第12話 贄

 後ろ手に縄で縛られ、木材で組み立てられた台座に座った状態で括り付けられた。闇夜を村人たちが篝火で照らし、ゆっくりと引かれながら荷台はガタガタと揺らして森の奥へと進む。荷台の車が回る音、チリチリと火の粉が燃える音、息づかい以外は聞こえず行列は不気味な沈黙が続いていた。ファルチェは俺の膝の上で丸くなっている。苦しげな様子はないが、目は固く閉じられ目覚める気配はない。

 雷攻撃を使って逃げることも考えたが、首輪のない今の俺にコントロールする術はないと思い知らされたばかりだ。あの威力を放てば最悪、村人を何人か殺してしまう。どうすることもできないまま連れて来られてたのはあのエメラルドグリーン色に輝く沼だった。

「ここが神のおわす聖域です」

 厳かに村長は告げた。生贄たるもの、未知の恐怖に震え青ざめる場面なのかもしれない。いや、確かにさっきまではこれからどうなるのか不安でしょうがなかったが今、頭に浮かぶのはファルチェと食べたナームのことだ。もしかしなくても彼らのいう神はあの沼の主なのでは?

 その守り神、俺がうっかり放った雷撃攻撃で失神したからカバヤキにして食べました、なんて言ったらどうなるのだろう。

 村長は俺の緊張感に欠けた顔が気に食わなった様子で、肩を怒らせて俺の側までくると台座から引きずり落とし、沼のすぐ近くまで引き立てた。膝から転がり落ちたファルチェは地面にぶつかったがそのまま横になっていた。

 篝火が焚かれ、巫女の姿をした老婆が現れると何やら呪文を唱え始めた。彼女に合わせて太鼓の音がドコドコ鳴らされ周囲の村人たちも祈り始める。だがいくら待てども何も起きなかった。文言を唱え終えたのか巫女の声が一旦途切れたが、リピートが始まった。だが何も起きなかった。

 時間に経つにつれ、村人が何かおかしいぞとざわざわし始めた。本来ならばザッパーンと沼から守り神であるナームが現れる予定だったに違いない。

「神は沼の底でお眠りのようだ」

 村長はざわつく村人を鎮めるためもったいぶって言ったが本当はその神、すでに永遠の眠りについており、俺の胃の中で消化を終えてそろそろ腸管でウンコになりかかっている。神がいなければ生贄の必要はないのだから解放してくれないかなという淡い期待は、巫女の発言によりすぐに裏切られた。

「ならば贄を底へとお連れするのじゃ」

「待って待って! 俺を縛ったまま沼に沈める気!?」

 冗談じゃない。思い通りに計画が進まなかった時にありがちの、その場の思いつきの雑判断は心の底からやめて欲しい。

「実は今日、その神っぽいの倒して食べたから、もうここにはいないんだって!」

「神に対してなんという冒涜発言! この不届き者をさっさと沼に放り込め!」

 村長が命じたものの、誰も動こうとしない。何度も贄を捧げてきた場面を見てきたため、沼に近づいたら自分が食われるかもしれないと恐れているのだろう。巫女は素知らぬ顔でまた呪文を唱え始め、太鼓役の人たちは「私にはこの仕事がありますから」とドコドコ一心不乱で叩き、わめく村長を無視して村人は沼から遠く離れた場所で土下座のまま微動だにしない。生贄の俺は放置だ。カオスなこう着状態が続いた。

「いつまでこの茶番を続ける気だい?」

 凛とした聞き覚えのある声がしたと思うと、肩にずしっと重みがかかった。イタチ姿のファルチェがとんと乗っていた。

「ファルチェ!? 体調は大丈夫なの!?」

「演出というやつだよ。あの料理から変な臭いがしたし、食べた時に舌にビリビリと感じたからそれらしい演技をしたのさ。ありとあらゆる未知の味を試してきては何度も死にかけているこの僕が、そう簡単に毒でやられる訳ないだろう」

 ファルチェはふんすふんすと鼻息を鳴らして得意げだった。心配して損した。

「知りたいことはあらかた分かったし、そろそろここからおさらばしないかい? 君が一発、雷撃を放てば終わるだろう?」

「でも俺、首輪がなかったら力を抑えられないまま暴走して誰かを傷つけてしまう」

「大丈夫、恐れなくていい。君ならやれるさ。目を閉じて周囲の光を感じとるんだ」

 縄の拘束から自由になると、言われたとおりに目をつむる。光、光と念じていると暗闇の中、ぼんやりと幾つもの光が輝いているのが見えた。その一つ一つが人が発したものだった。位置が明確に分かる。そうか、あの光を避ければいいのだ。

「さぁ、思いっきりぶちかませ!!」

 血が熱くたぎる。電流が体内に生まれ、大きくなってうねりとなり体を駆け抜ける。

「〝神解け〟!!」

 目を見開いて叫ぶと、一気に雷撃が放出された。

 耳をつんざく音があたりに響き渡る。はじけた雷撃の一部が沼にぶつかると凄まじい音を立てながら沼の底が現れ、吹き飛ばされた水は大きな波を引き起こした。

 ファルチェは人の姿に戻り、力尽きてフラフラの俺を抱えあげるとぴょんと飛び跳ね、近くの枝に飛び乗った。そして濁流から叫んで逃げまどう人々を尻目に、ひょいひょいと枝伝いに森の奥へと向かう。

 薄れゆく意識の中、心地よい脱力感が全身を覆っていた。ああ、思いっきり雷を放つ時の高揚感はなんて気持ちいいのだろう。

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