第5話 告白の行方

 にぎやかな時間は瞬く間に過ぎた。

 全校生徒が体育館に集合し、学園祭の閉会式が行われる。


 光希みつきは首に巻いたタオルで汗をふいた。クラスの列には入らず、生徒会役員と並んで、体育館の端に立っている。閉会式の様子も写真を撮らないといけないため、すぐ動けるように待機しているのだ。


「……暑いな」

「……溶けそう、です」

 隣に立つ胡桃くるみは手をパタパタとさせた。


『それではこれより、閉会式を行います。まずは軽音楽部の生演奏、そして学園祭期間中に写真部が撮ってくれたスライドショーをご覧くださいっ!』

 騒がしい生徒たちに負けないよう、司会者がテンション高めに声を発する。壇上だんじょうにはスクリーンの幕が下り、軽音楽部員がチューニングを始めた。


 先ほどよりもさらに歓声が大きくなる。

 光希と胡桃はすぐさまカメラを構え、撮影していった。


 五分ほどの演奏とスライドショーが終わると、いよいよ結果発表だ。クラス制作やステージ発表など、次々と得点が告げられていく。優勝クラスの名があがるときには、体育館の中はまさにお祭り騒ぎ。


 優勝できてハイタッチしている人、楽しかったねと笑い合う人、野外ライブのようにタオルを振り回す人、涙を流す人。それらをカメラにおさめていった。


 自分は今まで、あんなに感情的になったことがあるだろうか。イベントや行事は嫌いではないが、そこまで熱心に取り組んでいたわけでもない。

 ファインダーをのぞいたまま、熱気にあふれたその光景を眺める。使い捨てカメラの最後の一枚であるかのように、光希はゆっくりとシャッターを切った。


 ◇◆


「どの写真が良い?」


 閉会式後、部室の片付けを終えると、光希は机の上に写真を広げた。それらを胡桃は食い入るように見つめる。

 眉間にしわを寄せ、頭を悩ませた。正直、全部欲しい。


「そんな悩む? 全部いるか?」

 真剣な胡桃の表情に、光希はおだやかに笑った。

「い、いいんですか?」

「ああ、データはあるし」

「じゃあ、お言葉に甘えて……」


 胡桃はひかえめに写真を受け取った。大好きな人の写真をもらえて、無意識に頬が緩んでしまう。


 でも喜んでいる場合じゃない。この流れで自分の写真を渡さないと。

 閉会式後に急いで部室に行き、一応全ての写真の裏に想いを書いておいた。けれど、そもそも自分の写真なんかもらってくれるだろうか。


 胡桃が脳内会議をしていると、光希はふいに声を上げた。

「なあ、俺も望月のもらっていいか? この写真好きなんだけど」

 そう言って一枚の写真を持ち上げる。胡桃は目をパチパチとさせた。意外な申し出に反応が一歩遅れる。

「……は、はい! ぜひ!」


 良し。これで最終ミッションはクリアだ、と一仕事終えた胡桃は、胸をなでおろした。


 ――だが、あれから早三ヶ月。

 放課後、胡桃は一人図書室の机に突っ伏していた。


 ストレートにメッセージを書いたはずなのに、光希からは返事がもらえていない。フラれたってことだろうか。けれど、校内ですれ違えば挨拶をしてくれるし、避けられている感じはない。

「どういうこと……?」

 一人呟くと、胡桃は一度起こした頭を再び机に戻す。ガツンと重い音が鳴った。


「くるみん? 図書室で何面白いことしてるの?」

 笑いをこらえながらひかるは胡桃の対面に腰を下ろした。その後ろから三冊ほどの本を抱えた夏鈴かりんも顔をのぞかせる。夏鈴は笑っている輝の頭を軽く叩くと、その横に座り、小声で口を開いた。


「何かあった?」

 胡桃は瞳をうるませながら深くうなずく。さすがに図書室の中で話すのはどうかということで、三人は結局部室に向かった。

「居心地良いよね、部室って」

 輝は椅子を三つ、丸くなるようにセッティングした。


「それで、どうしたの?」と夏鈴は心配そうに問いかける。

「えっと……」

 胡桃はメッセージのことを話した。


 最初は真剣な表情で話を聞いていた二人だったが、しだいにあきれを含んだ笑みを浮かべていく。

「……ということなんです」

 話終えると三人の間に数秒間、沈黙が広がった。隣の部室からは楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


