第14話 マイナスかけるマイナスたすマイナス



 俺に渡された二枚のポップアップウインドウ。

 そのうち一枚はヴォーパル系美少女の鹿間だ。


『名前:鹿間千百合(17)

 種族:人間 ♀

 能力:ハチャメチャ

 健康:恋は盲目(フェロモン)

 備考:処女

    暗殺者一家のサラブレッド

    好きな子をいじめちゃうタイプ』



「いじめちゃう!? そんな可愛らしいもんじゃねぇ! 首絞められるし! クナイでクリティカルされるし! そんな照れ隠しがあってたまるかッ!」


 いやまぁゾディアック系サラブレッドだしもしかしたら俺の常識を当てはめちゃいけないのかも知れないけども。家庭の事情でね。

 呪いが解けて股間が爆発しなくなったらちょっと聞いてみたい気もするけど、何か触っちゃいけないところに触れそうなので止めといた方が無難だろうな。


 三峰先生と鹿間のステータスを見たところで、残る一枚。

 誰のだろう、と視線を向ければそこには知らない名前が記されている。スマホを何やら操作したレリエルが補足を入れてくれる。


「あ、これバレー部の子ですね……優斗さんとは体育館の舞台袖で接触してるはずです」


 あ、生着替なまきがえの子ね。

 誤解とはいえ怖い思いをさせちゃって申し訳ない反面、人のことを変態扱いしてくる酷い人でもある。


『名前:獄門ごくもん友香子(16)

 種族:人間 ♀

 能力:ひかえめ

 健康:軽度洗脳(PTSD+フェロモン)

 備考:処女

    単純一途』


「優斗さん……」

「やめて!? 汚いもの見るような視線を向けないで!?」

「いやだって、二人から逃げるとか仰ってたのに、女の子を洗脳する余裕があったんですね……」

「違ェよ!」


 多分だけど股間が破裂した時のトラウマでメンタルがおかしくなったところに【魅惑のフェロモン】がキマったということだろう。

 っていうかそれ以外に考えられない。


「まぁどちらにせよ、状況は悪化していってますねー。優斗さんの【魅惑のフェロモン】のせいで死に戻りを重ねるごとに好意は大きくなっていくはずです。ましてや無関係な第三者にまで影響が出始めてるわけですし」


 レリエルの癖に論理的な思考ができてやがる……!

 戦慄せんりつしながら彼女に視線を向けると、


「だ、駄目ですよ!? いくらレリエルちゃんが可愛くて美人でプリティ・スイート・ハートだからって【魅惑のフェロモン】で無理矢理好意を持たせようなんて無理ですからね!? 天使にはそういうスキルは効かないんです!」

「あ、いつも通りだわ」

「いつも通り!? つまり強引に無理矢理ってことですかこのケダモノ! 変態! 白神優斗!」


 やかましい。

 一回もそういうことしたことないのに、どこがいつも通りなんだっつうの。


「まぁでも、これは逆に良いのかも知れない」


 やや強引だしあまりいい方法ではないけれども、何となく作戦が立った。

 実行するのは骨が折れそう――正確には心が折れそう――だけども、正気を失った人が相手なのだから仕方ないだろう。


 は、と短く息を吐いてから、俺はレリエルに確認のために質問をするのであった。




 ……。

 …………。

 ………………。


「待てェ白神ッ! よくも私を売ったなァ!」

 

 レリエルがパフェを食べる食堂。一歩も逃げなかった俺は今まさに生命の危機を迎えようとしていた。

 真正面、こめかみにハイキックをぶち込もうとする鹿間に、精一杯の命乞いをする。


「ごめん鹿間ッ! ついいじめたくなっちゃって!」


 ぴたり、とつま先が眼前で止まる。

 鹿間は信じられないものを見るような、何かに気付いてしまったような、そしてちょっと期待するような表情を俺に向けた。

 急にうるみだした瞳で俺を見据みすえると、


「つい、いじめたく……?」

「そうそう。ほら、何か恥ずかしくなっちゃって」

「えっ……いや、そんな……急に言われても困るっていうか、その、」


 足を降ろすとスカートを整え、鹿間はもじもじしながら視線を逸らした。

 鹿間の脳内では現在、ある疑問が渦巻いているはずだ。


 すなわち、もしかしたら白神って私のこと好きなんじゃないだろうか、である。


 何しろ、鹿間は好きな子をいじめたくなっちゃうタイプだ。俺が『ついいじめたくなっちゃって』と発言したことで、鹿間の中ではそんな論理展開が行われている可能性が非常に高い。


