29.

 


「もしこの時の名探偵ホームズの”台詞”が、……どうかしら?

 もしも名探偵ホームズが言っていた『英国で最も尊敬される方々―”one of the most revered names in England”―』が――”ロンドン警視庁-スコットランドヤード-”のことを示しているとしたら?

 もしも名探偵ホームズが言っていた『恐喝者―”blackmailer”―』が――英国警察に犯行声明文を突きつけて、英国市民を恐怖に陥れていた――””――のことを示しているとしたら?」




■29.八つの署名 -The Sign of Eight-




「……なるほど。たしかに、この二つの時系列表を見比べてみると――”切り裂きジャック”事件における犯行声明文”親愛なるボスへ”が新聞社に届いたのは九月二十七日。そして”第三・第四の殺人事件”が起きたのは九月二十九日から三十日未明にかけて……。いずれもすべて九月末頃の出来事だ。もしこの時期に名探偵ホームズが――”英国警察を恐喝する犯罪者を捜査している”――と周囲に告げていたのであれば、それは――”切り裂きジャック”事件を意識した言葉である可能性が非常に高いかもしれない…っ…」


「つ、つまり名探偵ホームズは、あの時ホントに”別の恐喝事件”を…――、

 あの”切り裂きジャック”事件を――『バスカヴィル家の犬』事件と同時並行して捜査していたかもしれないってことですか…っ…!?」


 あいり先輩の”考察”を聞いて、めぐみが興奮したように「すごいっ」「面白いですっ」と褒めちぎる。

 うむ。たしかに実に興味深い”考察”ではあるな――と思っていると、フフッと勝気に微笑むあいり先輩と視線が合う。むっ、何かイヤな予感がするぜ……。


「ふっふっふっ、わたしの”推理”に驚くのはまだ早いわよ!

 ここからは、めぐみちゃんの”アセルニ・ジョーンズ警部”の考察を聞いてから思ったものなんだけど……。ところでワトスン君、あなたの今期の論文テーマって、たしか――”私立探偵シェリングフォード実在説”――だったわよね!?」


 おおう。なんか知らないが俺に”お鉢”が回ってきやがった……。

「まあ、そうですけど……それがいま何か関係がありますか?」


「関係大アリよ! たしかワトソン君が提唱している――”私立探偵シェリングフォード実在説”――その内容って、ドイル氏が探偵小説を執筆するにあたり、取材協力してくれた”私立探偵シェリングフォード”が本当に実在したのではないかってヤツよね? もしその”考察”を肯定するならば…――

 作中に登場する”スコットランドヤードの警部”たちにも――”実在の人物”――がモデルとして生きていた可能性があるわよね!?」


「はあ、たしかにそういう”論考”で進めようとは思ってますが…――ってまさか!?」

 あいり先輩の勢いに押されながら質問に答えていたその時――あいり先輩の”推理”に俺も辿りつく。



「ふふん、わたしの”推理”はこうよ――!!

 名探偵ホームズと同様に――のよ!!」



「えっ、え、えええっ!?」

 あいり先輩の”推理”を聞いて、めぐみが驚愕の声を上げる。

 なるほど。やはりそういう”推理”をしてきたか――!!

 あいり先輩の方を見ると、いつもの腕組みした状態でフンスッと鼻息を荒げている。さすが残念美人、ぶれない。


 あいり先輩はそのまま不敵に微笑むと――悠然と説明を続ける。

「一八八八年の十月十九日、無事に『バスカヴィル家の犬』事件を解決したホームズ達は、数日後には首都ロンドンに帰還すると、いよいよ満を持して”切り裂きジャック-Jack the Ripper-”事件の捜査に乗り出すことになるわ! そして時は”一八八八年十一月九日”――猟奇殺人鬼”切り裂きジャック”による最後の犯行【第五の殺人事件】を手がかりに、ついに名探偵ホームズが”切り裂きジャック”と対決するの! その最終決戦の場には、きっと『バスカヴィル家の犬』事件でも捜査協力してもらった”アセルニ・ジョーンズ警部”――実際には”アセルニ・ジョーンズ警部”のモデルとなった人物が、その”切り裂きジャック”を逮捕する現場にいたのよ!

