第三話

ルスリドで過ごして三日目の夜。ベッドの上で美蘭は仰向けになっていた。


(みんな……いい人たちだな……)


異世界から来た美蘭を快く保護してくれた三人の男性たち。彼らのおかげで美蘭は今無事だと言ってもいい。


(なにかお礼ができれば……)


助けてくれた三人になにかお礼ができないかと考える。


(私にできること……)


目を閉じてじっくりと考える。


(よし……)


美蘭は自分の唯一の特技で恩返しをしようと考えた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

翌日


「おふぁよ……」


マザンがまだ眠たそうに起きてきた。


「おはよう」


「おはようございます。今日もこんな時間に起きて、たまには早起きしてみてくださいよ」


「最近はうるさいなーケンヤは」


ボサボサの頭をかきながら鬱陶しそうに聞いている。


「身だしなみもだらしない。きちんとしてから下りてきてください」


「お前は僕の母親か。ちょうど女みたいだしな」


「私は女じゃなくて男です!!」


マザンの発言にカチンときたケンヤが悪ふざけに食いつく。立ち上がりマザンとケンヤが言い争う。


「二人とも美蘭の前でやめろ。みっともない」


キザミが二人の仲裁に入る。ケンヤが母親ならさながらキザミは父親のようだ。


「あ……あの!」


二人の抗争を止める意味で美蘭が横槍を入れる。


「どうしましたか?」


ケンヤが何事も無かったように笑顔で聞く。


「私を助けてくれてありがとうございました。ケンヤさんたちには、ものすごく感謝しています。なので私に、お礼をさせてください!」


「………」


「私、料理に自信があるんです。だから今晩の夕食は私が作ります!」


少し声を張って宣言した。


「お礼って……私たちはお礼が欲しくて助けたわけじゃありませんよ。困っていた美蘭さんを助けたかった。ただそれだけですよ」


「でも、私もされてばかりというのは……私にもなにかさせてください!」


美蘭も簡単には引かなかった。


「まあいいんじゃない?当人がやりたいって言ってるんだし、やらせてあげれば」


「俺も賛成だな。お礼とかじゃなくて興味あるし」


「そうですね。ではお願いできますか?」


三人全員が承諾した。


「任せてください!私、料理だけは得意なので!」


それに美蘭も笑顔で答えた。


「じゃあ早速献立を考えますね」


美蘭は小走りで台所に向かった。


「なんか残ってたっけ?」


「今日のお昼ご飯の分くらいしかなかったと思いますよ」


三人も美蘭に付いて行く。美蘭は冷蔵庫の中身を確認していた。


「………」


中身は閑散としていてそのの少なさに絶句していた。


「いつも使う分しか買ってませんからね」


「買い出しに行く必要がありますね……」


そっと冷蔵庫の扉を閉める。


「買いに行くならキザミ付いて行ってあげなよ。店の場所わからないだろうし」


「そうだな。じゃあはい」


キザミがマザンに向かって手のひらを差し出す。


「なに?」


「金」


「はいはい。財布は二階だ」


二人は二階へ上がろうとする。


「その前に寝癖を直したらどうですか」


ケンヤの呼びかけにマザンは答えず上がってしまった。


「まったく……朝からだらしないんですから……」


(でも本当にお母さんみたいだな……)


