第9話「なぜ、たった一夜の平和すら許されない」




 第三幕



 其の一



 そこにいるものは皆、場違いな侵入者を見る目でロミオを見た。

 そう、このファベーラの裏通りの奥にある広場に相応しいのは、流される血と死を吐き出す銃口の熱であり、愛に酔いしれたおとこの瞳ではない。

 対峙しているのは、ティボルトとマキューシオであり、双方に付き添い人がいた。

 マキューシオの付き添い人は、ベンヴォーリオである。

 ティボルトは、獲物を狙う蛇のような目でロミオを睨み、マキューシオはあから様に舌打ちをした。


「それで、何をいってるんだ、おまえは」


 ディボルトは、毒を吐くような口調で、ロミオを問い詰める。


「簡単なことさ」


 ロミオは、夢見るような口調で語った。


「争いをやめて、今夜は皆、愛するものの元へ帰ろうといったんだ」


 そこにいるものは、全員失笑した。

 ティボルトは唾を吐き捨て、腰の銃を抜く。

 シルバーホワイトの、美しい銃が姿を現す。

 18インチの長大な銃身を持つ、カスタムメイドのその銃は、ロミオの持つ凶悪な銃とは違い優美なスタイルを持っていた。

 しかし、その使用する弾丸は460ウエザビーマグナムという、ロミオの銃よりも強大な破壊力のある銃である。


「寝言にしても、間抜けすぎるぞ、ロミオ」


 月の光に照らされたティボルトの精悍な顔は、血に飢えた爬虫類のように冷酷であった。


「おれの銃は、貴様の血を見るまで、満足することはない」


 ロミオは、薄く笑みを浮かべると、頷いた。


「なるほど、判ったよ」


 ロミオは、懐からナイフを出す。

 ナイフというよりは、短剣といったほうがいいサイズの刃が、月の光を受け冴えた輝きを見せる。

 ティボルトが、嘲笑した。


「ふん、やる気をだしたのかもしれんが、得物が違うぞ」


 ロミオは優しく笑みを浮かべたまま、首を振る。


「いや、これでいい」


 ロミオはその短剣を振り上げ、一切の躊躇いなく自分の左腕に突き刺した。

 短剣は腕を貫き、切っ先を見せている。

 ロミオは、物凄い苦痛に襲われているのだろうが、笑みを浮かべたままであった。

 マキューシオも、ティボルトも、酷くハレンチなものを見せつけられた紳士のような顔で、ロミオを見る。

 ロミオは、額に汗を滲ませたが、涼しげな笑みは消さず一気に短剣を引き抜いた。

 金属質の輝きを帯びた血が、放物線を描き月の光を受け煌めく。


「これで、満足したか、おまえの銃は」


 ロミオは、夢見るような調子でティボルトに囁きかける。


「足りなければ、次は胸を刺そうか?」


「やめろ」


 ティボルトは、生まれてこの方、ここまで恥知らずな行為は見たことがないという顔をして、叫ぶ。


「やめろ、この愚か者」


 ベンヴォーリオがロミオに駆け寄り、無理矢理地面に座らせると、治療を始める。


「おまえは馬鹿者だと思っていたが」


 ベンヴォーリオは、心底うんざりした口調で、ロミオの傷口を消毒し血止めを塗り込む。


「ここまで、馬鹿とは思わなかったぞ、ロミオ」


「すまない」


 ロミオの謝罪を、ベンヴォーリオは鼻で笑い飛ばし、針と糸を取り出す。


「おまえの傷口を縫ってきたせいで、裁縫が上手くなっちまった。全くしまらない」


「すまない」


 繰り返されたロミオの謝罪に対し、ベンヴォーリオは睨み付けて答える。


「謝るくらいなら、傷をつくるな」


「くだらなすぎる」


 ティボルトは、うんざりしたように言うと、銃を納めた。

 そして、振り返り付き添い人へ帰るように促す。

 その背中に、マキューシオが声をかける。


「おい、待てよ、この腰抜け」





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