第3話 るり


 それから小一時間ほどレリエルに頑張らせたけれども、結局呪いは解くことができなかった。


『【超絶プリチーな天使レリエル様のありがたい祝福】Lv.ー

  ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

  異性に接触した瞬間、股間が半径1.5メートルを巻き込んで爆発するごめんなさい』


 ちょっと効果範囲が広がっただけである。

 ちなみにアナライズの文言がおかしいのは、解呪に失敗する度にレリエルが八つ当たりで叩き割っていたからである。

 とんだサイコパス天使である。


「さて。とりあえず、ですけど優斗さんはもう異性に接触しないでください股間にぶら下げた第二の脳で思考している優斗さんには酷かもしれませんが、絶対にです」

「いや、不慮の事故アクシデントとかどうすんだよ。電車でガタン、ドカンとか嫌だぞ俺は」


 っていうかさりげなくドギツい発言するのやめようか。

 美少女の口から純度100%の下ネタが飛び出してきてげんなりである。


「それはこの超有能天使のレリエルちゃんが妙案を思いつきました! 生クリームをお供えして恐れおののきうやまってくださっていいんですよー?」


 有能なら普通に呪いを解いてくれよ。


「今から優斗さんに魔法を掛けます。時空間系ですから、超々々ちょうちょうちょう高等魔法ですよ? レリエルちゃんくらいの超有能天使じゃなかったら100人単位で生贄いけにえが必要になるんですからね?」


 もったいぶりながら俺に掛けた魔法は、どうやら爆発した直後に発動し、『爆発の原因をギリギリ避けられる程度まで時間をさかのぼる』というモノらしい。

 いわゆるデスループ、死に戻りというやつだ。

 過去に戻れるって聞けば確かにすごい魔法かも知れないけども、そんなの良いから解呪してくれよ……。

 なんならレリエルが俺の股間に呪いをかける前に戻してくれるのが一番良い気がする。


 意気揚々いきようようとドヤるレリエルに突っ込む気力も無くしたところで、玄関の鍵がガチャンと開いた。


「おじゃまー! お兄ちゃんいるー?」


 従姉妹いとこのるりである。

 俺が恋愛狂いの親父に振り回されたことを憐れんでか、近所に住んでるおばさん――つまり親父の姉――が保護者を買って出てくれたのだ。

 おばさん夫婦は普通に共働きだし、俺自身の料理スキルがかなり高いこともあって一人暮らしを許されているけれども、万が一を考えて従姉妹のるりが時々様子を見に来るのだ。

 ちなみに料理が得意な理由は7番目と13番目と41番目と(中略)248番目の再婚相手が料理関係の人だったからだ。


「リビングいるぞー」


 るりに応じながら、問題に気付いた。

 ……目の前にいるぽんこつ天使のことをなんて説明すればいいんだろうか。

 今まで恋愛のれの字も無かった俺である。中学二年生で思春期まっただなかのるりはキャーキャー言うんじゃないだろうか。

 そして、おばさん夫婦に伝わったら一から十まで根掘り葉掘り聞かれる気がする。


 ……俺が親父みたいにならないか心配されそうだ。


 思い付いたは良いものの、言い訳を考え着く前にるりはリビングに入ってきた。部活動帰りなのか、中学校のジャージ姿である。


「やっほー元気、に……?」

「ちょっと待て無言でスマホを取り出すな! っていうか写メ撮るな!」

「お母さんに連絡しないと……ついにお兄ちゃんも叔父さんっぽくなったって」

「ついに!? ついにって何!? っていうか親父みたいにはならないから!」

「じゃあ何であんな超絶美人なハーフの女の子を家に連れ込んでるわけ!?」

「連れ込んでねぇよ! どっちかっていうと勝手に入って来たんだ!」

「ハイハイつまり相手が乗り気だったから自分は悪くないっていうことですか。お兄ちゃん最低!」


 俺の弁明べんめいも虚しくるりはレリエルへと近づき、白魚のような細い指をはしっと握った。


「お姉さん大丈夫ですか? ここにいる白神優斗はこう見えてセクシャルキングダム出身の父親の血を引いているんです。もしかしたら気の迷いで魅力的に見えるかも知れませんけどそれはチョウチンアンコウの光るとこみたいなものなので騙されないでください。今ならやり直せます。せめて婚姻届けを出す前に踏みとどまってください!」


 よくもここまで俺のことをディスれるよな。

 レリエルも「やっぱり」とか呟いて俺を怯えた目で見るんじゃない!


「と、とりあえず話をしないといけないから座ってくれ。あ、話長くなるからお茶持ってきて」

「えー」

「ちゃんと説明するから」


 るりを追い払ったところでレリエルと打ち合わせだ。


「おい、良いか。ここは静かに話を合わせてくれ」

「えーなんでですか」

「お前天使なんだろ? 戸籍こせき無し、身分証無しだと一発で逮捕だからな?」

「突然何なんですかー? 職質されたりしなければいいだけですよね、それ」

「もし協力しないなら俺はお前を家から放り出す」

「は、裸でですか!? まさか事後ですか!?」

「何ですぐそっちに持ってこうとすんだよ!? 良いから話合わせろ。余計なこと言うなよ?」


 突っ込んだところでるりが帰ってきてしまった。やや慌てた雰囲気なのは、レリエルと俺の声が聞こえたからだろう。


「何かあった?」

「いや、別に大丈夫。だよな、レリエル?」

「……はい、大丈夫です」


 相槌あいづちを打ってもらおうとしたら、レリエルは顔に変な汗かきつつ目が泳ぎまくりだった。さっきとは別人みたいに小さな声でぼそっと相槌うっても意味ねぇよ!

 演技ヘタクソってレベルじゃねぇぞ!?


「えーっと、初めまして。レリエルさん、で良いですか? 白神優斗の従姉妹で監視役の加宮るりです。えっと、大丈夫ですか?」


 自己紹介しながらも様子がおかしなレリエルを気遣うるり。本来なら褒めるべき優しさなんだけれども、今回に限っては相手が悪い。

 何しろ目の前にいるのはビジュアルに全エネルギーを注いでぽんこつ成分しか残っていない残念天使なのだから。


「……ゆ、優斗さんに余計なこと話すなって」

「お兄ちゃん……?」

「協力しないと、裸で外に放り出すって……!」

「お兄ちゃん……!」

「レリエルぅぅぅぅぅ!? お前わざとやってんだろ?! っていうか裸でなんて言ってねぇよ!?」

「じゃあレリエルさんを放り出すって脅したのは真実なの?」

「うぐっ!?」


 何故だかるりから厳しい視線が向けられた。

 完全に誤解されてるだろコレ。


「良い? お兄ちゃんがあのブライダルモンスターの血を引いてるのは変えようがない事実だし、なんかえっちなオーラが出てるのも否定はできない」

「出てねぇっ! なんだそのオーラは!?」

「でも自分から道を踏み外しちゃダメなんだよ? ほら、カンダタだって蜘蛛の糸一本分の救いは合ったわけでしょ? きっとお兄ちゃんでも蜘蛛の糸一本……1/2本くらいの救いはあると思うの!」

「何で俺はカンダタより救いが少ないの!?」


 ちなみにカンダタとは芥川龍之介が書いた小説『蜘蛛の糸』に出てくる極悪人である。


「だからほら、自首しよ? その方が罪は軽くなるから」

「話を聞けぇぇぇ! っていうかナチュラルに俺を犯罪者扱いしようとしてるんじゃねぇッ!」


 らちが明かなかったので、最終的には諦めてレリエルに光輪と翼を出してもらいました。まる。

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