ケンヤが呆れてため息をつく。


「すみません美蘭さん。お昼ご飯は私が作りますから、買い物と夜ご飯はお願いします」


「大丈夫ですよ。任せてください」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

昼食後、しばらくしてから美蘭とキザミとマザンが出かけようとしていた。


「それじゃあ行ってきます」


「大丈夫だと思いますけど、気をつけてくださいね」


ケンヤは見送り役だ。やはり母親のようだ。


「てかマザンも来るの?」


「いや、僕は運動」


「運動ですか?」


「美蘭が料理を振舞ってくれるなら腹空かせておかないとね。じゃ先行くわ」


マザンは二人より先に家を出た。


「じゃあ俺たちも行くか」


「はい」


「行ってらっしゃい。私も楽しみに待ってますね」


ケンヤに見送られて二人も家を出た。


「お店ってどこにあるんですか?」


「結構離れてるんだよな。往復が地味に面倒なんだよ」


この世界には徒歩以外の移動手段がない。距離が遠いと買い物も大変だ。


「それにしても、美蘭は料理が得意なんだな」


「はい。幼い頃からお母さんの手伝いをしていたので、ずっとやっていたら好きになりました」


美蘭は嬉しそうに話す。


「料理が得意な女性は異性から好意を持たれやすいと聞いたことがあるけど、美蘭はどうだったんだ?」


それを聞いた美蘭は苦笑いをする。


「よく聞きますけど、部活以外で目立つことなんてなかったですよ」


「ぶかつ……?」


部活動がわからないキザミの頭の上に疑問符が浮かび上がる。それを美蘭は察する。


「えっと、学校で行われる活動で、まあ学校でも料理をしていたってことです」


「がっこうってなんだ?」


「勉強をする場所なんですけど、私はそこでも料理をしていたんです」


「は~。つまりは家以外でも料理をしていたってことか」


「はい」


説明に不安はあったが理解してもらえたようだ。


「そんなに好きなら期待していいかな。美蘭の料理」


「………」


美蘭が急に沈んだ表情をする。


「どうした?」


「皆さんに期待されると……今更ですけど……段々怖くなってきました……自分から言ったのに……みなさんを満足させられるかどうか……」


今回料理を振る舞うのは異世界の人間。友達や家族は高く評価してくれるが、それがこの世界の人間に通用するかわからない。


「そんな緊張しなくても大丈夫だろ。昔から料理をしていてがっこうでもやってるんだろ?それだけ長い時間やってたんなら上手いに決まってるよ」


「………」


「まあ仮に不味かったとしても、文句言わずに最後まで食べるよ。ケンヤだってそうするし、マザンは~わからないけど、なんか言ったら俺が止めてやるよ」


最後の言葉に少し不安を感じたが、


「ありがとうございます」


励ましてくれたキザミに礼を言った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「着いたぞ」


目的地のスーパーマーケットに到着した。特別な感じはなにもなく、至って普通の店だった。異世界と言うことでなにか特別なことを少し期待してしまった。中に入っても普通のスーパーマーケットと変わらない。


「さて、ここからは美蘭に任せるけど」


「はい。とりあえず一度回ってから考えます」


店の中を歩き回り、どのような食材があるのかを探す。肉や野菜など、美蘭が元いた世界の馴染みある食材があれば、この世界にしかない木の実や果物などもあった。逆に魚や米などないものもあった。店内を巡りながら献立を考える。


「どうだ?」


「なんとかいけそうです。食材の他にも調味料も買っていこうと思いますけど、お金は大丈夫ですか?」


「金の心配はしなくていいぞ。マザンから一万リアルもらったからな」


キザミは一枚の紙幣をヒラヒラと振る。この世界の通貨のようだ。 美蘭は迷いなく食材を買い物カゴに入れていく。無駄なものは購入せずに必要なものだけを入れていきテキパキと買い物を進めていった。


・・・・・。


買い物が終わり二人は帰路に着く。


「荷物持ちありがとうございます」


「これくらい大したことじゃないよ」


買い物袋は三つになり、二人で手分けして持つ。


「それにしても結構買ったな」


「男性三人なので、かなり食べると思って多めに買いました」


「ケンヤはともかく、俺とマザンは食べるから余ることはないだろ」


「頑張って美味しい料理作りますからね」


「ああ、楽しみにしてるよ」


急ぐ必要もなくゆったりとした足取りで歩みを進めた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ただいま」「帰りました」


「おかえりなさい」


帰ってきた二人をケンヤが迎える。


「結構買ったんですね」


「念の為にたくさん買っておきました」


美蘭とキザミは袋を台所に運ぶ。


「マザンは?」


「まだ帰ってきてません。お腹空いたら帰ってきますよ」


冷蔵庫に食材をつめていき、すぐ必要なものは並べていく。


「あの、エプロンってありますか?」


「エプロン……ですか?」


ケンヤが口に手を当てて思い出す。


「すみません。そうゆうのはなかったと思います。必要なら用意しますよ」


「いえ、ないならないで大丈夫です」


美蘭は軽く首を横に振った。


「それでは調理に取り掛かりますね」


「なにかあったら呼んでくださいね」


ケンヤとキザミが居間へ移動して、台所は美蘭一人になった。 エプロンは美蘭が料理をする時に気合いを入れるために身につける。しかしないからと言って支障をきたすこともない。


「よし」


笑顔をみせてから調理に取り掛かった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「美蘭さんがそんなことを」


美蘭が料理をしている間に、キザミがケンヤに先程の会話内容を話していた。


「本調子が出ない可能性もある。あまり期待させないでやってくれ」


「そうですね」


キザミの頼みをケンヤは聞き入れた。 一方美蘭は包丁で食材を切っていた。迷いのない包丁さばきで次々と食材を刻んでいく。


「美蘭さん」


すると台所にケンヤが現れる。美蘭は手を止めて振り向く。


「どうしました?」


「なにかお手伝いできることはありますか?」


「大丈夫です。全部一人でできますから」


「そうですか」


「それに、これはみなさんへの恩返しなんです。手伝ってもらったら意味がありませんよ」


「わかりました。でもなにかあったら呼んで構いませんからね」


「ありがとうございます」


料理を全て美蘭に任せてケンヤは居間に戻った。美蘭は再び腕を動かし始めた。


・・・・・。


日が完全に落ちて、辺りはすっかり暗くなってきた。 美蘭の料理は進んでいた。コンロを動かし、フライパンの上でなにかを焼いていたり、鍋でスープを作っていた。お玉で掬って味を確かめる。


