18.<-Stanley Hopkins-><-Bradstreet->

 


■18.八つの署名 -The Sign of Eight-





「えっと、次に紹介するのが、名探偵ホームズを尊敬する若い刑事さん――”スタンレイ・ホプキンズ警部”――です!」



 ◆◇◆


【2】スタンレイ・ホプキンズ警部<-Stanley Hopkins->


◆『ブラック・ピーター』他三作に登場する。

 『スリー・クォーターの失踪』事件でも名前だけ登場する。

 彼が登場する作品は、すべて第三短編集『シャーロック・ホ-ムズの帰還』に収録されている。”ホームズシリーズ”の中期に登場した準レギュラー警部。


◆名探偵ホームズは、ホプキンズ警部の将来性を高く評価しているようで、ワトソン博士は『ブラック・ピーター』にて「ホームズは彼(=ホプキンズ警部)の将来を有望視していた」と語っている。

◆一方のホプキンズ警部も、『ブラック・ピーター』におけるワトソン博士曰く「そのお返しに、彼は著名なアマチュア探偵の科学的な手法を賞賛し、弟子として尊敬している事を公言してはばからなかった」と語られている。


◆ワトソン博士は『ブラック・ピーター』にて、ホプキンズ警部のことを「三十歳くらいの非常にテキパキした男で、地味なツィードのスーツを着ていたが、制服を着慣れた人物らしく、しゃんと背筋を伸ばしていた」と表現している。


 ◆◇◆



「次は、名探偵ホームズを尊敬する好青年――”ホプキンズ警部”だわね!」

 ノートにまとめられた”ホプキンズ警部”の内容を読んで、あいり先輩がニカッと微笑む。


「たしかこの『ブラック・ピーター』事件では、ホームズが真犯人を逮捕した直後、まったく見当違いの犯人を追っていたホプキンズ警部が「何と言ったらいいか、ホームズさん、どうも私は最初からまぬけなことをしてしまったようです。忘れてはいけなかったのですよね。わたしが生徒で、あなたが先生だということを」と顔を真っ赤にしながら謝るのよね。いかにも”新人刑事”って感じがして、かわいいわね!」


「その後、名探偵ホームズが「まあ、まあ、何事も経験だよ。今回の君の教訓は、決して別の可能性を見失ってはいけないということだね」と上機嫌に諭しているのも印象的だな。名探偵ホームズと”スコットランドヤードの警部”たちは、互いに軽蔑し合っている事が多いから……良好な人間関係を築けている”ホプキンズ警部”はすごく稀有な存在に思えるな」


 俺がノートを見ながら返事すると、あいり先輩とめぐみが「そうそう」と同意する。

 ホプキンズ警部が登場する『アビィ農園』では、ホプキンズ警部から捜査の協力依頼の手紙を受け取ると真冬の早朝にも関わらずワトソン博士を叩き起こして列車に飛び乗っている。そして列車内にて名探偵ホームズは「ホプキンズからは、これまで七回お呼びがかかったけれども、毎回、呼ばれるだけの理由があった」とワトソン博士に語っており、良好な信頼関係が伺い知れる。

 ちなみにこの時、名探偵ホームズは「彼(=ホプキンズ警部)の事件は全部、君のコレクションに入っているのではないかな」とワトソン博士に語っているが、実際にワトソン博士が回想録として発表したのは『ブラック・ピーター』『金縁の鼻眼鏡』『アビィ農園』の三つのみであり、残りの四つは”語られざる事件”入りしてしまった模様。これ気になるよなぁ……。



 そんなことを俺が考えていると――めぐみがノートをめくりながら元気に言った。

「次に紹介するのは、”ちょい役”で人気のおじさん警部――”ブラッドストリート警部”――です!」




 ◆◇◆


【3】ブラッドストリート警部<-Bradstreet->


◆『唇のねじれた男』他三作に登場する。

 なお『青いガーネット』では、新聞記事に掲載された氏名だけの登場。

 彼が登場する作品は、すべて第一短編集『シャーロック・ホ-ムズの冒険』に収録されている。”ホームズシリーズ”の初期にちょくちょく登場した名”脇役”の準レギュラー警部。


