NO.2 夜風

キンコンカンコン。


「起立」


周りのクラスメイトが各々のペースで立つ中、


車椅子の自分は立つかわりに背筋を伸ばした。


「礼」


号令とともに頭を下げる。


それぞれの態度で「ありがとうございました」と言うと、


席につく生徒や立ったまま移動する人など、色々な行動をする人が見えた。


クラスメイトたちを眺めていたら、


「ほら、帰るぞー」


右手の窓側から聞き慣れた声が聞こえた。


そちらに振り返り、頭を縦に振った。


今日は五限目終了後に帰ると言っていたのだ。


いつもこうではないが、私にはたまにあることだ。


先生は私の後ろに回り、私は帰宅の準備を始めた。


「屋良(おくら)ー、それが終わったらまた手伝ってくれー」


呼ばれた女子生徒は黒板を消す手を止めて、


背後にいる先生に顔だけを向けて


「はーい」


と返事をした。


荷物をまとめながら、先生に話しかける。


「先生、何度も屋良さんにお願いするのは、


やっぱり、申し訳ないような……」


先生は車椅子の手押しハンドルを握りながら、身を乗り出して応えた。


「いいのいいの。


彼女も善意で手伝ってくれてるし、


あと、授業中に居眠りしてるらしいから、そのバツ」


私の準備が終えたのを見計らって、先生が車椅子を動かす。


私は「じゃあね」や「また明日」と声をかけられ、


手を振ることに微笑みを添えながら応えた。


五限目終了後の廊下はまばらに人がいる程度だ。


だからといって、車椅子が邪魔にならないはずもない。


周りの人からの様々な視線を背に、先生と私は廊下を通る。


ゆっくりとタイヤを進ませながら、先生は話を続ける。


「それで、屋良は本当に居眠りしてるのか?」


「……毎日全六時限、睡眠学習してます」


「……あいつを信じた私が間違っていた」


階段の前に来たところでタイヤの音が止まった。


すると、二人の背後から陽気な声が聞こえてきた。


「お待たせしましたー!」


屋良さんが走りながらやって来た。


「屋良さん……いつもごめんなさい」


私はそう言いながら、


ひざに置いていたカバンを控ひかえめにさしだした。


「ううん、気にしなくていいよ〜!


他にも手伝えることあったら言ってね!」


彼女はそのカバンを優しい手つきで受け取り、右肩にかけた。


私は表情を和やわらげ、ありがとうとお礼を言うと、


彼女は自身のほほを左手の人差し指でかきながら、


「えへへ、どういたしまして」


と言った。


彼女のニッとした口からはやえばが顔を出していた。


「それじゃあ、行こう」


先生はそう言い、「お姫様抱っこ」と呼ばれる格好で私を抱え、


屋良さんは車椅子を抱えて、


校舎の外の段差がない場所まで移動していった。



「よいしょっと」


屋良さんが地面に置いた車椅子に再び腰かける。


「ありがとうございました」


「カバン、ひざに置いてもいい?」


「ええ。屋良さんもありがとう」


「……いや、待って」


私は彼女の顔を見ながら、目を見開いた。


「結局、最後の授業も寝るだろうし、


私もここで一緒に待ってようかな……」


「だめだ。まじめに授業を受けろ」


「ええー……」


その会話を聞いていただけの私はクスッと笑い、


先生はため息をつきながら、

彼女の手からさりげなく奪っていたカバンを私のひざに乗せてくれた。


「……残念ながら私は次の授業がある。


まあ、車だから大丈夫だと思うが、気をつけてな」


「じゃあ、私も戻るね。また明日」


手伝ってくれた先生と屋良さんにもう一度お礼を言い、


迎えの車が来るのを待った。








>ーーーーーーー<


そして午後九時。


いつもの寝巻姿で自分の部屋にいた。


無論、車椅子に座っている。


部屋は外と同じ明るさだ。


車椅子で移動して、部屋の窓の前に行き、窓のカギと窓を開けた。


部屋に月の光がさしこむ。


目を閉じる。


外から流れ込む夜風を受ける。


髪が風になびく。


私が再び目を開けたとき、


私の背中には―



―白い翼が生えていた。

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