「うん」


味に満足して頷く。


「ただいま~」


すると、今まで外出していたマザンが帰ってきた。


「帰ってきましたね」


ケンヤとキザミが迎えに行く。


「おかえりなさい。ずいぶん遅かったですね」


「腹ごなしだからね。山の中で暴れ回ってきたよ」


マザンが笑いながら語る。


「そんでキザミ、いくら余った?」


「はいはい」


キザミがマザンにお釣りを渡した。


「うへぇ、結構使ったんだな」


「俺たち四人分。かなり豪勢に作ってくれるからな」


「まあこれだけ使ってろくでもないもの食わ・・・」


言い終える前にキザミがマザンの口を塞ぐ。


「美蘭も圧を感じてるんだ。あまりそうゆうこと言うな」


「わかったよ」


当人には聞こえてないが、マザンは自分の発言を詫びた。


「あの」


美蘭が台所から顔を出す。


「どうしました?」


「出来上がったので運ぶの手伝ってくれますか?」


「いいですよ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

食卓に料理が並んだ。美蘭を除く三人は見たことのない料理をじっと見つめている。


「これは……なんですか?」


「ハンバーグって言って、私のいた世界ではみんな好きな料理なんですよ。完全とはいきませんけど再現してみました」


作りたてでまだ湯気が立つハンバーグをじっくり見つめている。


「見た目は良さそうだな」


「美味しそうですね」


キザミとケンヤがそれぞれ感想を口にする。マザンはなにも言わずにずっと眺めていた。


「冷めないうちに食べてください」


「そうですね。それでは」


{いただきます}


手を合わせてから全員ハンバーグに手をつけ始めた。箸でハンバーグを割ると肉汁が溢れ出る。割った一部を口に運び、噛んでしっかりと味わう。美蘭は食べる姿を不安そうに見つめる。


「どうですか……?」


「うん。美味しいですよ」


その言葉を聞いた美蘭の表情が晴れやかになる。


「すごく美味いよ」


「良かった……」


「秘境界にはこんな美味しい料理があるんですね」


「普通に美味しい料理に美蘭の料理の腕が重なってより美味く感じるんだろうな」


「ありがとうございます」


ハンバーグが異世界の人間に受け入れられた。高い評価に美蘭は安堵する。


「おかわりない?」


驚きの早さで皿を空にした魔斬が空の皿を掲げる。


「え!?早くないですか?」


「もう少し味わって食べろよ……」


「腹減ってるんだよ。まだある?」


「はい。多めに作っておきましたから」


美蘭は皿を受け取って台所に向かった。


「マザンだけ感想聞いてないぞ」


「いや~美味いよ。腹空かせて正解だったね」


その美味しさにマザンも笑顔を見せる。美蘭の料理は皆を満足させられたようだ。


・・・・・。


{ご馳走様でした}


全員が食べ終えて、食卓に並んだ皿の上は全て空になった。


「とても美味しかったですよ、美蘭さん」


ケンヤが口の汚れを布巾で落としながら言った。


「ああ、心配することなかったな。本当に上手いよ」


「ありがとうございます」


自身の料理の腕を褒められて美蘭は嬉しそうに微笑む。


「もう毎日食べたいくらいだよ。いっその事毎日夕食作ってもらうか?」


「それは美蘭さんの負担になりますよ」


「大丈夫ですよ。料理は好きでやっているので負担になりませんよ。しばらくは私が作ります」


「それじゃあお願いできますか?」


「任せてください」


美蘭が再び笑顔を見せた。


「にしても美蘭が帰ったらもう食べられないわけだろ。もうずっとこっちにいない?」


「え?」


「ルスリドもいい所だよ。基本平和な世界だし自由だし。得意の料理だって何にも遮られずできるよ」


「………」


「だめに決まっています。美蘭さんにだって日常生活があって、家族がいるんですよ。秘境界に繋がり次第返すべきです」


マザンの提案をケンヤが拒否した。


「わかってるよ。あ~でももったいないな~」


テーブルに突っ伏して文句を言った。そんなマザンを無視してケンヤが立ち上がる。


「食器を片付けましょう。お皿洗いは手伝いますよ」


「ありがとうございます」


まだぶつぶつと文句を呟くマザンを放っておいて食後の後片付けを始めた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ふう……」


就寝の準備を終えた美蘭がベッドの中に入り込む。


(満足してもらえて良かった……これからケンヤさんたちのために頑張ろう)


自分の料理を認められて嬉しく思う。満足そうな笑顔を見せる。


「………」


ふと食卓でのマザンの、この世界に留まらないかという言葉を思い出す。


(確かにいい人たちだし……いい所なのかもしれないけど……)


考えながら寝返りを打つ。


(やっぱりお母さんとお父さんが心配してるだろうし……まずは戻りたいな……)


少しでも早く戻れるように願いながら、美蘭は眠りについた。

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