第13話 螺旋階段
夕暮れ時。亮は自宅のある場所へと足を踏み入った。
過去には毎日のように通っていた、自分だけの場所。自分専用の画廊展だ。
中は昔と変わらず、散らかっていた。床にはかつて購入した缶入り油彩具がてきとうに置かれていた。壁には以前、亮が創作した絵画が並んでいる。棚の中には筆や鉛筆が乱れていた。
「……相変わらず、落ち着く」
すー、はーと亮は肺一杯、深呼吸する。
わずかな苦い油彩の匂いが鼻に触れる。その匂いを嗅ぐと落ち着かせられる。まるで魔法の匂い。その匂いを堪能しながら、絵画を創作したこともあった。
……けど、今はこの匂いを堪能する場合ではない。
「……あの絵はまだ置いてあるかな?」
亮は自分の用事を思い出すと、足を前へと伸ばしていて、奥へと入っていく。
油彩具を避けながら、前へと進。この奥には自分が探し求めたものがある。今日はそれを目にするためにここへ来たのだ。
奥までたどり着くと、彼はピタッと足を止める。
目の前には一つのキャンバス。白い布に包まれた、中には何が描かれているのかがわからない作品。亮の記憶ではそのキャンバスは絵画が描かれている。
彼は迷わずにその布を引き離す。
すると、その中には一枚の絵画が表示されている。
それは、一枚の絵。螺旋階段が中央にあり、星々まで登っていく不思議な光景。階段は高く、宇宙の彼方まで伸びていた。終着点がない螺旋階段だった。星々に繋がっている、無限階段。
背中から羽が生えた少女は螺旋階段を登っていく。まるで、その少女はこの永遠と言う螺旋階段に囚われて、終わりのない段を登って行った。
まさに、中二病をくすぐる一枚の絵画。
不思議な一枚の絵画に、亮はぽつりと呟く。
「……螺旋階段。僕が描いた駄作の絵」
ああ、なんと懐かしい。
筆を折る前に最後に描いた絵だ。去年の冬に描いた最後の作品。どのコンクールにでも応募していない。いつもより、妄想を爆発させて描いた。
自分が思うままに描いた作品。賞や賞賛されるために描いたものではない。本当に描きたかったものをそのままキャンバスに乱雑に描いたもの。
少女が空に飛び立つテーマに絞って、遊び半分で描いた。自分が思うがままに、腕のままに、描いた。
楽しい思い出を心の中に潜めながら描いた。
……楽しかった。自分の妄想がこの白いキャンバスに上手く描けた。
だが、その絵画は駄作だ。何度も言うが、駄作になる。
……この絵画はしっかりとしたテーマは記号されていないのだ。
只々美しいものを描こうとするのではない、意味がある作品じゃなければ、絵画は何のために存在しているのかがわからない。
あの『ヴィーナスの子供たち』もそうだ。
『ヴィーナスの子供たち』のテーマは『楽しさ』。なのに、色々と余計なことを描いた所為で差別扱いされた一枚の絵。芸術ではないと否定された一枚の絵。
螺旋階段に昇る少女も同じく、テーマは見るだけで判断できない。不思議な一枚の絵になってしまった。
……単に少女がその螺旋階段を登っているだけだ。それ以上もそれ以外もないテーマの一枚の絵。
いや、嘘だ。テーマは存在している。願いを込めて、描いた絵だ。それは、『勇気』だ。
折れない心で階段に登り、頂点を目指していく。
その頂点が存在するのか、少女自身もわからない。
(……本当、僕はなにを描いているんだろう)
亮はその絵画をぼうと眺めながら、ため息を溢してしまった。
作品名『螺旋階段』のテーマは誰かに伝わる日が来るのだろうか?こんな子供騙しの絵に価値はあるのだろうか?
……もうどうでもいいや。
「ハハハ……」
そんな失敗に笑い出す。運よく、その作品が公開されなかったから、失態を世間に晒すことはなかった。
この作品は失敗作だ。けど、それと共に、勇気を与えてくれた。
この螺旋階段を描いた時には苦痛がなかった。
あるのは、ドキドキ感、ワクワク感と不思議に楽しさがあったのだ。
この感覚は自分がスケッチブックに描いた時と同じだった。魔法少女アイリに登場するシーンを再現するようにアニメキャラクター描いた。
それは、言葉にできない程楽しかった。
「……あ」
彼は何かを思い出す。
それは絵には色がついていない、いつもは鉛筆一本で描いていた。
今度は色を付けてみようと、色鉛筆を拾い上げて、世界に色彩を与える。
魔法少女アイリに命を与える。
ふりふりとするピンクのスカートに、純粋な白いブラウス。そして、かわいく敵を倒すスティク。
色鮮やかに塗る。キャラクターに命を与える。
魔法少女アイリが紙に登場した。
「ふう。なかなか良い出来だと思う」
絵が完成すると、達成感が満たす。
今度は何を描こうか、迷い出す。
「ゴージャズ、を描こう!」
今度はロボットアニメ『勇者シリーズ轟轟轟ゴージャズ』のロボット、轟轟轟ゴージャズの絵を描く。
未経験のロボットのアニメに挑戦する。
ただ、ロボットの輪郭を描く、腕、頭、胴体、足の順番に描く。
だが、うまくいかずにぎこちない絵になった。
「やっぱりロボットは難しいな。標本がないと、描けない」
ページをめくる。次の絵を描く。
今晩、亮は楽しく絵を描いた。描いて、描いて、描きまくる。
気づけば、スケッチブック一冊丸々と描いてしまった。中には前期のアニメから今期放送しているアニメが描いてあった。
気づけば、日にちを跨ぎ、熱中して絵を何枚が描いたのだ。
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