、私は何にだって化しても構わない。


***


静岡市内で独演会が行なわれた。


追い出しの太鼓が鳴り響くなか、客席に向かい3方向にお礼をし、緞帳どんちょうが下がるまでお辞儀をし、幕が閉じると同時にロビーへと駆け足で向かった。

サインと握手会を待つ長蛇の列の中に、ある1人の人物が交えて待っていた。


会場外に待つ客の前に立つと、歓声が沸いた。1人1人に持参していた書籍や色紙にサインをし、写真にも応じると、皆が笑顔で対応してくれた。最後尾あたりの列になり、スタッフから本を手渡しされて顔を見上げた。


「こんにちは。」

「こんにちは。今日はありがとうございます」

「今日の噺、凄く面白かったです」


サインをした本を渡すと握手を求めてきたので、それに応じると微笑んでいた。


「あの、これお手紙書いてきました。良かったら、読んでください」

「ありがとうございます」


終始笑顔でいた彼女。何となく私も印象に残った感じがした。


帰りの新幹線で、会場で貰った幾つかの手紙の中に、先程の女性からの物が目に入り、封を開けた。


彼女の名は美帆。

敢えて仮名にしておこう。


私のファンになりまだ1年にも満たないという。今日の独演会にも東京から観に来て、どうしてもこの手紙を読んで欲しかったと書いてあった。

次の8月寄席にも足を運ぶ予定なので、また声をかけたいと記されていた。初めはありきたりな内容の文面だと思い、自宅の箪笥に入れておいた。


寄席が始まり、立ち見客が出る程の満席の中、トリで高座に上がり、演目が終わると割れんばかりの拍手の中、楽屋へと向かった。


「連日お客さんが絶えないですね。」

「お前もあにさん達や俺の様になりないなら、ネタも沢山覚えろよ」


裏口から外に出ると、数名のファンや関係者が待っていた。すると最後の1人が路地に立っていたので、よく見るとあの美帆の姿がいた。


「もしかして大阪の時にいた人ですよね?」

「はい。覚えていてくださったんですね」

「寄席、どうでした?」

「不動坊、キャラがそそかしくて凄く笑いました。」


彼女はバッグからまた手紙を出してきたので、読んで欲しいと渡してきた。


「実は、私の彼氏が落語が好きすぎて、大学で落語研究会のサークルに入っているんです。師匠に弟子入りしたいと話しているんですが、今度会っていただけないでしょうか?」

「その人、次はいつ来れそう?」

「その手紙に書いてあるんで、読んでください」


そう告げた後、彼女はその場を離れていった。付き添っていた弟子とも別れ、自宅に着いた。


先程美帆から貰った手紙を開くと、付き合っている男と思われる名前や連絡先が記してあった。


後日、寄席が終わり正面口で来客らと話をしていると、美帆の姿があった。


「この間手紙読みました。今日は男性とは一緒じゃないの?」

「一緒に行く予定でしたが、バイトが入って行けなくなったんです。それで、彼からの伝言なのですが、自宅に挨拶をしに行きたいと話しているんです。」

「本来なら、彼から僕に直接来て弟子入りの話をしなければ、判断し兼ねないんだよ。」

「どうしよう…」

「美帆さん…ですよね。これから、お時間ありますか?」

「はい。何か?」

「近くに喫茶店があるから、そこで一緒に話をしよう」


演芸場の近くの喫茶店に弟子と3人で入り、飲み物を注文した後、彼女から自身の事や彼氏という男性の話を聞き、落語家になりたい経緯を聞いた。


普段なら直接来た相手に伝えるのが筋なのだが、正直そうな彼女の人当たりを察して、取り敢えず彼女に私の連絡先を彼に渡す様にと、メモ紙を渡した。


2週間後、玄関のチャイムが鳴ったので、恋いとが出てみると、誰の姿も見当たらなかった。


数時間後、リビングの電話が鳴ったので、私が出ると、直ぐに電話が切れた。

その直後、ファックスが送られてきたので、見てみると、

嘘つき、本物の疫病神だなどと数枚の殴り書きのものが届いた。


「これ、嫌がらせだよね。誰から?」

「分からない。弟子にこんな事をする奴なんていないし。一体誰が?…」


気味が悪かったが一旦は様子を見る事にした。


1ヶ月後、独演会の会場に向かう為、東京駅のホームに待ち、車内へ乗り大阪へと向かった。


新横浜駅を過ぎ、座席で本を読んでいた時、通路に女性の足元が見えたので、顔を見上げると、そこには美帆の姿があった。

私は驚いて、咄嗟に彼女をデッキに移した。


「こんな所で何をしているんだ?君、仕事は?」

「休みです。龍喜さんに…凄く会いたくなって。」

「まさかこの為に跡を付けてきたのか?」

「私も独演会に観に行くんです。だから、一緒の新幹線に乗って…少しでも貴方の傍に居たくて、同じ時間に乗ってきちゃいました」


「帰れ」

「えっ?」


「この間の電話やファックス、あれ君の仕業だろ?」

「気づいてくれましたか?」

「あのな、君が彼氏が弟子入りしたいから連絡先を渡したんだよ。君の為じゃない。だから、次の駅で引き返して帰りなさい。」

「そんな…私だって貴方の為に仕事の休みをやっと入れたんですよ?引き返せないよ!」

「そんな事知るか!君単独の判断だ。もう付き纏うのは止めなさい。約束しろ」


私は動揺しながら席に戻った。

弟子も心配そうに声をかけてくれたが平常心のままに振る舞った。


その後、寄席や自宅の電話には美帆からの姿は見かけなくなった。何故あそこまでして、付け回されていたのかが不思議で仕様が無かった。


ストーキングするにも程があると思った。


***


「あの時、龍喜さんと肉体関係を持ったのは、間違いありません。黙っていろって言われたんです」

「いつ、そうなったの?」

「8月寄席の2回目に会った時、お弟子さんと別れてから、私の自宅に招待したんです。その時に彼から誘われて…嬉しくて、そのまま身体ごと預けました」

「まぁ、無くも無い話かもしれないけど、私の自宅や新幹線について行ったのは、やり過ぎだよね?」

「…すみませんでした。少しでも傍に彼を感じていたくて行動してしまったんです」

「この事、メディアに知られても良いの?」

「どう反応が出るか、知りたいです。恋いとさん、よろしくお願いします。」


嘘か真か、事実はどうなるか。


こうして会っている私もどうかしているが、念の為この彼女の話も考えておこう。


変な騒ぎにならない様に…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る