 そして”切り裂きジャック”と死闘の末――”アセルニ・ジョーンズ警部”が殉職してしまうのよ!!

 で、そのことによって『バスカヴィル家の犬』が”哀しみの記憶”になってしまったホームズ達は、この事件の記録を公表できるぐらいに”心の傷”が癒えるまで――”十三年間”を要してしまったのよ!!」


 あいり先輩が自信満々になって”推理”を披露する。

 それを聞いていためぐみは「はぁーいい話でずねぇー」と涙目になって感動している。おいマジか。


「いや、あいり先輩。もしそれが事実なら……ワトソン博士は故人の名前を”レストレイド警部”にわざわざ書き換えた事になりませんか? それは何だか違和感あるような…――」


「あん? なぁにワトスン君、わたしの”推理”にケチつける気ぃ?」

「うわぁワトスン先輩、血も涙もないですねぇ……」

「いやなんでそうなるんだよ!?」


 あいり先輩とめぐみから謎の批難を受けてしまうが――まあいいか。

 しかしあいり先輩の”推理”も……”いい線”までいっていたようには感じた。


 ただやはり気になったのは――

 ワトソン博士が、なぜ”アセルニ・ジョーンズ警部”の名前を書き換える必要があったのか――ということだな。別に悪いことをしたわけでもないのに……。

 それにそもそもだ。名探偵ホームズが”切り裂きジャック”を逮捕したのならば、ワトソン博士や『ロンドン警視庁-スコットランドヤード-』が、その功績について”何も発表していない”っていうのもおか…し…い――



「――…っ!!?」

 その瞬間――俺の脳内でひとつの可能性が浮かび上がる。

 俺の記憶の中にある――今日これまでの”考察”が次々と再生されては消えてゆき…――ひとつの”真実”へと紡がれてゆく。



 ◇


『――っていうことは、ワトスン君たちは『バスカヴィル家の犬』事件に登場する”レストレイド警部”が――実は”アセルニ・ジョーンズ警部”だった――って考えているわけ!?』


『なぜワトソン博士は――『バスカヴィル家の犬』事件を”十三年間”も公表しなかった――のでしょうか?』


『やはり一番ありえるのは――”事件を公表することで、社会に悪影響を及ぼす可能性があったから、ワトソン博士達が自主的に雑誌掲載を差し控えた――とかじゃないですか?』


『つ、つまり名探偵ホームズは、あの時ホントに”別の恐喝事件”を…――あの”切り裂きジャック”事件を――『バスカヴィル家の犬』事件と同時並行して捜査していたかもしれないってことですか…っ…!?』


『名探偵ホームズと同様に――”アセルニ・ジョーンズ警部”にも”モデルとなった警察官”が実在したのよ!!』


『ワトソン博士は故人の名前を”レストレイド警部”にわざわざ書き換えた事になりませんか?』


『ついに名探偵ホームズが”切り裂きジャック”と対決するの!』


 ◇



   ◇◆ ◇◆◇ ◆◇


「他の要因を取り除いていけば、残った一つが真実でなければならない -”Eliminate all other factors, and the one which remains must be the truth.”-」


 <シャーロック・ホームズ第二長編『四つの署名-The Sign of Four-』より>


   ◇◆ ◇◆◇ ◆◇




 俺は自分の脳内で提唱された”推理”を何度も考察する――。

 そんな俺の様子を見て、何か”考察”が閃いたのだと察したあいり先輩とめぐみが、静かに”俺の言葉”を待ってくれる。そして…――俺の言葉を聞いた瞬間、驚愕に息を飲むことになる。




「もしも殺人鬼”切り裂きジャック-Jack the Ripper-”の正体が…――”アセルニ・ジョーンズ警部”――だったとしたら…ッ…!?」



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