第12話 暗殺者と勇者


 差し出してきたアナライズに書かれていたのは鹿間千百合。三峰先生の魔の手から逃れるため、俺が生贄いけにえにしたクラスメイトのことだった。

 はすっぱでサッパリした性格。友達付き合いするのが楽な感じの、ごく普通の子のはずだ。


「お尻の穴と言えば、大変なことが分かりましたよ」


 レリエルが差し出してきたポップアップウインドウには見慣れない一文が載っている。


『名前:鹿間千百合(17)

 種族:人間 ♀

 能力:ハチャメチャ

 健康:普通

 備考:処女

    伊賀流忍術中伝

    暗殺者一家のサラブレッド』


 伊賀流忍術。

 暗殺者一家のサラブレッド。

 意味が分からず固まっていると、俺の横に移動したレリエルがウインドウを操作した。


『暗殺者一家のサラブレッド

 闇の組織ダークルピナスが行った『あの実験』によって生みだされた殺人機械の母と、伊賀流忍者の跡取り娘で要人たちに重用されてきた凄腕NINJAの父を持つ。類まれなるセンスと並外れた身体能力を持つ暗殺者のサラブレッド。得意技は吹き矢』


 ……ゾディアック家の人間かと思ったけどこれも充分ヤバいな……。

 朝、音もなく忍び寄ってきて俺の股間を二回も破裂させていたのは暗殺者的なスキルのせいだったんだろう。

 っていうかお父さんもお母さんも経歴濃くないか?

 ダークルピナスなんて組織知らないし、『あの実験』ってなんだよ。

 忍者じゃなくてNINJAなのも気になるところだ。

 ぐぬぬ、と悩んだところでふと気付く。


「なぁレリエル。これのどこが『お尻の穴と言えば』なんだ?」

「何言ってるんですか優斗さん。暗殺者は英語でアサシン。英語のスペルはASSASS入れるINですよ?」


 ……恐らく今後の人生でも一、二を争う無駄知識だ。

 脳のリソースを無駄なことに割いてしまったことに大きな溜息を吐く。


「でも本当に困りましたね。鹿間さんも相当凄いですけど、こっちもヤバいです」

「……こっち?」

「三峰先生ですよ」


 そう言って差し出されたのは、今度は三峰先生のステータスである。


『名前:三峰紫音(28)

 種族:人間 ♀

 能力:秀才タイプ

 健康:ストレス値高め(レヴィアタン:封印)

 備考:処女

    【蟲の知らせ】』


「【蟲の知らせ】にレヴィアタン……?」

「これ、勇者スキルですよ! 第六感って奴です! 勘が異常に鋭くなって未来予知とか気配察知みたいなことができるようになるんです! それが嫉妬の悪魔レヴィアタンの魂と融合してるんです!」


 なるほど。

 これの効果で体育館の袖なんてマニアックなところに移動した俺を発見できたわけだ。

 ……っていうか三峰先生も未経験なんだな。知りたくなかった情報だ。

 とりあえずレヴィアタンに関しては封印されてるっぽいし放置で良いだろう。俺のアスモデウスだって大丈夫なはずだし、早々封印が解けることもあるまい。


 ちなみにこのレヴィアタン。俺のアスモデウスに比べると二段か三段ほど小物とのことで、レリエルはシャドーボクシングしながら「レリエルちゃんの実力ならワンパンですワンパン!」と謎のイキりを発動させていた。

 レリエルの発言は欠片も信用できないけれども、アスモデウスより弱いならまぁなんとかなるんじゃなかろうか。

 俺のアスモデウスですら暴走したりしてないんだし、それ以下なら普通に封印が解けることもあるまい。知らんけど。


「でも何か勇者のスキルとしては地味じゃないか? なんかもっと派手派手な攻撃とか、ピカーって光ったりとか」

「……つまり優斗さんは股間を派手に光らせて爆発させる自分こそが勇者に相応しい、と言いたいわけですね? いいですか優斗さん。大変言い辛いことですが、股間が光ったり股間が爆発したりするのは勇者ではなく変態です。クリスマスにLED式の股間でライトアップして『ほぉらせいなる夜だよ』とか、本当にまともな思考してたら思いつきませんし実行しませんよ?」

「誰が実行するかぁッ! そのくらい分かっとるわ!」

「つ、つまり分かった上で光らせて爆破していた!? 覚悟をキメた変態さんだったんですね……! いや、あの、趣味嗜好しゅみしこうは個人の自由だと思うんですけど、あと30メートルくらい離れてもらっていいですか? 他意はないんですけど」

「お前が原因だろうがぁぁぁぁぁぁぁ!? 他意しかねぇ!」


 距離を取ろうとするレリエルを追いかけて体感で20分ほど。

 ごめんなさいぃぃぃぃ、と泣きが入ったので一応許してやることにする。


「良いですか。この【蟲の知らせ】ですが、実は勇者が生まれつき持っているスキルの一つです」


 森で狩りをしていて、嫌な予感がしたら村が焼き討ちに遭っていた。

 街道を歩いていて、少し逸れたところで馬車が盗賊に襲われていた。

 有名な古代遺跡の入口に違和感を覚え、調べたら隠し通路があった。


「いずれも勇者スキル【蟲の知らせ】によるものです。このスキルの凄いところは、起きてしまった出来事に対して『自分が望む結果を得るために良い方』へと自然ときつけられる点です」