◆ブラッドストリート警部が初登場した『唇のねじれた男』では、ワトソン博士によって「背の高くて、どっしりと体格の良い警察官が、ひさしの着いた帽子と飾りボタンがついた上着を着て」と描写されている。

◆なお、英国雑誌『ストランド・マガジン』に掲載されたシドニー・パジェット氏の挿絵を見てみると、ブラッドストリート警部は『唇のねじれた男』でも『技師の親指』でも同じ”軍服風の制服”を着ている。一見すると”制服警官”のように思えてしまうが、当時のスコットランドヤードの警官制服とはデザインが異なるため、おそらく単純にブラッドストリート警部の”お気に入りの仕事着”のようである。パジェット氏の挿絵だと立派なヒゲもたくわえており、かなりイカツい体育会系おじさんに見える。


◆ブラッドストリート警部は『唇のねじれた男』事件の真相――乞食のヒュー・ブーンの正体が、行方不明になっていたセントクレア氏の変装であること――を、名探偵ホームズが目の前で解明すると「私は二十七年警察にいますが、こんな”並はずれたtakes the cake”事件は初めてですな」と驚いている。この発言から、ブラッドストリート警部が中年のベテラン警部である事がわかる。


 ◆◇◆



「あらっ、ブラッドストリート警部が登場する話って『唇のねじれた男』や『青いガーネット』なのね。どちらも私の大好きな話だわ!」


 ノートに書かれた”ブラッドストリート警部”の項目を読みながら、あいり先輩が上機嫌に微笑む。

 ふむ。たしかにどちらの事件も”殺人が起きないコミカルな内容”だから、児童向けのコミカライズ等でも定番の人気作品だ。だからこそ”ちょい役”にも関わらず、ブラッドストリート警部は意外と知名度が高かったりする――と思う。俺の感覚では。


「あ、ちなみにですね…っ…」

 そう言いながら、めぐみがノートをぱらぱらと捲り上げる。


「ブラッドストリート警部が初登場した『唇のねじれた男』を読むと、ブラッドストリート警部は”ボウ街の警察裁判所”に勤めている事がわかります。で、当時のスコットランドヤードはロンドン市内を二十二管区に分けて、担当警部を配備していました。そうするとブラッドストリート警部は、ボウ街のある”E管区”が管轄地区という事になります――が。コスモポリタンホテルで起きた宝石盗難事件を発端にした『技師の親指』事件では、新聞に”B管区のブラッドストリート警部が捜査している”と報じられています」


「あら、管轄地区が変わってるのね?」

 めぐみの話す内容に、あいり先輩が相づちを返す。


 俺はそれを聞きながら――おもむろに立ち上がると、森谷もりや教授の書庫をガサゴソを探り始める。そして目当ての本――”英国イギリスロンドン市内の地図”――を持ち出すと、机の上に広げた。


「ふむ。まず”ボウストリート”は――現在でも、ロンドン中心部にある特別区”シティ・オブ・ウェストミンスター”の大通りの名称として残っているな。ここは英国イギリス警察の前身である”ボウ・ストリート巡察隊ランナーズ”の発祥の地であり、『ロンドン警視庁-スコットランドヤード-』の本部が置かれた地区でもある」


「ここって英国議会議事堂の”ウェストミンスター宮殿”や、愛称”ビッグベン”の時計塔がある地区だわね!」

 俺の広げた地図を見ながら、あいり先輩が合いの手を入れてくれる。


「一方、コスモポリタンホテルがある”B管区”は……ボウ街のある”E管区”よりもっと西側、現在でいえば”ハイドパーク”の南側に広がる高級住宅街”チェルシー”辺りですね。なるほど、たしかに”同じ警部ブラッドストリート”が管轄するには、随分と距離が離れてるな……」


「それならワトソン君、もっと単純に”人事異動で管轄地区が変わった可能性”はないのかしら?」


「あっ、えっとですね、『唇のねじれた男』事件は、冒頭で”一八八九年六月に起きた”と記述されています。一方で『青いガーネット』事件は発生年が明記されていません。ただっ、初期に公表された事件である事と、まだワトソン博士がメアリー夫人と結婚しておらず、ベーカー街でホームズと同居している事から”一八八九年に起きた事件”という説が一番有力視されているそうですっ」


「あら、それじゃあ……やっぱりおかしいわね?」

 あいり先輩の疑問に、めぐみが応答すると――俺たちは同じ様に小首を傾げた。

 たしかにそれほど近い時期に起きた”ふたつの事件”であれば、その短い期間に”ブラッドストリート警部”の管轄区域が変わっているのは、偶然が過ぎる気がする。


 そうするとなにか、ブラッドストリート警部は自分の管轄区域外で捜査活動していた事になるのか?

