第18話 コスプレイ撮影会
そのあと、全員は荷物を持ち、一旦ロッカーに預ける。大量の同人誌とタブペンを持ち歩くには不便なので、一旦ロッカーに預ける。
それから4人は徒歩で十分程度にあるスタジオに到着する。
スタジオは中世の城の中でゴージャスな設備になっていた。スタッフの説明では、フランスの貴婦人のプライベートルームであった。
「着替えは?」
「俺が用意した!あの『魔法少女アイリ』のオンリーイベントから用意してあるのだ!」
「本当に最低ね」
文句を吐きつつ、咲良先輩は着替え室に向かった。着替えるためだ。
クラウスはソフトボックスを設置しする。サボテンはカメラを構い、何枚かを試し撮影する。
亮はやることがないので、せめて役に立ちたいから、飲み物を準備する。撮影ビルのロビーに自動販売機があったから、お茶を四つ購入する。
撮影部屋に戻ると、クラウスとサボテンは準備が完成していた。
「あ、これお茶です」
「おお!ありがとう。そこまで気をつかわなくてもいいのに」
「いいえ。僕の自己満足です。これくらいはさせてください」
そういうと、亮はクラウスにお茶を手渡す。
「咲良先輩はまだ、来ていないのですか?」
「まあ、準備に少し時間がかかるのだろう。そこは大目に見てやるさ」
「もしかして、恥ずかしくて逃げたのでは?」
「それはないね。彼女、そう見えても責任感が高いお嬢様だな」
クラウスがスッと鼻を鳴らして答えると、着替え室の扉が開かれた。
現れたのは、『魔法少女アイリ』、もとい、『咲良先輩が魔法少女アイリ』になりきっていた。服装も髪もそして武装のステッキも、どこからどこまでも魔法少女アイリだったのだ。
それはまるでアニメから飛び込んできた格好であった。
「尊い」
と、亮は思わず言葉が漏れ出す。
「やっぱり恥ずかしいわ」
「良いじゃねか。どうせ、見るのは俺たちだけだ。それにかなり似合っているぜ」
「はい!すごく似合っています」
咲良先輩の文句に、クラウスとサボテンは彼女のことを褒め称える。
亮だけが、彼女のその格好に見惚れていた。
「どうしたの?亮」
「あ、ごめんなさい。本物かと勘違いしてしまいました」
「今日のことは忘れなさい!」
「は、はい」
亮は赤面を作ると、顔を彼女から背ける。
「いや、どの今日の撮影写真は亮に送る予定だ。忘れても、写真で思い出すさ。ワハハハ」
クラウスが指摘すると、咲良先輩は声を大きく唸り、亮の脛を蹴る。
なんで!?と亮はそう叫ぶと、床に転がる。
「よし!時間もないし。撮影会を始めるか」
「はい。カメラは準備おけーです!」
「早く、終わらないかしら……」
咲良先輩は肩を落としながら、部屋の中央にいく。ここはゴージャスな設備が背景になる。例えば、高級な椅子、机、花瓶が背景になっている。それらと自由に使い撮影することは可能になっている。
そして、撮影会が始まる。サボテンがカメラを構えて、咲良先輩……魔法少女アイリ……を撮影する。裏でクラウスはポーズの指示をしていた。
「まずは、立ち絵。いいぞ!」
パシャリ!
「次はステッキの前に構える。そうだ」
「良いですよ!そのポーズで」
「くっ殺せ」
「くっころ、は時代遅れだぞ。それより笑え」
怒りで赤面を作る咲良先輩と、楽しそうに笑っているクラウスであった。
そして、サボテンはシャッターを切る。
パシャリ!
「ステッキを前に振る!そうだそのポーズ!」
パシャリ!
「あと、ステッキを可愛く持ち上げろ。魔法少女アイリの3話のように、そうだ!いいぞ!」
パシャリ!
「魔法少女が体操座りするポーズを!そうだ!いいぞ!」
パシャリ!
「よし!次は決めシーンだ!魔法少女アイリの変身シーン!違う、右手を上に、そうだ!完璧だ」
パシャリ!
