第2話 忘れ去られた公園と謎のクリーチャー

「多分だけど、ほら、一週間前くらい?」

「え?」

「それまでは普通だったぞ。それからだからな」

「そ、そうなんだ?」


 知らなかった。忘れっぽくなったのがそんな急だったなんて。それって、やっぱり病気みたいなものなのかな? たった一週間でそんなにひどくなるだなんて。もしかしたら、これからもっと悪化してしまうのかも知れない……。

 そう考えたらすごく怖くなって、僕は一言も喋れなくなってしまった。


「でも気にすんなよ。きっと治るって」

「そ、そうかな?」

「勝手に忘れっぽくなったんだ、勝手に治ってもおかしくないだろ?」


 きっとそれがサトシの優しさなんだろう。なぐさめの気休めだって分かっていてもちょっと嬉しい。

 でもきっとこの言葉もその内に忘れてしまうんだと思うと、やっぱり淋しかった。大切な言葉はずっと覚えていたいのに。


「ほら、着いた、ここだよ」

「ええっ、何ここ……」


 友達が案内してくれたのは遊具が沢山並んだ、けれど全く管理されていない公園。地元の近くにこんな場所があっただなんて。


「ここは昔はちゃんとした公園だったらしいぞ。でも街自体がなくなって、それでこうなったんだとさ」

「何だか淋しいね」


 サトシの話によれば、かつてここにはある程度の規模の集落があって、それなりに賑わっていたらしい。それが、何かよく分からないけど暮らしていけなくなって、みんな街を捨てて一斉にどこかに引っ越してしまったのだとか。

 この公園は、言ってみればその街の忘れ物のひとつなのだそうだ。


「でさ、誰も来ないからちょうどいいじゃん?」

「この遊具とか、今でも遊べるのかな?」

「遊べる遊べる。うるさい大人がいないから好きに遊べるぞ」

「おお、やったぁ!」


 そこにあったのは、今では危険だからと普通の公園では見かけなくなった面白そうな遊具ばかり。回転ジャングルジムに箱型ブランコ、シーソー、他にも沢山。僕達は目を輝かせて遊びまくった。楽しかった。ずっとここにいたいくらい面白かった。

 僕は笑っていた。サトシも笑っていた。気がつくと西の空が紅く染まっていて、カラス達の鳴き声も聞こえてきた。あっと言う間に夕方になってしまったのだ。


「今日はここまでにすっか」

「うん、そうだね」


 遊び疲れた僕達は帰る事にする。今日の事はずっと覚えていようと思った。帰り道、何かが僕を見つめていたような気がしたけど、振り返ってもそこには何もいなかった。

 サトシとは家の近所まで来たところで別れる。僕を心配しているのか、ずっと手を振って見送ってくれていた。家まで後少しと言うところで、僕はふと立ち止まる。


「あれ?」


 それは突然だった。さっきまで楽しかったはずなのに。その記憶がすっぽり抜け落ちている。どうして今自分が外にいるのかも分からない。

 一応自分の家は覚えていたので、そのまま玄関に入って自分の部屋までは辿り着く。見つかったノートには、今日何をするかの予定は書かれていない。それもあって、僕は今日一日何をしたのか何も思い出せなかった。



 日に日に激しくなっていく物忘れ。怖くなった僕は、次の日学校をズル休みした。どうせ授業を受けても、その日の内に全部忘れてしまう。教科書やノートを見てもピンとこない。何だか生きていく自信がなくなっちゃった。

 このまま大人になったらどうなってしまうんだろう。そもそも、僕は大人になれるんだろうか――。


「何や、今日は出かけへんのかいな」


 その声が聞こえたのは、ズル休みして布団に潜っていた時だった。朝の内は眠れていたものの、流石に病気でもないので昼にはどうしても目が覚めてしまう。そのタイミングで聞き慣れない声が聞こえてきたのだ。僕の部屋に誰かが、いや、『何か』がいる。

 最初は怖くて布団をかぶっていたものの、その声の正体を知りたい好奇心も膨らんできて、ちらりと布団の隙間から声がした辺りの様子をうかがう。


「な~んも新しい事を知ってくれんかったら、こっちもちょっと困るんやけど」


 そいつはいきなり僕の顔を覗き込んできた。突然のドアップに、僕は驚いて大声を上げる。


「うわあああああああああ!」

「やかましわっ!」


 その声にびっくりしたのか、何かはいきなり僕をコントのツッコミみたいな勢いで叩いてきた。静かな室内にパァンと景気のいい音が響く。

 この衝撃で僕は完全に目を覚まし、ツッコミを入れてきた関西弁の正体を確認した。


「何や? 何がオモロイねん」

「えっ?」


 目の前にいたのは、全身が緑色のぐにゃぐにゃしたよく分からない生き物。これって、アレかな? ゲームとかでよく見る――。


「誰がスライムや!」


 まだ何も言っていないのに、その何かはまた僕を叩いた。叩かれた方向に顔を向けると、そいつの手っぽい部分がハリセンを握っている。それが分かった時点で、僕は考えるのをやめた。


「お前、急に見えたんやろ。まぁ気にすんな」

「えっと……」

「ワシか? ワシの事はリチャードって呼んでええで」


 どう見てもクリーチャーな自称『リチャード』は、そう言って顔らしき部分をぐにゃりと歪ませる。気持ち悪くもどこか親しみを抱かせるこの異形の存在に、僕は恐る恐る質問をする事にした。


「あ、あの……前からここに?」

「せやで。来てから一週間ってところやろか」

「何しにここに?」

「わいな。恥ずかしい話やけど、逃げてきたんや」


 気持ち悪いクリーチャーも話してみると結構気さくで、印象はそこまで悪くない。体をぐにゃぐにゃと動かしながら、僕の質問にも素直に答えてくれる。

 話し方が面白かったのもあって、つい夢中になって会話を楽しんでいた。

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