 俺がそんな事を考えていると――めぐみがポンと手を叩いた。



「……あっそうだ、スコットランドヤードの”管区”の話が出たので、ついでに報告しますね。えっと、ロンドン郊外の英国南西部ダートムアで起きた『白銀号事件』に登場する――”グレゴリー警部”――なんですが、この警部さんは明言こそされてませんが、スコットランドヤード所属の可能性が大いにあると言われていますっ。今回は枠外にしちゃいましたけど」



 グレゴリー警部<-Gregory->

 『白銀号事件』に登場した警部で、ワトソン博士は初対面の”グレゴリー警部”のことを「背が高く、髪と顎鬚がライオンのような金髪の男で、好奇心豊かで洞察力のありそうな空色の瞳をしていた」と表現している。また、ワトソン博士は”グレゴリー警部”のことを「イギリス警察の中で急速に評判を高めている人物だ」と紹介している。


「あらっ『白銀号事件』と言えば――”吠えなかった犬”――の推理で有名な話よね。あの会話の相手、その”グレゴリー警部”だったのね!」


 めぐみの補足説明を聞いて、あいり先輩が”打てば響け”のごとく答える。

 ちなみに、あいり先輩が言っている――”吠えなかった犬”――とは『白銀号事件』の終盤で、名探偵ホームズとグレゴリー警部が交わした推理話である。



   ◇◆ ◇◆◇ ◆◇


「ほかに、私が注意すべき点はありますか?」とグレゴリー警部が尋ねた。

「あの晩の犬の奇妙な行動だ」

「あの夜、犬は何もしませんでしたが」

「それが奇妙なのです」とホームズは言った。


 <第二短編集『シャーロック・ホームズの回想』収録~

  『白銀号事件-Silver Blaze-』より>


   ◇◆ ◇◆◇ ◆◇



 この会話で名探偵ホームズは――名馬”白銀号”が厩舎から盗まれた夜、番犬が吠えなかった事から厩舎内の関係者の犯行である事を見抜いたと伝えている。この「”何も起きなかった”という事象が起きた」という推理論法は、後世の推理ものに多大な影響を与える事となったのは言うまでもない。以上、余談である。



「えっとですね。ロンドン特別区外で起きた事件を『ロンドン警視庁-”スコットランドヤード”-』が捜査することは本来ありません。ただし、英国イギリス全土におよぶ広域捜査になる可能性がある事件の場合は、『ロンドン警視庁-”スコットランドヤード”-』が捜査に乗り出すケースもあったそうです。

 で、この『白銀号事件』は競争馬の盗難事件なので、密輸先として英国全土の広域捜査になる可能性が十分にありました。なので、明言はされてませんが……”グレゴリー警部はスコットランドヤードの警部だったのかも?”……と考察するシャーロキアンの方もいるそうですっ」


 めぐみの補足説明を聞いて、あいり先輩と俺が「なるほどね」と頷き合う。

 当時の”スコットランドヤード”の管轄区域を調べて、登場する警部の担当管区を事件の場所から推測して”適合性”を調べてみる――なるほどそれも面白そうだな。いわゆる”ホームズ地理学”の分野だと考えれば、非常に興味深いが…――


「……これを調べだすと”沼”にハマりそうだから、いったん保留しないか?」

「そうね!」

「そうしましょうっ」


 俺の提案に、あいり先輩とめぐみが苦笑しながら賛同する。

 まあ時間は有限だし仕方ないよな。また今度ってことで。



「それでは、次に紹介するのが――”ジョーンズ警部”――です!」



   ◇◆ ◇◆◇ ◆◇


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