フラッシュが次々とコスプレしている咲良先輩にあたる。
その一枚一枚がポーズを決めているのが、クラウスだ。
アニメで再現しそうなポーズをする咲良先輩に、
それから、30分後の撮影。
咲良先輩の撮影は終わった。かなりの枚数を取れたはず。連続で写真を撮ったから数百枚は撮ったのだろう。
亮が描くためのラフで使うには十分の枚数だ。
その中から10枚を選び、フルカラーに描き直す。三次元の写真から二次元の絵に変換する手作業だ。
とは言っても、まだ写真を一枚も見ていない彼にどの写真を使用するのか未定だ。
大掛かりの作業になりそうだ。
「よし、新人。後で写真をメールで送付するから、待ってろ」
「兄さん。下の階でパソコンを借りれるよ!」
「んじゃ、俺たちは写真を焼いてそのまま、メールに送る。お前たちは待っていろよ」
そう告げると、クラウスとサボテンはこの部屋から退室する。
残されたのは咲良先輩と亮。
少し気まずい空気になっている。
「あの……少し休憩しませんか?」
話題に尽きたのか、亮はさっき購入したお茶を彼女に手渡す。
「ありがとう。モデルって案外疲れるのね」
「そりゃずっとポーズを変えるから疲れますよ」
「そうね」
ふふふ、とどこか楽しげな笑いを浮かべる。
「あ……」
「どうしたの?」
「いや、先輩が楽しそうに悪いの、初めて見たと思って」
「っつ!?」
今度は赤面を作り視線を合わせなかった。
途端にうつむき、何かを言い出す。
「あなたといるとやっぱり調子を狂うわね」
「え、なんですか?」
「なんでもないわ。ただ、生意気な後輩でね」
「えーそれは少し酷くないですか?」
「いいや、本当よ。生意気な後輩。先輩に対するマナーがなっていないわ」
「はいはい。わかりました。僕が悪いです」
そんな理不尽の言葉に亮は近くにある豪華のベッドに座る。
撮影用でもあるが、かなり柔らかく、座るだけで弾力に吸い込まれそうになる。
亮は思わず「わ」と声を上げる。
「何やっているのよ」
「ただ、座っただけです」
「まあ、柔らかそうなベッドだわね」
「はい。先輩も座りますか?」
「結構よ」
咲良先輩は「子供じゃああるまいし」と遠回りに断ると、お茶の蓋を開けて、飲み出す。
撮影の疲れのせいか、彼女は一気に飲み切る。
飲み切ったペットボトルを机におき、ご馳走様と礼を言う。
亮は少し見惚れる。それはきっと、咲良先輩が魔法少女アイリのコスプレをしたのだろうと内心思う。
そのまま数秒の沈黙が走る。
亮は何を話そうか、戸惑う。天気の話をしようか、とそんな時に、咲良先輩から口を開く。
「あなたに訊きたいことがあるわ」
「は、はい。なんでしょう」
いきなりの話題で亮は頑なになった。
(……僕に訊きたいことってなんだろう?)
と、身を硬直し、先輩の方を見つめる亮。
すると、彼女は気になったことを言葉として放つ。
「国際エーテルコンクールに出ないの?」
「……」
その質問は部員のミチルと同じだった。8月末に応募締切の国際コンクール。芸術家の誰もがその熱狂するコンクールの一つだ。
だが、亮はそのコンクールについてうやむやにしていた。
(……ここで、僕の意思を伝えるのだ。)
そろそろその意思を固めないといけない。と、亮はそう思ったことを口にする。
「……正直。僕は出ないと考えています」
「それはなぜ?」
「僕は筆を折ったのです。もう芸術には関わらないつもりです。二次創作に一筋で行きます」
そう。亮はもう筆を折ったのだ。
そう決めたのだ。自分の描いた絵は写真のようで、人の心を掴むことができない。それが悔しい。自分に才能がない、もう無理なんだ。耐えられない。
芸術を続ければ、自分は苦しい思いをするだけで、もうこれ以上はできない。
……心が、もう持たない。
そんなことを考えていると、咲良先輩は言葉を発する。
「あなたの意志を尊重するわ。けど、覚えていて、私は芸術を信じない。芸術家を信じる」
それは褒め言葉なのか、励ましの言葉のか、わからない。
でも、またデュシャンの言葉を引用した。
だが、それはもう一度芸術に飛び込むように、願ったような言葉だ。
「暗い顔をしないで頂戴。これじゃあ、私があなたをいじめたようじゃない」
「ははは。実際そうじゃないですか。僕にもう一度芸術に進ませるなんて、意地悪じゃないですか。僕が芸術に苦しんでいるのに……もう描かないと決めたのに」
「違うわ。意地悪じゃないわよ。意地悪とは、こう言うことよ」
すると、咲良先輩は近づき、「えい」と亮のデコを手で押す。
亮はその力を受けると、そのままベッドに倒れ込む。柔らかいベッドの上に寝転がる。何をされたか、一瞬、分からなかった。
「はい」
と、咲良先輩はそのまま飛び込んで来た。
「わあああ!」
悲鳴をあげるが、避ける隙はなかった。
咲良先輩のダイブをそのまま受け止める。「ぐえ」と音を上げる。
二人は豪華のベッドに寝転がっている状態になった。
そして二人は見つめ合った。
「……咲良先輩?」
「……やっぱり、恥ずかしいわね。この格好」
「え……ブヒ」
