第五十三話・包まれて

「榊原先生は体調不良のため休みだ」



 朝のホームルームで榊原先生の体調不良が伝えられた。


 心配した麗奈が百瀬先生に詳細を確認する。



「高熱と脱力感があるらしい。病院に行くことすら難しいそうだ」


「……麗奈たちがお見舞いに行ってくるのです」


「そうか。私も様子を見に行きたかったのだが、今日は予定が詰まっていてな。申し訳ないが、宜しく頼む」



 放課後、特に予定のなかった龍仁、麗奈、東雲の3人でお見舞いに行くことになった。


 駐輪場へ向かいながら、お見舞いに何を持っていくのか話し合う三人。

 


「高熱と脱力感って言ってたな。何が必要か分かるか?」


「おそらく何も食べてないと思うのですが、一度お伺いしてみない事には、何が必要か分かりませんね」


「そうだな。とりあえず行くか」


「麗奈は二人についていくのです。先生のお家知らないのです」


「そうでしたね。私と佐々川くんは、あの夜に一度お伺いしてますものね」


「あ、あぁ……」



 麗奈の凍えるような視線を防ぐため、慌ててヘルメットを被る龍仁。



「よ、よしっ! 暖機も終わったし行くか!」


「ええ、出発いたしましょう」


「お先にどうぞなのです」



 龍仁を先頭に走り出す三人。


 榊原先生の家までバイクでおよそ十五分。


 カイロを含めた防寒装備のお陰で、体が冷え切る前に到着した。



「玄関まで出れんのか? 理恵先生」


「百瀬先生の話だと、難しそうなのです」


「最悪の場合は大家さんに連絡ですね」


「とりあえず行ってみるか」



 階段を登り、榊原先生の部屋すへ向かう三人。


 部屋に到着し、チャイムを鳴らす。



「出ないのです」

 

