第5話 予感

 木立の向こうは見通しのよい台地、そしてその先には水平線が広がっていた。雲一つない空の下、青い海をバッグに火花を散らせながら槍使いと重盾と魔道士の三人パーティが巨大な蛇のような敵に立ち向かっていた。

「あれがムドムド……!」

 別名、二つの方向を見つめる者。

 尾の部分にもう一つ顔がついており、その口から吐かれる毒を喰らえば肉は腐れおち骨の髄まで蝕まれるという。手足がなく、樹齢何百年ものの大木並みに胴体は太く、体長はゆうに五メートルはあるだろう。

 戦いは終盤に向かっていた。ムドムドは全身血まみれで苦しそうに喘ぎ、時折よろめいている。目に力はなく、なんとか踏ん張っている状態だ。命の瀬戸際にあるムドムドはあらんかぎりの力を振り絞り、まとわりつくハンターたちを追い払おうと咆哮をあげ猛撃を繰り出す。対するハンターたちは冷静に攻防を繰り返し、じわじわと追い詰めていく。尾の一撃を盾で受け止めた重盾の背から槍使いが飛び出て、槍の一閃を見舞う。少しでも彼らにダメージが入れば即座に魔道士が回復魔法が発動した。三人の連携した動きに無駄がなく、以心伝心で繋がっているようにしか見えない。あれがトップクラスのハンターたちの戦いなのだ。

 そんな彼らの戦いぶりを遠く離れた場所で林の影から二人で見守っていた。

「どうして隠れなきゃいけないのさ?」

「僕、ここの解体班の隊長に嫌われているんだ。非番中だし見つかるとめんどくさい」

 ファルチェは顔をしかめながら言った。視線の先には、同じく彼らの戦いを離れた場所で見届ける例の黒集団がいる。自由気ままなファルチェが一部の同僚から好かれてなさそうなのは納得しかないと言いそうになったけれど、言わぬが花だと判断して黙った。けれど顔にはっきり出ていたのだろう。ムッとしたファルチェにそのでかい尻尾でバシッと容赦なく背中を叩かれた。とても痛い。

「しかし妙だと思わない?」

「妙って何が?」

「本来、ここはムドムドの生息地じゃない」

 言われてみればそうだった。ムドムドは湿地帯で暮らすモンスターで海辺にいないはずだ。追い込まれたとしても距離が遠すぎる。

「まるで誘き寄せられたみたいだ。嫌な予感がする」

 実を言うと、ファルチェのように言い知れない不安を先ほどから感じていた。感情には電気が伴う。雷撃の使い手だからか知らないけれど時折、無意識に人からもモンスターからも感情を受け取ってしまうことがあり、今、まさに死にかけのムドムドからそれを感じていた。うまく言えないけれど、感情が乱れていて焦燥感の中に無数の喜びをビリビリ感じる。死を前にどうしてそんな感情を抱くのかまるで分からず不気味だ。

 その時、槍使いの放った一撃によりムドムドの首が飛んだ。制御を失った体はグラグラ揺れて地面にどおんと倒れる。

 しばらくじたばたと胴体が揺れていたが、やがて動かなくなった。命の灯火は消えた。そのはずなのにムドムドの信号は鳴り止まない。むしろ一層ざわめきは大きくなり、強い信号を何かに向けて発している。

「どうしたの、初心者くん? 顔が青いよ。また死体にビビった?」

「違う。あいつは死んだけれどまだ生きている。頭の中に何かがいっぱいいる」

「頭の中?」

『ファルチェ副隊長!』

 頭上から大きな声がした。見れば黒いカラスがファルチェに向かって飛んできて、彼の肩にとまった。通信用の使い魔だ。

『精密検査に回していた例のヨロイザルの頭部を割ったところ、脳内から見たことがない寄生型モンスターが多数発見されました! おそらく大陸産かと。線虫のような形状で交接刺こうせつしと思われる構造物を有していることから雌雄異体のオスと推定します』

「脳に寄生虫だって? 生息地にいないはずのモンスター、死んだはずなのに生きている死体……想像が当たっていたら厄介だぞ、これは!」 

 ファルチェは林を抜けて一目散にムドムドの頭へ走り出した。

「ファルチェ!?」

 見つかったら面倒臭いんじゃないのかと思いながら慌てて彼を追いかける。追いついた時には彼はドムドムの頭に飛び乗り、背中の鎌を両手に携え、構えた。

「〝双月!〟」

 鎌がムドムドの頭を一刀両断し、頭がカパリと開いて脳みそが現れた。ファルチェは何をしたいのかと脳みそを見ると、小さな穴がいっぱい空いている。脳みそってこんな形だったかと見ていると、その小さな穴の中から白い虫がピョコッと出てきた。背筋が泡立つ。脳にできた穴に虫が巣食っている。それも一匹や二匹のレベルじゃない。穴一つ一つに虫がいると考えると相当な数がいる。信号を放っていたのは間違いなくこいつらだ。

「な、なななにコレ……!?」

「ヨロイザルの脳に寄生していたのと同じモンスターだ。あいつも本来の生息地から離れた場所にいて気になっていたんだ。寄生虫の中には、わざと食べられることにより、宿主の体を乗っ取るタイプがいる。こいつらもそうだろう」

「じゃあ本来、海にいないはずのムドムドがここにいるのは、この白い虫に操られたからってこと? でもどうして海へ?」

「それは……」

「ファルチェ副隊長! 一体何のマネですか、コレは?」

 背後から鋭い男の声が聞こえた。見れば俺とファルチェとドムドムの頭を、あの黒集団がいつの間にか取り囲んでいた。解体処理班だ。戦いを終えたハンターたちも困惑げにこちらを見ている。その中の中年男性が、ファルチェに詰め寄っていた。全身を覆った黒いマントの下から白銀の鎧が見える。フードからのぞく顔は偉そうで神経質そうで、胸に一際輝く紋章を胸に掲げているから例の隊長だろう。飄々ひょうひょうとしたフォルチェとは絶対に馬が合わなそうだ。

「乱入してきたかと思えば、まだ検査をしていないモンスターを勝手に切り刻んで! また始末書ものですよ? どういう訳か説明してください!」

「詳しく説明している暇がない。大陸産の寄生型モンスターにより、ここ一帯の中型モンスターが汚染されている恐れがある。海からどでかいのが来るぞ! 総員、武器を構えよ!!」

 一体、何のことだと彼らの顔に戸惑い、困惑が広がる。だがそれは一瞬のことだった。その場にいた全員がすぐさま異常事態の気配を感じとった。

 海を見れば水平線からこちらに向けて猛烈なスピードで向かってくる何かが見えた。初めは点にしか見えなかったのに、波打ち際に来る頃には十メートルを遥かに超えていた。誰かが「ひっ」と声を漏らした。海に潜んでいたそれは、水しきぶをあげて現れた。

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