いきなり、咲良先輩が亮の両方の頰っぺを叩く。
手を離さないまま触れる。
「咲良先輩?」
「……」
再度呼びかけるが、咲良先輩は何も言わない。
目の前に咲良先輩の顔が近くある。
触れそうで触れられないところに、咲良先輩の顔があった。
澄んだ咲良先輩の黒い瞳に、自分の怠けた顔が写っている。
自分はこんなに情けない顔をしているのか、と思ってしまう。
そんなことを考えていると、咲良先輩は顔を近寄せる。彼女の額が亮の額にコトン、とぶつかり合う。
「あなたは天才なのよ。そこは誇ってもいい」
「でも、僕は一度も賞を取ったことがなくて……辛くて」
「いいのよ。その時は私とかに甘えていいわ」
咲良先輩が安心できる微笑みを浮かべると、亮の心が柔らかくなる。
「天才とは永遠の忍耐である……ミケランジェロの言葉よ。よく覚えていなさい」
「……はい」
「もしも、芸術で心が挫けたなら、一つだけ覚えていて欲しいわ。それは、あなたの絵を好きな人はここにいる。だから、どうか、怖がらないで。あなたの芸術が否定されることはないわ」
そして、彼女はどこか泣きそうで告げる。
それは、亮にとっては嬉しいことだった。自分の絵を好きになってくれる人がここにいる。勇気をもらえる。芸術を続ける勇気をくれた。
でも、きっと絵描きはできないと思う。
なぜならば、今は来週に開催する『トラ祭り』のことで頭一杯だった。
芸術を描くのは到底その先の先になるだろう。
「さて、そろそろ彼らが戻ってくるでしょう」
咲良先輩がそういうと、ベッドから降りて、ウイックを外す。
ツヤツヤの黒髪が解放されて、絵になるような美しさだ。
亮はベッドから降りると、扉が開かれた。その二人が戻ってきたのだ。
「やあ、二人とも、待たせたな」
「え?経った10分しか経っていませんよ。作業は終わったのですか?」
「ふふふ、現代のカメラ機能はすごいのさ。写真の焼くのは、10秒もあれば全て焼けるのだよ!」
「10秒は言い過ぎですが、まあ、1分あれば全部パソコンに落とせますね!あ、あと、皆さんのメールに送りいたしました。確認お願いします!」
亮は自分のスマホのメールを確認すると、サボテンからのメールが受信されていた。内容は写真集が圧縮ファイルで送付されていた。
……後で、確認してフルカラーに描くか。
と、亮はスマホをポケットにしまった。
「よし、俺たちも退室するか!そろそろ時間だし、退室するか」
「はい。出ましょう」
クラウスとサボテンの声で、亮も退室する。咲良先輩以外はフロントで待機する。
全員は咲良先輩の着替えを待った。
少しの時間の間、サボテンは亮の方へと顔を覗かせて、口を開く。
「で、亮さん」
「な、なに」
「咲良先生との関係はどこまで行きました!?」
「え、ええ?」
不意打ちの質問に亮は驚く。
けど、答えは既に決まっている。先輩、後輩の関係。
「ぼ、僕は彼女の後輩。それ以上でもそれ以外でもないよ」
「本当にそうですか?」
「え?」
サボテンの疑問に亮は息が一瞬止まった。
「咲良先生って、こんなに素直になるのは初めてです」
「そうそう。俺たちが誰を連れてきても、すぐに咲良先生と喧嘩して別れるのだから、咲良先生から新人を連れてくるのは、俺も驚いた」
「そう、なんですか?」
ここで亮は先輩の数々の悪い噂を思い出す。人を見下す態度やサークルの事件。それは決して、彼女は悪意があって行動したのではない。
きっと、彼女が「完璧主義」だからだ。
完璧に何もかも仕上げたいからだと、亮は思った。
「ま、メンバー同士に揉め事が起こらないのは、サークル代表としては楽なんだけど」
クラウスは腕を組みながら告げた。
サークルクラッシャーが大人しくしてくれるのは、代表としては肩の重荷が解消されたようだ。
「で、お二人の関係は?」
「だから、先輩と後輩の関係です」
「えーもっと、こうないのですか?恋人とか」
「え……恐れ多いですよ。僕なんかと恋人なんて」
両手でぶんぶんと振出す亮。
だが、サボテンはぐいぐいと顔を近づけながら、キラキラとした眼で亮に質問攻めする。
「絶対何かありますよ」
「ないですよ!」
「えーつまらないです」
「つまらなくていいです」
とまあ、そんなやりとりがあったのだ。
そのあと、10分も経たないうちに、着替え終わった咲良先輩が帰って来る。全員はこのスタジオを後にし、ロッカーで預けた品物を取り出す。
サボテンは「写真楽しみにしてください」と笑って言うと、咲良先輩は亮の脛に蹴る。
死ぬほど痛かった。足が折れると思わせた痛みが走る。
……本日2回目の攻撃だ。
照れ隠しで自分を攻撃するのをやめて頂きたい、と亮は心の中で訴える。
時計を確認すると、午後の17時を回っていた。やることを全て完成した亮たちは、そろそろ解散しようとクラウスが言い放った。
全員はその提案に賛成し、各位は交通機関を使い、帰宅する。
本日の出来ことは宝物のように、楽しかったと、亮は思い出を心の中に収める。
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