「起き上がれない程に症状が悪化しているのでしょうか」


「寝てるだけって事も有り得んじゃねえか」



 もう一度チャイムを鳴らしてみる龍仁。



「出ないのです」


「ちょっと心配ですわね」


「おーい! 理英先生!」



 龍仁がドアノブに手をかけてみると、扉は何の抵抗もなく開いた。



「鍵かかってねえぞ……」


「物騒ですわね」


「先生! お見舞いに来たのです!」


「返事がねえな……」


「まさか……先生! 失礼するのです!」



 鍵もかかっておらず、大声にも反応がない。


 大変な事になっているのではと心配になる麗奈たち。


 以前に訪れたことのある東雲が寝室へ駆け込む。



「先生! ご無事ですか!」



 寝室の扉を開けた東雲が、手をかざして龍仁を止める。



「佐々川くんは入らないでください」


「な、何があった!」


「とにかく入らないでください。麗奈さんはこちらへ!」


「了解なのです!」



 東雲と麗奈が寝室へ入り扉を閉めた。


 寝室に榊原先生は居た。


 その姿を見た麗奈は呟いた。



「これは……龍兄には見せられないのです……」


「ええ。これは流石に見せてはいけないかと」



 そこには、パジャマを脱ぎかけ、下着姿になった榊原先生が床に転がっていた。



「先生。大丈夫ですか?」


「うぁ……あら……東雲しゃん……」


「先生、しっかりするのです」


「ふにゅ……麗奈……しゃん?」


「とにかく着替えさせましょう。そこのタンスに替えがあると思いますので」


「お願いするのです。麗奈はタオルを探してくるのです」



 東雲がタンスの捜索を開始し、麗奈がタオル捜索のために寝室を出る。


 寝室の外で龍仁は、状況が分からず突っ立っていた。



「麗奈、どうなってんだ? ヤバいのか?」


「ある意味ヤバかったのです」


「そんなに悪そうなのか?」


「龍兄には見せられないのです」


「えっ……」


「だから、龍兄はしばらくここで待つのです」


「わ、わかった」



 龍仁にそう言い残してタオルの捜索に向かう麗奈。


 バスルームらしき場所を探し当て、中に置いてあるタオルを持って寝室へ戻る。



「エミっち! あったのです!」


「ありがとうございます。では、着替えさせますので手伝ってください」



 着替えさせた榊原先生を、二人でどうにかベッドへ運ぶ。



「龍兄! もういいのです」


「理英先生、大丈夫か?」


「ありぇ……しゃしゃがわきゅん……」


「あんまり大丈夫そうじゃねえな。熱はどうなんだ?」


「先程から探しているのですが、体温計が見当たらないのですよ」


「先生、体温計はどこなのです?」


「体温計は、しょの辺に……でみょ、電池がにゃいの……」


「あった、これか。うん、電池切れてんな」


「何か食べられたのですか?」


「いえ……食欲がにゃくて……」


「もしかして、氷枕や薬も無いのです?」


「ひゃい……」


「麗奈さん、まずは買い出しですね」


「お医者さん行かなくていいのです?」


「それは佐々川くんにお願いします」


「俺が連れてくのか?」


「ここへ来る途中、すぐ近くに医院があるのを見掛けました。佐々川くんならおぶって行けます」


「わたしとエミっちには無理なのです」


「……わかった。俺が連れて行く」



 東雲がクローゼットからコートを探し出し、麗奈と二人で榊原先生に着せる。


 ぐったりしている榊原先生を、そのまま龍仁の背に覆いかぶせる。



「ではお願い致します」


「あっ、先生。鍵はどこなのです?」


「しょこのテーブリュの上と、テリェビの下の引き出しに……」


「あったのです」


「ひとちゅは……しゃしゃがわきゅんの合鍵に……」


「冗談言って笑えるだけの余裕はあるんですね」


「よし! じゃあ行ってくる!」


「麗奈たちも行ってくるのです!」



 買い出しに向かう麗奈と東雲を見送り、榊原先生を背負って歩き出す龍仁。


 かなり高熱なのが背中から伝わってくる。



「ごめんね……迷惑かけちゃって……」


「迷惑だなんて思ってねえよ」


「……先生なのに……年上なのに……」


「そんなこと気にすんなよ。先生は大事な仲間なんだから、このくらい当然だろ」


「ありがと……」



 少しの沈黙の後、更に弱々しく話し出す榊原先生。



「ねぇ……私……変かな」


「何がだよ」


「佐々川くんを……好きなこと」


「あぁ……いや、それは……」


「変だよね……」


「な、何が変なんだよ」


「先生だし……こんなに年上だし……」


「……そんなの、関係ねえだろ」


「でも、佐々川くんが小学生になった時、先生は中学生だったんだよ」


「そうかも知んねえけど、今はこんなに近えじゃねえか」


「ふふっ、ピッタリくっついてるね」


「その近さじゃねえよ」


「……いいの?」


「何が?」


「こんな年上の先生が、佐々川くんを好きでいていいの?」


「それは……俺が決めることじゃねえだろ」


「……そうやって逃げないでよ」


「ちょっ、首絞めんなよ」


「ハッキリ言ってよ……あの時みたいに、力をちょうだい……」



 立ち止まり、榊原先生を背中から降ろす龍仁。


 降ろした榊原先生に向かい合い、真っ直ぐに目を見つめる。



「俺には好きってのが分かんねえ。でも、理英先生の好きって気持ちを否定したりしねえ」


「佐々川くん……」


「先生ってのは職業だ。年齢なんて、どれだけ生きたかの記号にすぎねえ」



 榊原先生は黙って龍仁を見つめる。



「だから、そんなの人の本質に関係ねえと俺は思う」


「じゃあ……先生で年上でもいいの?」


「あぁ、いいよ。でも、応えてやれるかは分かんねえぞ」


「うん。今はそれでいいの。好きでいていいのなら、今はそれで……」



 そこで崩れるように座り込む榊原先生。



「やばっ! 具合悪いんだった!」



 慌ててお姫様抱っこで疾走する龍仁。


 榊原先生はぐったりしながらも、龍仁の腕に包まれ、幸せな笑みを浮かべていた。




「龍兄、どうだったのです?」



 先に買い出しから戻ってきていた麗奈。


 診察を終え、榊原先生をおぶっている龍仁に声をかけた。



「大丈夫だ。熱が下がれば問題ねえだろってさ」


「それは良かったですね。今おかゆを作ってますので、少しでも食べくださいね」


「みんな、ありがとね」


「当然のことをしただけなのです」


「さあ、寝て、食って、早く治せよ」



 そう言ってベッドまで運ぶ龍仁。



「はぁい。おとなしく寝てます。だから、おやすみのチューを」


「調子に乗るんじゃないのです!」


「こんな時くらいサービスしてくれても……」


「龍兄はそんなサービス取り扱ってないのです」


「元気出てきたじゃねえか」


「さっき佐々川くんから元気のもとを貰ったからね」


「そ、そうか」



 そこへ東雲がおかゆを持ってくる。


 

「はい、出来ましたよ」


「美味しそうね。有り難くいただくわね」


「食べたら寝るのです。熱冷ますシートと氷枕も用意できてるのです」


「本当ありがとね。食べたら寝るわね」



 榊原先生が食事を終え、眠りにつくのを待って帰宅する龍仁たち。


 合鍵を預かることになった東雲が部屋の鍵をかける。


 翌日、翌々日も、二輪車倶楽部メンバーが入れ替わりでお見舞いに訪れた。


 そして榊原先生は復活し、倒れてから三日後の放課後には二輪車倶楽部へ顔を出していた。




「みんな心配かけたわね! 先生は地獄の底から復活したわよ!」


「大袈裟なのです」


「何はともあれぇ、無事で良かったねぇ」


「本当に、無事で良かった……」


「ナナちゃん、ちょっと大袈裟なのです」


「それはそうと、今日は三月十四日! ホワイトデーよ!」


「俺と健児はもう渡したぞ」



 無言で龍仁を睨む四人。



「そ、そんなに睨むなよ。お返しならあるから」


「全員同じなのです?」


「あぁ、俺はクッキー焼いたりしねえから市販品だぞ」


「龍ちゃんが忘れずにいてくれただけでオッケーだね」


「仁から貰えるのなら何でも嬉しいぞ」


「では、先生にも皆と同じものをくださいな!」



 麗奈、真由美、西園寺。


 三人と年が離れ、先生と生徒の関係。


 普段はそれを気にする素振りを見せない榊原先生。


 しかし、気にしていない訳ではなかった。


 龍仁は、その気持ちを包み込んでくれた。


 榊原先生は、あの時のように救われた。


 そして、より深く龍仁に惹かれていくのであった。

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