「胡桃ちゃん、それたぶん、気づいてないんじゃない?」

「へ?」

 胡桃が目をしばたたくと、輝も夏鈴の意見に同意を示す。

「うん、俺もそう思う。写真の裏って見ようと思って見なくない?」

「…………」

 たしかに、と納得すると同時に胡桃は絶句した。そんな単純な理由をなぜ思いつかなかったんだ。


「あれ、三人ともそろって何してるんだ?」

 突然、部室のドアが開いた。三人の視線の先には、光希が首を傾げて立っている。

「ど、どうしたんだよ、ミツ。部室に何か用?」

 さっきまで目の前にいる本人の話をしていたのだ。輝でさえ、少し動揺している。言葉がつっかえていた。


「いや、何の用って、それは輝たちもだろ」

 光希は目を細めた。室内に入り、椅子を輝の近くに置いて座る。

「私たちは恋愛相談会してたのよ」

 思い切りの良い夏鈴の発言に、胡桃は心臓のドキドキが止まらなかった。椅子の上で体育座りをして縮こまる。


「恋愛相談会?」

「そ。ところで笠原かさはらくんは最近告白とかされた? 学園祭とかさ、モテたでしょ」

「質問が唐突だな……最近も何も、生まれてこのかた告白されたことないけど」

 呆れながらも光希はちゃんとこたえた。いつもより低めの声で。


 胡桃はその発言で、自分の告白が無視されたわけではないことが確認でき、一人ほっとしていた。


 一方で輝は大声で光希に詰め寄る。

「は? まじ?」

 それほど意外だったのだろう。夏鈴に至っては口をぽかんと開けていた。

「まじだけど」

「高嶺の花ってことかよ……」

「いや、そんなことは別によくて。俺はこれを置きにきただけだから」


 話を切り替えるように、光希は咳払いをすると、手に持っていた雑誌をヒラヒラとかかげた。表紙には、最近話題の若手女優。そして真ん中には『フォトマガジン』とタイトルが書かれている。

 最新のカメラやレンズの紹介、おすすめのフォトスポットなどが特集され、初心者からプロまで幅広く読まれているカメラ雑誌だ。


「何その雑誌」

 輝は少し身をかたむけ、光希の手元をのぞく。

「この前のフォトコンテストで、佳作に選ばれた。この雑誌に載ってる」

 該当するページを開いて輝に雑誌を渡す。


「え、まじ!? やったじゃん、ミツ!」

「へぇ! 笠原くんおめでとう!」

 夏鈴も輝の側へ寄り、横から写真を眺める。二人は興奮した様子だ。


 胡桃も少し遅れて椅子から立ち上がり、雑誌をのぞき込んだ。そこには、小さいながらも光希の写真がしっかりと掲載されていた。学園祭閉会式の写真だ。「わぁ!」と小さく感嘆の声をらす。夏鈴はそんな胡桃をチラッと見た。


「良い写真だね。胡桃ちゃんはどう思う?」

 胡桃は雑誌から目を離し、光希の方を向いた。

「すっごく素敵です」


 光希は手を口元にもっていき、視線を外すと「……ありがとう」と応えた。頬が少し赤い。その様子に、胡桃まで体が熱くなるのを感じた。


「照れるとかめっずらしぃ~」

 輝はからかいながらも、なんだか嬉しそうだった。


 ◇◆


「ミツ、くるみんからもらった写真、ちゃんと見ろよ」


 下校時、学校の玄関で靴に履き替えていると、思い出した様子で輝が言ってきた。その後ろでは、夏鈴が苦笑いを浮かべている。胡桃はうつむいていて、その表情はわからなかった。


 光希は帰宅後、早速胡桃からもらった写真を手にとる。

 何か仕掛けがあるのかと思い、写真の表面を触ってみる。いたって普通の写真だ。が、ふと裏面に何か書かれているのを発見した。


『笠原先輩へ』と可愛らしい文字。二行の短い文章を読み終えると、光希は頭を抱え、その場にしゃがみこんだ。


「もう九月じゃん……」


 外ではカラスが鳴いている。アホーと言われているような気がした。

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