「俺、学生の間はそういうのは無しって決めてて……だからあんな中途半端と言うか、意地悪な感じになっちゃったんだ」

「……白神って大学行くつもり?」

「まぁ、一応考えてるけど」

「そっか。じゃあ、五年後、ってことか」


 頬を赤らめた鹿間の脳内で何が展開されているのか分からない。五年後に何をどうするつもりなのかもわからない。


 正直かなり怖いし早まった気もしないでもないけれども、この後の三峰先生のことを考えるとコレ以外に解決方法が思い浮かばなかったのだから仕方ない。


「と、とりあえず落ち着いて話せるところに行かないか?」

「えっ……うん、良いけど。人がいない場所ってことだよね?」


 ちょっとまって。

 なんでソワソワしながら髪の毛整えたりしてるの!?

 下着の色は、とか呟きながらブラウスの中を確認するのやめて!?

 早まった? 早まっちゃったか俺!?


 背中に嫌な汗を掻きつつも待てば、当然ながら超人的な第六感を得た三峰先生が学食へと姿を現す。


「若い二人で補習をサボってェ良い空気吸って幸せ空間作るつもりですかァ……? ついでに子供もつくっちゃったりなんかして、私に名付け親とか仲人とか頼む気じゃないだろうなァ?!」


 思わず喉から悲鳴が漏れそうになるが、必死に堪える。

 いや、もうコレ人間辞めかけてるでしょ?!


「学校はツガイつくってサカるとこじゃねぇんだよぉぉぉぉぉ! どいつもこいつもさっさと彼氏つくって幸せそうにしやがってぇぇぇぇぇ!」


 嫉妬と【魅惑のフェロモン】でバグったのか、意味不明な嫉妬をえる三峰先生の背後には夜叉やしゃらしき何かが幻視できた。

 絶対的強者を前にした動物的な本能に、俺の身がすくむ。


 しかし、俺をかばうように前に出た人物がいた。


 ――鹿間だ。


「もう先生! いくら私と白神が超絶お似合いで相思相愛なカップルだからってそんな関係じゃないですよぅ。――五年後までは♡」

「五年後めでたくゴールインってかァ!? 恋愛を甘く見るなよ鹿間! 白神も大学やら就職で色んな出会いを経てさっさと破局するに決まってるだろうがッ!」

「な、何言ってるんですか! そんなわけないじゃないですか! もしそんなことになったら――ねなきゃいけないじゃないですか!」


 前略、クソ親父。

 ……異次元の生命体が理解不能な言語で会話をしています。

 あなた譲りのあんまり賢くない頭をひねって問題解決をはかった結果がこれなんですけど、もうちょっと頭良い遺伝子が欲しかったです。かしこ。


 現実逃避をしている内に話があらぬ方向に逸れたらしい。


「そもそも白神は私とイケない補習授業をする予定なんだよ! 庭付きの広い一戸建てでおっきなワンコをもふもふしながら二人の子どもと幸せに暮らす予定なんだよッ!」

「平成初期のテンプレみたいな家庭ですね。おっとすみません、先生の年代だとそれがオーソドックスなんですよね」


 ビキリ。

 三峰先生のこめかみから、人体からは聞こえてくるはずのない音が聞こえた。


「年齢マウントか小娘……鼻からタピオカ流し込んで映え写真SNSで拡散するぞ!?」

「ぷぷっ……写真じゃなくて画像ですよね? あ、フィルムカメラ時代の人は写真って言うのが普通かも知れないですけど」


 バシンッッッ!!!


 強烈な破裂音が響く。パフェを食べていたレリエルが驚いて俺の股間を見るけど、そこじゃないです……音の発生源は三峰先生だ。


 なんと、こめかみから捻じれた角が生えてきていた。


「ゆ、優斗さんッ! 封印が!」

「マジか……!」


 三峰先生の中に封印されていた悪魔、レヴィアタンの封印が解けたらしかった。戦慄する俺とレリエルをよそに、鹿間が至って平静なまま袖口やスカートの裾から武器を取り出す。


「……人外を暗殺るのは私より兄貴の方が得意なんだけどなぁ。あ、白神。先に帰ってて良いぞ。コレはきちんとはらって、先生は助けておくから」

「コムスメェェェェェ!」

「古い角質がツノみたいになってるけど、お肌のお手入れきちんとしてます?」

「殺スゥゥゥゥゥッ!」


 目視できてしまいそうな強烈な殺気とプレッシャーが二人を中心に渦巻く。立っているのすら困難な状況下で、二人がそれぞれ身を落とし、そして交差した。



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