 なるほど。

 焼き討ちに遭えば仇の姿を見つつも自分は襲われないタイミングになり。

 盗賊に襲われた馬車では自然と背後を取って強襲可能になる。

 そう考えると、かなり有用性の高いスキルに思えてくる。


「で、これを持っている三峰先生の望みと言えば――」

「そう、優斗さんと結ばれて一男一女の幸せな家庭を築くことですね。あ、タワマンより戸建て派で、大きな白い犬を飼いたいそうです」

「やけに詳しくない?!」

「そりゃアナライズは天界の英知の結晶ですから! このレリエルちゃんにかかればこんなもんですよ!」


 いや、それすごいのはアナライズだし、何ならそれを八つ当たりで何度も叩き割ってたじゃん。

 まぁこのぽんこつ天使になに言っても基本的に無駄だろうから放置するけど。


 俺が考えなければならないのは三峰先生と鹿間の二人から逃げ出す方法だ。

 ただでさえタッチ一瞬グッバイ股間で難易度インフェルノなのに、片方はエリートアサシンでもう片方は勇者スキル持ち。


 ……あれ、でもこれって意外と簡単なのでは……?


 ふと思い付いたことを試したくなるが、この白い空間に来るための条件が分からないので即座にリスポーンしたりはしない。こうやって休んだり思考をまとめられるタイミングは貴重なのだ。


「なぁ、この空間ってレリエルが作ってるんだよな?」

「そうです……って、まさか!? 床を舐めまわしたり頬ずりすることで『ぐへへへへレリエルの一部を俺色に染めてやったぜ』みたいなこと言い出すつもりですか!? インスタントな構造なので毎回新品ですからね! マーキングしても無駄ですからね!?!?」

「人を犬みたいに言うんじゃねぇッ!」

「絶対にダメですからね!? 泣きますよ!?」

「なんでそんなに必死なんだよ……」


 毎度のことだけど、そもそも俺がそれをやる前提で話を進めるの本当に勘弁してほしい。天使ってのはみんなこのくらいぽんこつなんだろうか……。

 もしそうなら天国は阿鼻叫喚あびきょうかんだろう。天国が地獄、まである。


「優斗さんがたくさん死に戻りした時とか、クレーム入れたくなった時に私の力で作ってます」

「それ、定期的にやってもらえない? 五回に一回とか」


 色々試行錯誤をして分かったのは、考える時間が圧倒的に足りないということだ。目の前のぽんこつが情報を上手に扱えないタイプのぽんこつなので、俺から質問したりお願いしなければ知ってることとか出来ることですら放置される。

 ならば、定期的にトライ&エラーの結果をまとめたり、質問や要望をレリエルに伝える場をつくってもらえばかなり改善されると思ったのだ。


「五回、ですか……?」

「何か問題があるか? 魔力とか、そういう謎のパワー的に難しいとか?」

「え、ええそうです! この空間をつくるのには多大なる労力とパワーが必要なんです! 決して死に戻りした回数を覚えておけるか不安とか五ってなんだっけとか思ったわけじゃありませんよ!?」

「何? 斬新な自白?」

「違うって言ってるじゃないですかぁ! そうやってすぐ言葉責めしてぇ! この性欲魔人! ケダモノ! 白神優斗!」

「待て、最後俺の名前をディスるのに使ったろ!?」

「優斗さん、真実って残酷ですけど認めましょう……認めないと成長はありませんよ?」

「じゃあとりあえず自分がトリ頭だって認めようか」


 少なくとも五カウントを覚えておけないのはトリと同レベルの記憶力だろう。

 俺の言葉にレリエルは鼻を鳴らす。

 黙ってれば可愛い顔を全力全開でドヤらせた。


「知らないんですかー? 天使はトリじゃないんですよ? もしかしてムササビとかコウモリとかペンギンもトリだと思ってますぅ?」

「ペンギンはトリだ」

「過ちを認めることも大切ですよー? レリエルちゃんは優しさの化身みたいな存在なので土下座して今までのセクハラを悔い改めて、これから毎日生クリームをお供えするって誓えば許してあげますけど」


 やかましい。


「まぁ嘘だと思うなら調べてみろよ。ペンギンはトリだから」

「もー、意地っ張りもほどほどにしとかないと、後で恥をかくんですからね?」

「だから調べてみろって」

「そこまで言うなら調べちゃいますけど、今更謝っても遅いですよ? 毎日生クリームですよ?」


 ふふん、と鼻を鳴らしながらスマホを操作し始めたレリエルだが、面白いように表情と顔色を変えた。

 なお、この議論をノーゲームで終わらせるために俺の股間を破裂させたことを、俺は決して忘れたりしないとだけ言っておく。

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